第36話

 下半身だけを残し、上半身を蒸発させたハイオークが目の前に倒れている。

 大歓声が耳の中で反響している。


 倒した。僕が。

 夢を見ているみたいだ。


「ソウタ」


 後ろから声が聞こえる。

 振り向く。


「アリア──」


 間をおかずに、アリアが抱きついてくる。

 アリアが抱きついてきている。


 え?


「あ、あああ! みんな見てるよ!? アリア!?」


「いいの」


 アリアが肩に顔をうずめてくる。

 一体全体どうしちゃったんだ。


「怖かった」


「…………」


「怖かった。すごく」


 それだけ言って、少しの間静になる。


「でもソウタが来てくれた」


 アリアが顔を上げて見つめてくる。


「ありがと、ソウタ」


 笑顔を向けてくる。


「……アリアを守れて良かった」


 僕からもぎゅっと抱きしめてあげる。

 このアリアの幸せな表情を見るために僕は生きてる。大げさじゃない。本当だ。アリアは大切な人だ。


 しばらく抱き合った後、体を離す。

 するとアリアが僕の全身を見てくる。


「怪我してない?」


「うん、全然」


「本当に?」


「むしろ調子がいいくらいだよ」


 体の調子が良い。

 パワーアップしたというか、力が湧いてくるというか。

 なんだか、今なら魔法が使えるような気さえしてくる。


「それよりもウィンを」


 ウィンはハイオークに一人で突撃してアリアの魔法の時間を稼いでくれた。

 本当に勇気のあるやつだ。


「……そうね。そうするわ」


 アリアが名残惜しそうに僕から離れていく。

 僕ももっと一緒にいたい。けど、それは全部終わった後にしよう。今は我慢だ。


 アリアがウィンの方へと走り去っていく。


「これは」


 突然、すぐ隣から声が聞こえた。


 横を見る。ルドリク先生がいる。体に光をまとっている。身体強化の魔法か?

 いつからいたんだ。音も気配もしなかったぞ。


 ルドリク先生が周囲の様子を見渡す。


「ハイオークですか……」


 僕の方を向いてくる。


「状況を説明してもらえますか?」


「分かりました」


 今まで起こったことをかいつまんで説明する。

 ザボルが出てきて、オークがハイオークに変異した。そしてハイオークがザボルを殺した。

 代理の先生とウィンが戦ったけど、ハイオークには勝てなかった。

 杖の力を使って、ハイオークを僕が倒した。


 ルドリク先生が信じられないような感じで見てくる。


「本当にソウタ君が倒したのですか?」


「倒しました」


 僕が倒したって言っていいんだろうか。倒せたのは全部杖の力のおかげだ。

 ルドリク先生が顎に手を当てて何か考えている。


「杖の力、ですか?」


 言いづらい。でも言わないのはもっとだめだ。


「はい。杖の力を使いました」


 納得がいった様子でルドリク先生がうなずいた。


「やはりそうですか。しかしこれほど強力な力だったとは、私も流石に想定外です」


「怒らないんですか?」


「……ソウタ君は本当に真っ直ぐですね」


 ルドリク先生がいつもの優しい笑顔を向けてくる。


「まずは生徒の避難と治療が先決です。ソウタ君も怪我は特に見当たりませんが、治療室に行って診察を受けてください。説教はその後とします」


「分かりました」


「それでは」


 ルドリク先生が急いだ様子でどこかへと行った。忙しそうだ。


 僕は言われた通り治療室に向かう。

 到着。中に入る。

 いくつかのベッドが並べられてる。気絶した生徒が何人か横になっている。ハイオークの咆哮にやられたんだろう。


「どうしました?」


 若い女の先生に声をかけられる。


「ルドリク先生に言われて来ました。一応、診察をしてもらえと」


「分かりました。すぐに診察します」


 少し待った後、治療担当の先生が来て診察された。

 思っていた通り怪我は無かった。


 教室に戻って待機するように、と言われて部屋を出される。

 ウィンとかアリアの様子が気になるけど、とりあえず戻ろうか。


 教室に戻る。席にはクラスメイトがちらほら。

 先に避難していたんだろう。みんな僕を見てくる。視線が痛い。


 自分の席について待機する。

 しばらくするとウィンが戻ってきた。思ったより元気そうな様子だ。

 目が合う。スタスタと歩いてきて隣の席にドスンと座った。


 ウィンに尋ねる。


「怪我は?」


 ウィンがにへらと笑った。


「あんなかすり傷、怪我のうちに入らねえぜ」


「どう考えてもかすり傷じゃなかったよね」


 壁にめり込んでた気がするんだけど。


「心配してんのか? 大げさだな。怪我なんて生きてればよくするだろ」


 そういうレベルの怪我じゃなかった気がする。


「痛みとか残ってないの?」


「全然。俺は別にいいって言ったんだが、アリアに治療された後に、治療室でも治療されたからな」


「それじゃあ大丈夫そうだね」


 ふと思い立って聞いてみる。


「ハイオークと戦うの、怖くなかったの?」


「別に怖くはねえな」


 ウィンが目をつぶる。ぽつりとつぶやく。


「なかなか刺激的な戦いだったぜ」


「刺激的……」


 普通に死にかけてたよね。ハイオークに殴られて壁にめり込んでたよね。

 マイペースだ。ほんと、肝が座ってるよウィンは。


「そういえばソウタ。この後の予定聞いたか?」


「この後? いや、聞いてないけど」


「まだ試験は続けるらしいぜ」


「え? 嘘でしょ」


「このクラスでまだ試験をやってない奴らは、他の訓練場で続きをやるらしい」


「誰がそんなこと言ってたの?」


「先生が話してた。多分マジだぜ」


「あんなことが起きたのに?」


 モンスターが脱走して、ハイオークが現れて、ザボルが死んで、代理の先生が戦闘不能になって。

 試験どころじゃないよね。


「今日中に終わらせないと色々問題が出るらしい。モンスターの収容とか大変なんじゃねえか」


「ああ、それは確かに」


 モンスターをいつまでも収容しておくってのも、それはそれで大変だろうな。

 食料与えないと普通に餓死するだろうし。逆に飢えて自暴自棄になったら手がつけられないかも。


 そう簡単に延期できる行事じゃないのかもな。


「あと、先生がザボルのことを話し合ってたな」


 ザボルか……。

 今回の事件の張本人。オークを操ってアリアを殺そうとして、更に使用が禁止されてる変異魔法を使った。


 ザボルは死んだけど、アリアを殺そうとしたことは今でも許せない。


「今回の事件だけどな。ザボル一人の仕業とは思ってないみたいだぜ、先生達は」


「他にも誰か関わってたってこと?」


 全部ザボルが悪いものだと思っていた。


「アリアの試合前にモンスターの脱走が起きたろ?」


「うん。起きてたね」


「あれのせいで、ルドリク先生とかスカウトの人とか、重要な戦力がいなくなった」


「……意図的だったんだ」


 言われてみれば、そりゃそうだ。

 アリアの試験直前。ちょうどルドリク先生がいなくなった。完璧なタイミングだ。

 意図的じゃない方がおかしい。


「モンスターの収容所の警備は厳しいらしいぜ? そこに付け入るんなら、知恵だけじゃなく──権力が必要だ」


「ザボル一人でやったとは考えにくいね」


 きな臭くなってきた。

 ザボルに協力者がいたのか。

 ザボルより更に上の地位の誰かがいたのか。

 考え始めるときりがない。


「ザボルに指示を出すような悪いやつがいたのかな」


「かもな。もしかしたらめちゃくちゃ偉い人かもしれねえ。けど真相はもう分からねえぜ。本人がもうこの世にいねえからな」


 この国も、この国に住む偉い人も、みんなやることが物騒だ。


 すると教室にルドリク先生が入ってきた。

 アリアはまだ戻ってきていない。

 ルドリク先生が教壇に立つ。


「安全のため、試験が終わった人は帰宅してください。寄り道などはしないように。成績や順位は明日発表します」


 ルドリク先生がすぐに教室から出ていく。忙しそうだ。


 クラスメイトがみんな立ち上がって変える準備を始める。

 アリアはまだ戻ってきてない。

 準備だけして待ってようかな。


「あ、ソウタ」


 ウィンが声をかけてきた。


「アリアから伝言を頼まれてるんだ。忘れるとこだったぜ」


「伝言?」


「屋上で待ってる、だとよ」


 屋上。なんだろう。何か話でもあるのか。


 ウィンがニヤリと笑ってくる。


「またさっきみたいに抱き合うのか?」


 ……ハイオーク倒した後、見られてたのか!


「そ、そんなことするわけないじゃないか!」


「はっはっはっ、いいじゃねえか。アツアツでよ」


「僕は先に帰るから!」


 早足で教室を出る。

 顔は、赤くなってないと思う。多分。

 階段を登る。一番上まで到着する。

 屋上の扉は既に開いていた。


 外へ出る。少し涼しくて気持ちのいい風が吹いている。


 アリアはどこだ?

 いた。屋上の柵にもたれかかっている。


「待ちくたびれたわよ」


 アリアは赤い髪をたなびかせながら、こっちを向いてきてそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る