第38話

 翌朝。


 教室に入る。変な空気が流れている。

 そわそわしているような雰囲気。


 自分の席に座る。隣を見る。

 ウィンが刀を枕にして爆睡してる。そんな硬いもの下に敷いて痛くないのかな。


「ウィン」


 ウィンの体をゆする。

 ゆっくり目を開いてこっちを見てきた。


「おう、ソウタか」


 ウィンが大きく口を開けてあくびをする。


「眠そうだね。もしかして夜ふかし?」


「してねえよ。昨日は日が沈んだら寝た」


 半日近く寝てるのか。


「でも今寝てたよね?」


「そりゃ眠かったら寝るだろ」


 これでいて授業中も寝るんだから、ほんと人間離れした睡眠欲だ。


 ウィンが周りを見てつぶやく。


「静かだな」


 確かにみんな静かだ。いつもならワイワイ喋る声がこっちまで届いてくるんだけど。


「みんなどうしたんだろう」


「ま、成績発表されるから仕方ねえだろ」


 そういえばそうだった。

 昨日ルドリク先生が説明してたっけ。


「でも成績が発表されるってだけで、こんなにそわそわするのかな」


「そりゃあするだろ。進路に直結するからな。ほら、魔法師団からのスカウトだって成績重視らしいぜ?」


「そうなの?」


「ああ。つーかスカウトに限った話じゃねえがな。国の重役でも、でかい商家でもみんなそうだ。成績がいいやつから引き抜かれてく。当たり前だがな」


「成績、大事だね」


「逆に成績が悪いとどこも雇わねえから、そういう奴は色々大変らしいけどな」


「それ僕のこと言ってる?」


「別にそんな気は無かったんだが。まあソウタは大丈夫じゃねえか?」


「そうかな?」


「体力も根気もあるし、宿屋の下働きくらいならなれるぜ」


「それはそうだけど……って、僕が卒業できない前提で話を進めるな!」


 一体何が大丈夫だというのか。


「でもさ、成績の基準が分からないよね」


「基準?」


「レッサーオークとの戦いで評価されるって言っても、具体的にどれくらいか分からないじゃないか」


 レッサーオークを倒したら満点なのか?

 でも例えば、満身創痍の、ギリギリの状態でレッサーオークを倒せた人と、傷一つ負うことなく倒せた人では、評価も変わってくるはずだ。


「一応指標はあるが」


「どんな?」


「どんな手段でもいいから、レッサーオークを倒せれば合格ライン。大きなダメージを負うことなく倒すか、一分以内に倒せば加点。んで、一撃で倒したら満点」


「へえ」


 具体的だ。


「今のは貴族の間で言われてることだぜ。ま、ただの予想だ」


「先生が説明すればいいのに」


「基準をはっきり出すと文句言うやつが毎年いるらしいからな。治療されたあとで『傷を負ってない』とかなんとか」


 色々事情があってのことらしい。


「ちなみにだが、レッサーオーク倒せなかったヤツはほぼ確定で低点なって退学らしいぜ」


「終わった……」


「おいおいどうしたんだよ」


「倒すどころか手も足も出なかったんだよ?」


 最初からひたすら逃げ回って、ルドリク先生に助けてもらって試験終了。

 あの時の僕は逃げ回る一般市民だ。

 順位が見たくない。


「正真正銘の落ちこぼれだ……」


「はっはっはっ」


 ウィンが笑ってる。何がおかしいのか。


「笑わなくたっていいじゃないか」


「すまんすまん。でも落ち込むのはまだ早いぜ?」


「え?」


 どうして? と尋ねようとしたところでルドリク先生が教室に入って来る。

 大きな紙を持っている。あれが成績表かな。


「みなさんおはようございます。昨日は試験お疲れさまでした」


 ルドリク先生が僕たちの顔を見渡してくる。

 目が合った。一瞬だけ微笑んでくる。


「さて、早速ですが発表することがあります。試験の順位です」


 教室がざわつく。


 ルドリク先生が、文字が細かく書き込まれた大きな紙を掲げてみせてくる。


「一年生全員分の順位が書かれています。教室の一番前に張り出しておくので、それぞれ確認しておいてください」


 ルドリク先生が成績表を黒板の中央に貼った。

 距離が遠くてよく見えない。


 周囲のざわめきが大きくなる。


「ホームルームは終わりです。一時間目の準備をして待機していてください」


 ルドリク先生が教室から出ていく。

 途端、クラスメイトが一斉に立ち上がって成績表の前に集まっていく。


 見るのが怖くて、まだ前に行きたい気持ちになれない。

 僕と同じように、怖くて前に行けない様子の人が何人かいる。

 他にも、多分自信があるんだろう、背もたれに寄りかかって余裕の表情を浮かべてる人が何人かいる。


 隣を見る。どうやらウィンは後者みたいだ。


「ウィンは、成績気にならないの?」


「そうだなあ」


 ウィンがあくびをする。


「寝れる時間関係ねえしな」


「寝ることしか考えてないね」


 ウィンがニカっと笑ってごまかしてくる。


 平和な奴だ。ウィンにとっては将来よりも目先の睡眠の方が大事らしい。


「それより、ソウタは見ねえのか?」


「……ちょっと見るのが怖いな」


「早く見てこいよ。どうせいつかは見ることになるんだしよ、さっさと済ませたほうがいいんじゃねえか」


「分かった。見てくるよ」


「おう」


 意を決して成績表に近づいていく。


 僕が近づくと、みんな離れて道をあける。

 なんだなんだ。僕はお偉い貴族様にでもなったのか? いや、ここにいるのみんな貴族だった。


 とりあえず、前に進む。順位表が見えた。


 下から順番に見ていく。

 良かった、最下位ではないらしい。一つずつ見る順位を上げていく。

 あれ? 僕の名前無い?


 さては僕、成績良いな? ……いや、そんなけあるまいし。

 成績悪すぎた生徒は圏外で順位表に載らないとか、そういうことはないよね。


 名前が見つからないまま順位を上げていくと、気づけばもう十位だ。


 あ、七位、ウィン・ステアリーク。流石だ。魔法なしでレッサーオークを倒しただけある。

 六位、五位と、僕の名前があるわけないだろう場所に目を通していく。


「あ」


 三位、アリア・リンフェルグ。良いね。素晴らしい。


「え?」


 二位、ソウタ。


 僕の名前が書かれてる。

 第二位だ。


「そんなわけ」 


 僕が二位。

 目をこすって見直してみる。

 頬をつねって夢じゃないか確認してみる。


「良かったじゃねえか」


 ウィンが肩に手を置いてくる。


「だから言ったろ? どうなるか分かんねえってな」


「分かってたの?」


「何かやるとは思ってたぜ? ソウタの魔法愛は尋常じゃないからな」


「あ、えっと、ありがとう」


 反応に困る。


 順位としてちゃんと認められるって、こんなに嬉しいことなんだ。


 すると横から誰かが歩み出てくる。明らかに僕を見てきてる。

 僕の前まで来た。


 メガネを掛けた背の高い男子。クラスメイトの一人だ。

 話したことはない。


 その人が唐突に、僕に向かって頭を下げてくる。


「ええと、どういうこと?」


「すまなかった」


 ちょっと意味がわからない。

 頭を下げられるようなこと、してない気がするんだけど。


「じ、実は、オレが最初に言ったんだ。『千年に一度の劣等種』って」


 ばつが悪そうにそう言ってくる。


 つまり彼は、僕の不名誉な二つ名の考案者、もとい元凶らしい。


「魔力も無い奴が魔法使いになれるわけないって、ずっと思ってた。悪口も、少しは言った。正直、心の中で馬鹿にしてた」


 メガネの男子が僕をまっすぐに見てくる。


「でもお前、ハイオーク倒して、二位になって、俺、ずっと勘違いしてたよ」


 頭を下げてくる。


「今まで、すまなかった」


「え、えっと」


 すごい、真剣に謝ってきてくれてる。

 けど、悪口とか二つ名とか、僕にとっては過去の話だ。アリアが味方になってからは、そういうのは殆どなかった。

 言ってしまえば、最近の僕は幸せだったし、少なくとも不幸ではなかった。


 こういう時ってなんて言えばいいんだ。


「えっと、そ、そうだ。握手しよう」


 何言ってるんだ僕は。

 僕が手を出すと、ぎこちない動きで握ってくる。

 もう成り行きに任せよう。


「僕は魔法が大好きなんだ。でも、まだ全然使えない。だから色々教えてほしいんだ、魔法について」


「……ああ。もちろん。俺にできることなら、やる」


「ついでに、ウィンが寝ないように注意するのもお願いしたいな」


 ウィンの席を見る。

 自分の席で刀を抱えて爆睡している。相変わらずだ。


 すると目の前の男子が少し笑った。


「分かった。頼まれたよ」


「これからよろしく」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 突然、拍手が聞こえた。


 誰かが拍手してくれている。それにつられるようにして、拍手が広がっていく。

 みんな笑ってる。僕が初めて自己紹介した時のとは違う。いい笑顔だ。

 アリアが少し離れた場所から、温かい目で僕を見てきている。ちょっと恥ずかしい。


 僕はようやく、このクラスの一員になれたのかもしれない。

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