第30話 狂気
今私の目の前には四人の冒険者が立っている。
重騎士、槍士、魔術師、そして剣士。
一目見ただけでも、彼らが相当な実力者であることが伺えた。
その中の一人、大剣を傍らに侍らせ、玉座からこちらを見下ろす人物が、私に向かって声をかけてくる。
「ようこそ、聖女様。きっとお越しいただけると信じていましたよ。私は冒険者パーティー“導きの希望”のリーダー、ハーレイと申します。以後お見知りおきを」
思っていたよりもずいぶんと礼儀正しい対応に少し拍子抜けする。
冒険者と言えば荒くれ者が多いと聞いていたので交渉にはてこずると考えていたのだが、彼らは大分話が通じやすいようだ。
「これはご丁寧に。私は教会の聖女、セーナと申します」
「ええ、よく知っていますとも。聞いていた通り、美しいお方だ」
彼はそう言って私に微笑みかけた。
その様子にどこか薄ら寒さを感じるも、気にしないようにして私は話を進める。
「お手紙にあったお話し、こちらとしてはどのように捉えればよろしいのでしょうか?」
「そのままの意味ですよ。私はあなたと協力して魔王を倒したい。そう考えています。そのために手を取り合いませんか、聖女様?」
「具体的にはどのようには?」
私が問うと彼は薄く笑って言葉を続ける。
「我々は神の加護を得ています。それゆえ魔王領に侵入することが可能なのです。我々と共に来れば、あなたもその加護の恩恵を受けることができます。魔王城へと赴き、共に憎き魔王を倒しましょう」
「・・・神の加護?それがあなた方が魔王領に侵入できる理由だと?」
「はいそうです」
「それはどのように手に入れたのですか?どの程度の規模で効果を発揮するのですか?」
「残念ながらこの力は選ばれた者のみに効果を及ぼします。つまり神に選ばれた我々とあなただけに効果があるのです」
「・・・神に選ばれた?」
「神はこの世界の危機的状況に強きものを求めました。100年に一度訪れるという危機とは異なるこの苦難に対抗するために、神は真の戦士を選ばれたのです。それが我々とあなただ。我々だけが世界を救えるのです」
私は神の啓示を受けたことがある。
それゆえ聖女という地位にいるのだが、彼らも同じ境遇に会ったのだろうか。
正直彼らの言葉を信じるに足る根拠はない。
簡単に頷いていいものではないだろう。
しかしこの突然の魔王発生という異常事態に対して、勇者様以外にも神の加護を受ける者が現れてもおかしくはないのかもしれない。
現に彼らは魔王軍幹部討伐という成果を挙げているのだ。
そのことに関してだけは変えようのない事実である。
「私としても魔王討伐に協力していただけるのなら、ぜひともお願いしたいところです。まもなく最後の魔王軍幹部も勇者様が討伐して帰還することでしょう。そのときに勇者様も含め、改めて話し合いの場を設けるというのはどうでしょうか?」
私がそう提案した瞬間、一瞬場を沈黙が支配した。
突然の変化に私が戸惑うと、やがてハーレイは口を開く。
「・・・聖女様、あれは偽物です」
「え?」
背筋を凍えさせるような冷たい声を聞いて、思わず彼の顔を見上げてしまう。
そこにあったのはこれまで見せていたような穏やかな表情ではなく、憤怒と憎悪を湛えた恐ろしい形相だった。
その突然の豹変に唖然として動けないでいると、彼は再び優しい顔に戻って、ゆっくりと語り掛けてくる。
「聖女様、あなたは騙されています。あなたが今行動を共にしている勇者を名乗る者は偽物です。あれは神に選ばれてなどいません」
「・・・何を、言っているのですか?」
急激な展開にまだ頭がついていかず、言葉がうまく出せない。
「よく考えてみればわかることです。世界の滅びを回避するために魔王軍とずっと戦ってきたのは我々です。世界がこのように壊されるまで姿を現さなかったあのような者が、勇者であるわけがないのです」
ハーレイは止まらない。
その目には爛々とした炎が宿っていた。
「それに聞くところによると勇者を名乗る詐欺師はその辺の兵士にも勝てないほど弱いというではないですか。そのようなものに魔王討伐を任せるなど正気の沙汰ではない。我々こそ本物、真の勇者なのです。だからどうか目を覚ましてください、聖女様」
ここに来てようやく気付く。
さっきから彼らは“私”にしか協力の要請をしていない。
勇者アレスのことなど、ただの一度も会話に出てくることはなかった。
背中に嫌な汗が伝う。
今この状況は非常にまずいのではないだろうか。
「お待ちください。勇者アレス様は紋章を持っています。あれこそは勇者である証。それに魔王軍幹部だって討伐しています。彼を疑うのですか?」
「紋章などいくらでも偽装できます。それに他の幹部は彼が倒したのではなく、おそらく神罰により討伐されたのを自分でやったと嘯いているのでしょう」
「そんなわけ!」
「聖女様!」
否定しようとした私の声をハーレイがかき消す。
「ここで選択を間違えれば世界が滅ぶのですよ?偽の勇者に騙されてはなりません。我々こそが真の勇者なのです!」
そう叫ぶとハーレイは席から立ち上がってこちらに近づいてくる。
私はひるんで後ろに下がるがそんなことなど意にも介さず、ハーレイが歩みを止めることはなかった。
彼は私の前で立ち止まると、狂気を孕んだ眼でこちらを見つめたまま手を差し伸べてくる。
「さあ聖女様、我々と一緒に世界を救いましょう」
この男の言っていることは支離滅裂だ。
まったくもって意味不明の妄信に捕らわれている。
だから本来なら、それを否定することなど容易いはず。
でも怖くて声が出せない。
足が震えて、立っているだけでやっとである。
そうこうしている間に手を握られてしまった。
そのまま力任せに引き寄せられ、抱きしめられる。
生理的嫌悪に全身の鳥肌が立ち、今にも泣き出してしまいそうだ。
でもそれはできなかった。
今ここで私が泣き崩れてしまえば、それは自ら敗北を認めたことになる。
そしてその敗北は、彼の名誉を傷つけるだろう。
そんなことは許されない。
許されていいはずがないのだ。
だから最後の勇気を振り絞って、私はその気持ちの悪い抱擁から抜け出し、ハーレイを睨みつけた。
「神罰?・・・ふざけるな。お前たちにあの人の何がわかる!世界を救おうと必死で戦っている彼の名誉を汚すことなど、たとえ神が許しても、私が許さない!」
私は精一杯叫ぶ。
譲れないもののために。
それを受けて、ハーレイは辺りに殺気をまき散らした。
彼の燃え上がった瞳が私を射抜き続ける。
それでもひるまない。
たとえここで殺されることになったとしても、譲れないものがあるのだ。
勇者様の戦いを侮辱することだけは断じて見過ごせない。
それだけは許せない。
「・・・そうですか。残念です、聖女様。どうやらあなたはだいぶ洗脳されているようだ。かくなる上は私が直接勇者を討ち、己の正しさをあなたに証明するほかない。心苦しいのですが、それまで少々窮屈な思いをさせてしまいます。どうかご容赦ください」
「何を、うっ・・・」
ハーレイが魔法を発動した。
もはやこうなっては非力な私にできることなどなく、無抵抗なまま意識を刈り取られてしまう。
薄れゆく意識の中で、最後に思い浮かべたのはやはり勇者様の姿だった。
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