第39話 決戦の始まり

 魔王領。


 ここは黒き霧に支配されたこの世の果てだ。


 これでもう四度目の侵攻になるが、何度来ようがここの空気には慣れそうにない。

 背中から這い上がってくる悪寒が、嫌に体を蝕むからだ。


 しかしこんな思いをするのもこれで最後となる。


 この旅路の果てに、俺はようやく勇者としての責務を終えるのだ。


 そんなことを考えていると、ふと故郷のことを思い出す。

 今となっては遠い過去のものとなってしまったが、記憶にあるあの穏やかな生活がひどく恋しくなっていた。


 この戦いが終わったら、また故郷に帰って元の生活に戻るのも悪くない。


「ふっ」


 最終決戦はまだこれからだというのに、そんな悠長なことを考えている自分に気づくとなんだかおかしくなってしまった。


 本当ならもっと緊張したりするんだろうが、不思議とそうはならない。


 ここまでの道のりの中で、覚悟はしてきたつもりだ。


 ゆえに後は勝つだけである。


 そう思って俺は歩き続けた。


 その間ずっと、旅に出る前のこと、旅に出てからのこと、そして旅を終えた後のことを逡巡させいていた。


 そうやって思考を遊ばせていると、いつの間にか目の前に大きな影が現れる。


 この黒が支配する世界で、なおも黒く影を落とす城。


 魔王城。


 禍々しい瘴気を漂わせながら、魔王領の中心でその城は威容を放っていた。


 不自然なほど周りに魔物の気配はない。

 城門も開いている。

 まるで歓迎されているようだ。


 しかしそれならそれで構わない。


 俺は堂々と正門をくぐって城内に侵入した。


 今更罠もくそもないだろう。


 ここまできたら、勇者と魔王は正面から戦うしかない。

 俺たちはそういう運命なのだ。


 だからこそ俺は迷うことなく城内を進む。


 道案内などなくとも気配でわかった。

 いままで感じてきたものとは比べようもないほど巨大で邪悪な何かがこの先にいる。


 それに向って歩いていけば、おのずと目的の場所にたどりつけることだろう。


 一歩足を踏み出すごとに、圧力が大きくなっていく。


 そしてもうすぐそこだと感じた時、俺とその気配を隔てるように大きな扉が目の前に立ちはだかった。


 おそらくこの扉を開ければ奴がいる。


 これが最後の戦い。


 全身全霊を持ってして、魔王を倒し、世界を救う、ただそれだけのこと。


 さあ行こう、決戦へ。


 俺は扉に手をかけ、力強くそれを押し開いた。


 かくして目の前に広がったのは、大きな広間。


 そして、その一番奥に一つの影。


 その者は玉座の前で静かに俺を待っていた。


 それは人の形をしていた。

 全身を漆黒の鎧で包み、刀身が黒い剣を抜き身で持っている。

 兜のせいで顔を拝むことはできないが、その奥で輝く赤い瞳から邪悪だけが確かに伝わってくる。


 お互い語ることもないだろう。


 俺は鞘から剣を抜き、構える。


 魔王もそれを見て、構えた。


 そして沈黙。


 永遠に思える無音の時間。

 静寂に支配された世界。


 先にどちらがそれを破ったのか、今となってはもうわからない。


 世界の命運を分ける最後の戦いは、踏み込んだ両者の渾身の一撃を持ってして、始まりの狼煙を上げるのだった。

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