第39話
その日の放課後。
話したいことがある、とルドリク先生に言われ、研究室へと向かった。
研究室に入る。お茶のいい香りがする。
ルドリク先生が椅子に座ってお茶をすすっている。
いつもと変わらない光景だ。
「ソウタ君ですか。座ってください」
普段と同じようにルドリク先生の対面の椅子に座った。
「私がいない場所で杖を使ってはいけない。そう約束したと思うのですが、覚えていますか?」
ルドリク先生は真剣な表情だ。
「覚えています」
「約束を破りましたね」
それは違う。アリアを守るために仕方なくやった。
状況が状況だったから使わざるを得なかった。
仕方なかったんだ。
「はい。すいません」
約束があることをよくよく知った上で。
仕方なかった、というのはその場しのぎの言い訳だ。使わざるを得ない状況にならないよう、事前に考えて動いていれば回避できた事態かもしれない。
「処罰は、覚悟してます」
「処罰はしません」
なぜかため息をついて、そう言ってくる。
「……ほんとですか?」
「ええ。ただし今後はきちんと守ること。次に約束を破った時は処罰をします。そして──」
ルドリク先生が頭を下げてくる。
「私も、悪いことをしてしまいました」
「え、ちょ、ちょっと、そんなことしないでください」
「本来、生徒を守るのは教員の役目。アリアさんやソウタ君を危険に晒してしまったことは私の責任です。本当に迷惑をかけました」
「そんな。あの時は仕方ないですよ」
あの時はモンスターの脱走とかあったし。それに代理の先生もいた。責任は、その場を受け持つと言った代理の先生にあるはずだ。
でも、ハイオークを相手にして勇敢に戦った代理の先生を責めるなんて酷だ。ましてやルドリク先生なんて、モンスターの脱走に対処してたのだ。
責められるはずもない。
ルドリク先生が苦笑いを浮かべる。テーブルに乗ったカップを手に取って、静かに飲んでいる。
少し静かな時間が流れる。
カップを置いて、ルドリク先生が口を開いた。
「ソウタ君は約束を破りました。けれど、その代わりにアリアさんを守りましたよね」
「えっと、はい」
「それが正しいか間違っていたかは分かりません。ですかその選択は、決して悪いものではなかったと私は思います」
「それは、どうしてですか?」
「誰かを守るということは、力を持っていたとしても中々できないことですからね」
ルドリク先生が窓の外に視線を向ける。どこか遠くを見ているように見える。気のせいかもしれない。
「そういえばソウタ君、順位は確認しましたか」
「はい。二位でした」
「きちんと評価してもらえたようですね」
「……どういうことですか?」
「試験だけの評価なら、ソウタ君は最下位だったのですよ」
「最下位!?」
「ですがソウタ君は、ハイオークを倒しました。試験で負けたとは言え、ハイオークを倒した生徒が最下位というのはおかしいでしょう。ですので私が説得しました」
「説得……?」
「生徒の評価を決める会議で、他の先生にですね。現場を目撃した人が多数いたこともあってうまくいきました」
「僕が二位なのはルドリク先生のおかげなんですね」
「いえいえ、あくまで私は説得しただけですから」
そう言ってルドリク先生が微笑みを浮かべる。
「でも僕にはちょっと分不相応というか」
「というと?」
「魔法も使えないのに二位だなんて」
ルドリク先生が不思議そうな表情を向けてくる。
「気づいていませんか」
「気づく? 何がですか?」
「ソウタ君はもう、魔法を使えるようになっていますよ」
ルドリク先生がお茶を口にする。
え、僕が?
「もう、今使えるんですか?」
「はい」
なんだって!? いやいや魔力が無いのに魔法なんて……でもルドリク先生が嘘言うわけない。
「ええええええ!?」
いいのか。こんなに簡単に、何もしてないのに。
「ソウタ君の体から魔力の流れが感じられます。なぜかはわかりませんが、今のソウタ君は確実に魔力を持っていますよ」
「本当に魔法が!?」
「ええ。練習は必要ですが、使えると思いますよ」
胸が熱くなる。嬉しさが爆発しそうだ。
夢のようだ。でも夢じゃない。本当のことらしい。
「嬉しいですか?」
「なんて言ったらいいのかわかりません!」
声が跳ねる。
ついに僕にも魔法を使える日が来たらしい。今すぐ使いたい!
「それは良かったですね。とりあえず、お茶を飲んで少し落ち着きましょうか」
ルドリク先生がカップにお茶を入れて、僕の前に差し出してくる。ありがたい。
お礼を言ってゆっくりと飲む。
ふう、と一息つく。
少しずつ落ち着いてきた。まだ心臓はドキドキしてる。
「さて、ソウタ君」
「はい」
「ソウタ君は成績が上がったので、奨学金を受け取ることができると思います」
「奨学金ですか」
「教員の推薦があれば、奨学金の返済も免除されます」
「それって……」
返済の免除ということは、無償で授業料を肩代わりしてもらえるってことか!
「君はお金に困っていると聞きましたからね。推薦は私が出しましょう」
「ありがとうございます!」
ただでさえお金が無かったから本当に助かる。
「これでお昼ごはんが食べられる……!」
するとルドリク先生が反応してきた。
「そうですか? お昼ごはんは大丈夫ではないのですか?」
確かに、今はアリアが食べさせてくれている。
アリアがいるうちは大丈夫だと思うけど。
あれ?
「ルドリク先生、それ誰から聞いたんですか?」
「ああ、それは──」
「私が言ったのよ」
研究室の入り口付近。
赤い長髪を揺らしながら、ツンとした表情のアリアが立っていた。
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