第40話 死闘
勇者の聖剣と魔王の邪剣が交錯する。
黒と白の輝きが、互いに互いを食い破ろうと激しくせめぎ合っていた。
その光景は、それがたとえ世界の命運を分ける戦いであろうとも、いや、むしろそれだけ意味があるからこそ美しい。
世界を滅ぼす側であれ、世界を救う側であれ、己が信念を貫こうとするその姿を僕は尊ぶ。
これはまさしく僕が望んだもの。
僕が安易な救済を拒む理由。
大前提として、所詮僕たち使徒は部外者なのだ。
その世界の出来事は、本来その世界の住人たちの手の中にあるべきなのである。
もし仮に、すべてが使徒の思い通りになるのなら、彼らはいったい何のために存在しているのかわからなくなってしまうではないか。
意志なき世界など、僕はいらない。
救う価値すらない。
だからこそ僕は誰かに委ねる、世界の命運を。
それが僕のやり方、僕の信念、僕の矜持。
他の使徒がどういう考えを持っているかなんて興味はないけれど、僕の管理下にある世界では僕の理に従ってもらう。
そしてこの世界で僕が下した結論はこれだ。
勇者よ、君は選ばれた。
でもそれはただ選ばれただけに過ぎない。
かつて君が言っていたように、それだけでは本物の勇者足りえないのだ。
さあ示せ、君の真価を。
君が掲げる意志こそが、救済の標となると知れ。
ああ、この瞬間こそが、紛れもなく僕の心を満たすだろう。
―――――――
わかっていたことだけど、魔王は強かった。
これまで戦ってきたどんな敵よりも強い。
剣撃も魔法も、そのことごとくを撃ち落とされる。
逆に魔王の攻撃は俺の体を少しずつ捉えていた。
致命傷こそ受けてはいないものの、皮膚を浅く削られていく度に血が宙を舞う。
一瞬頭を過る敗北の予感。
その侵入を許してはいけないのに、容赦なく心が悲鳴を上げ始めている。
戦う前に覚悟は決めてきたはずだ。
そのはずなのに、底なしの恐怖が体を締め付ける。
さすがは魔王。
俺の決意など、いとも容易く崩してのける。
今すぐにでも逃げ出して、何もかも終わらせてしまえれば、どれだけ楽なことだろう。
魔王が怖い、敗北が怖い、自分の無力のせいで誰かが傷つくことが怖い。
足が竦み、手が震える。
息を吸うだけで、肺が焼けそうだ。
そして当然そのすきを見逃すほど、魔王は甘い相手ではない。
間合いを取ろうと無理やり剣を振り回したせいで、魔王が放った黒い閃光を避けることができなかった。
「ぐあああああああ」
攻撃が直撃した痛みに耐えられず、苦悶の叫びをあげる。
せっかくとった間合いも殺され、畳みかけるような攻撃が襲い掛かってきた。
どうすればいい。
何をすればこの状況を覆せるんだ。
力も劣る、技も劣る、何より心が劣る。
何なら魔王を上回れる?
「ぐっ!」
また魔王の攻撃が俺の体を捉える。
奴の剣を受けきれなかったことで、肩を深々と抉られた。
あまりの痛みに意識を飛ばされそうになるが、それでもなんとか歯を食いしばって耐える。
そして活路は次の瞬間に現れた。
あくまで無意識ではあったけれど、これまでの戦いの中で培った経験と、猛り狂う本能だけを頼りに俺は剣を振りぬいていた。
魔王の剣が肩に食い込んでいる状態での反撃。
俺自身でさえ意識していなかったその攻撃を当然魔王も予期することができず、ようやくこちらの攻撃が魔王に届いたのだ。
驚くことに、この技もへったくれもない一撃は奴の鎧を突破し、その体を切り裂いた。
「・・・」
与えた傷は浅いが、その恐るべき切れ味にたまらず魔王は後退する。
師匠にもらったこの剣。
受け取った時から相当な業物だとは思っていたけど、予想を遥かに超えている。
魔王の防御が意味をなしていない。
つまり攻撃を当てさえすれば一撃で屠れる。
しかしあくまでさっきのは偶然攻撃が当たっただけのこと。
この剣の脅威がわかった以上、魔王も当然警戒してくる。
今まで以上にこちらの攻撃は届かなくなることだろう。
ならばどうするか。
答えはさっき出た。
元々何もかもで劣る俺にできることは限られているのだ。
力無きものがそれでも何かを得ようとするのなら、やはりそれに見合った対価を払わなくてはならない。
あとはそれをするだけの覚悟があるかどうかというだけの話。
さきほどまでの恐怖を無理やり押し込める。
勝つための道があるのなら戦えるはずだ。
勇気を振り絞れ。
剣を構え、前を見据える。
魔王も赤く光る瞳をこちらに向け、俺の戦意に応えるように剣を構えた。
長期戦にしてはいけない。
戦いが長引けば長引くほど、力の差が如実に出てしまうから。
勝利のための過程を、最短距離で駆け抜けろ。
それこそが唯一残された俺の勝機。
「うおおおお!」
叫ぶと同時に走り出す。
おそらくこれが最後の衝突になるだろう。
こんな賭けじみたやり方に世界の命運を託したくはなかったが、俺にできることはこれしかない。
眼前の敵へと迫る。
視線の先では魔王も動き出していた。
奴が疾駆しながら魔法を展開すると、黒い閃光が蛇のようにこちらに襲い掛かってくる。
俺は身をひねり、剣で切り裂き、蛇舞う空間を走り抜けた。
魔王との距離を食いつくし、接近。
そして、渾身の力で剣を横に薙ぐ。
だがその攻撃はいとも容易く受け流されてしまった。
ここまでは予想通り。
今度は突撃の勢いのまますれ違い、一瞬だけ魔王の視界から外れると、俺も魔法を発動した。
輝く大剣が四本宙に現れ、魔王めがけて先行していく。
それを後ろから追いかけるように、再び俺も走り出した。
魔法によって生まれた大剣は、魔王にたどりつく前にすべて奴の魔法によって撃ち落されてしまうが、最後に残った俺自身を再び魔王の間合いへと誘う。
そして掲げた大上段。
本来互いが必殺の間合いに入っているこの状況で、たとえ威力が高くともこんな大振りの攻撃をしてはいけない。
だが今回に限って言えばこれが最善。
なぜならこれだけすきだらけの攻撃を行えば、必ず魔王は己を守るのではなく、俺を殺しに来るはずだから。
案の定、魔王の剣が容赦なく俺の腹を突き破る。
焼けるような痛みが全身を駆け巡るが、今だけはそれを忘れる。
もとより無事に勝てる相手ではないことなど明らかだったのだ。
ならば相討ちでもなんでもいい。
仕留められればそれでいい。
「うおおおおおおおお」
血を吐き、雄叫びを上げながら、俺は振りかぶった剣を魔王に向かって叩きつけるのだった。
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