第33話 無駄な交渉
辺りを静寂が支配していた。
突如現れた闖入者に対して、ハーレイたちは動けずにいる。
それもそのはず。
ここは町はずれの倉庫街。
人通りなどほぼなく、そうと知らなければまず誰も訪れないような場所だ。
間違っても迷い込むようなところではない。
つまるところここに人が来るということは、そこに明確な意思があることを意味する。
そうだとするならば、ハーレイたちが抱くであろう疑問は三つ。
彼は誰なのか。
その目的は何なのか。
そしてどうやってここまでたどり着いたのか。
自分でいうのもなんだが、まず間違いなく目的は私の救出だろう。
それ以外に考えられない。
だけどどうやってこの場所を見つけ出したのかまでは、私にもわからなかった。
この場所を示す地図も、目撃者もいなかったはずなのに。
数々の疑問を抱える彼に、この場にいる全員の視線が集まる。
そしてしびれを切らすかのように、ハーレイが声を上げた。
「貴様、何者だ?何用があってここに来た?」
緩慢な動作で近づいてきたルイ様は、その問いかけと同時に歩みを止め、口を開く。
「心当たりならあるだろう?」
「いやない。我々は勇者にしか用が無いからな。奴の顔は知っている。お前など私は知らないぞ」
「あ、そう。まあ僕のことはこの際どうでもいいや」
一言そう言って、彼は私を指さす。
「聖女を解放して」
端的に言ってそれしかないというように、ルイ様は一歩こちらに踏み出した。
しかしここに来てハーレイたちは浮足立った状況を一度落ち着けることに成功する。
相手が勇者様ならまだしも、たった一人で乗り込んできた相手に怯える必要はないと判断したのか、いつもの不遜な態度に戻ったのだ。
「話にならないな。返してほしくば勇者を呼んでくるといい。先ほども言ったが我々の目的は勇者だけだ。それ以外に構っている暇などない」
「それは勇者も同じだ。彼の方こそ君たちに構っている暇なんてないよ。何せもうすぐ魔王と戦わなくちゃいけないんだからね」
しかし忘れていたことだが、不遜さでルイ様の右に出る者はいない。
ハーレイの威圧など気にもならないのか、ルイ様は話し続ける。
「だから代わりに僕が来た。この程度の些事を処理してあげるのも師匠としての役目だしね」
「師匠?今貴様、師匠と言ったか?」
「そう言ったけど?」
「ふっ、そうかそうか、あっはっはっは」
ハーレイは何が可笑しかったのか、突然笑い出す。
「やはり勇者を名乗るあの者は偽物だったか。勇者の師匠?ありえない!勇者とは最強の戦士に与えられる称号だ。師匠など持って、今更いったい何を学ぶというのだ?そのようなものを必要とする者が勇者であるわけないだろうが!これはとんだお笑い者だな、あっはっはっは」
聞くだけで不快になる高笑いをまき散らしながら、ハーレイはルイ様を、そして勇者様を侮辱する。
こんな奴に好き放題言わせていることが我慢ならない。
もし体が自由なら今すぐにでもとびかかって無責任な嘲笑を撤回させてやるのに。
当然私にはそんなことできないが、せめてルイ様には反論してほしかった。
私たちのここ数カ月の戦いを否定するような言葉を、無力な私ではなく、この場にいない勇者様でもなく、ルイ様になら打ち消せるはずだから。
しかし肝心のルイ様はというと、いつも通り表情一つ動かさず、ただただ無感情に言葉を返すだけである。
「いや、君の勇者像に僕は興味が無い」
この通りばっさりである。
「君が何と言おうと僕は勇者の師匠だし、勇者は僕の弟子だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして勇者が忙しそうだから師匠である僕が代わりに攫われた聖女を取り戻しに来たんだ。僕としては大人しく返してくれるのならそれに越したことはないんだけど、そうしてくれない?」
あからさまな挑発には一切反応を示さないルイ様を見てハーレイも笑うのをやめる。
そして今度は心底つまらなそうにルイ様に言葉を投げつけた。
「はっ、さっきも言っただろう。あの偽物がここに来るまで事態が動くことはない。諦めるんだな。それとも力づくで取り返すか?」
ただでさえ一対四の不利な状況に加え、私という人質もある。
ハーレイたちが負ける要素などひとつもない。
だがことルイ様に関しては私にも読めないことが多いのもまた事実。
現にここに現れたのだから何らかの作戦があるのではないかと思っている。
例えば外に大量の伏兵が潜んでいて隙を伺っているとか。
そのためにルイ様が彼らの気を引こうとしているとか。
とりあえず私にできることは大人しくしていることだけだ。
変に刺激して事態をわざわざややこしくする必要はない。
そう思って私が黙って事態を眺めていると、ルイ様はそれでも話し合いで何とかしようとでもいうかのように話を続ける。
「僕がこうして交渉しているのはね、なるべく君たちと対立したくないからなんだ」
「ほう?」
「それは僕があまり戦闘が好きじゃないというのもあるけど、何より君たちを傷つけたくないからでもあるんだよ」
「ふっ」
この不遜な物言いをハーレイは鼻で笑った。
誰がどう考えても、戦って負けるのはルイ様の方だ。
仮にも魔王軍幹部を討伐した猛者たち四人に、ルイ様一人で勝てるはずがない。
というよりこの交渉は最初から破綻している。
そもそも話し合いで解決できるような状況ではないのだ。
狂った彼らは決して聞く耳を持たない。
なんと無駄な交渉か。
しかしそれでもルイ様はこの人たちとの話し合いをやめようとしなかった。
やはり何か仕掛けがあると考えるのが自然だろう。
その結論にハーレイたちも当然行きついている。
彼らは決して油断していない。
話に応じてはいるものの、すきを見せるようなことは一切なかった。
さっきからジラさんが魔法を行使している気配が感じられることからも、彼らの方もどうにかしてルイ様の思惑を見抜こうとしていることが伺える。
それでもルイ様には動きがなかった。
ただ言葉を続けるだけである。
「個人的な話ではあるけれど、これでも僕は君たちを高く評価しているんだよ?何せ君たちはシナリオ・・・、いや運命を覆したんだからね。自らの意志で戦い、そして理不尽を切り裂いた。もし魔王なんて現れなかったら、間違いなく英雄としてこの時代に君臨していただろう」
「なんだ急に?懐柔のつもりか?無駄なことを」
「いや本心さ。できればこうして敵対したくはなかった。だからこそ僕は君たちに干渉しなかった。君たちの意志を尊重した。多少その行いの余波のせいで僕の仕事が増えようが、笑って見逃してあげていたんだ」
ここにきてようやくルイ様の雰囲気が少しずつ変化してきていた。
さっきまでのどこか飄々としていた態度が少しずつ薄れていっている。
「でも本当に残念だよ。君たちが勇者と敵対するというのなら話は変わってくる」
そしてその声音から色が消えた。
「僕はね、今代の勇者が気に入っているんだ。もし一人だけ選ばなければならないというのなら、僕は迷わず彼を選ぶ。要は優先順位の問題だ。君たちが彼と敵対するというなら僕も戦わざるを得ない」
まるで見るものすべてを凍り付かせるような瞳でルイ様が冒険者たちを見回す。
「ゆえにこれは最終通告だ。勇者から手を引け」
私が感じたものをハーレイたちが感じ取れないわけもなく、もう彼らは臨戦態勢に入っていた。
それでもこの状況で負けない確信があるからか、どこか余裕があるようにも見える。
そしてルイ様の忠告に対する彼らの答えは、やはり応戦だった。
「もういい。やれ、クレイ」
ハーレイの号令とともに、絶望的な戦いの火蓋が切って落とされた。
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