停止した島
江戸川努芽
第1話 プロローグ
深夜零時、ビルが建ち並ぶ大通りの路地裏で、男が今日食べたものを体の外にリバースさせていた。
彼女と思われる女性が、必死に背中をさすっている。
その様子から、男があまりにも飲み過ぎてしまったのだろうということが容易に想像できた。
すると二人のそばに、珍妙な格好の人物が近づいていった。
二人はすぐに、その存在に気づいた。
「あ? な、なんだぁ?」
喉が胃液でひりひりと痛む中、男は顔を上げ、その人物を一瞥した。
「えーっと……大丈夫です。気にしないでください」
誰もが、心配して駆け寄って来たのだろうと思った。当然、そのカップルもだ。
男は立ち上がると、まだ体が万全の状態でないにも関わらず、女とその人物の間に入った。明らかに妙な格好をしていたため、変質者かもしれないと危惧したからだ。その予感は、半分だけ当たっていた。
「……うっ」
男は腹部に衝撃を感じると同時に、それが異常事態だと気づいた。だが、その思考が脳から体に追いつくより前に、意識を失ってしまう。
小さな呻き声とともに、男の体が前のめりに倒れる。
女の視線が、その人物の右手へと移動する。手に握られていたのは、男の血で真っ赤に染まったナイフだった。
瞬間。耳をつんざくような女の悲鳴が響いた。
すぐにその場から逃げようとするが、倒れた男の体に足を引っかけ転んでしまう。恐怖が全身を包む中、女は必死に立ち上がろとするも、足がすくんでしまってまともに動けなかった。
女は、改めて襲撃者へと視線を向ける。その人物の格好は、本当に奇妙だった。雨の日でもないのに灰色の雨合羽を羽織り、男の血飛沫で真っ赤に染め上げている。
「い、いや……ここ、殺さない……で」
しかしその言葉が襲撃者の耳に届くことはなかった。何故なら、相手から見て女の存在など、うるさく喚く下等生物も同然だからだ。
人間が、人間以外の生物が発する言葉を理解することなどはありえない。そんなことは、小学生でも知っている常識である。
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