これは詰みセーブですか? いいえ、それは輪廻です。
鳥烏うp
第一廻 始めが肝腎。詰んだ詰んだ
小鳥の囀りと温い陽光。清々しい朝が来た。
心地よい気怠さに浸って、俺は布団の中で身動ぎする。
「んご」
間抜けな声が洩れたが、それは俺が間抜けな人間だからではない。
口の中に異物感があった。
固い筒状のモノが口中に挿し込まれている。
認識が遅れてやってきた。俺は驚いて目を見開く。
「おはよう。そしてさようなら」
鈴を転がすような、それでいてやけに鋭利な声だった。
俺の寝ぼけ眼が焦点を合わせるより先に、馬乗りになった何者かは引き金を引いた。
俺は何も感じなくなった。
口の中に異物感があった。
固い筒状のモノが口中に挿し込まれている。
さっきと同じ感覚だ。夢でも見ていたのだろうか。
此度は驚愕ではなく怪訝をもって俺は目を見開く。
「おはよう。そしてさようなら」
まったく同じ台詞がまったく同じ声音と抑揚で聞こえて。
何者かは引き金を引いた。
俺の感覚が消失した。
口の中に異物感があった。
三たび同じ感覚だ。二度あることは三度あるという。タチの悪い悪夢もあったものだ。
物憂げに俺は目を見開く。
「おはよう。そしてさようなら」
三度目ともなればこれが若い女性の声であることは判別できる。
三度で終わりならせめて顔ぐらいは拝みたい。
俺の本音を斟酌せず、彼女は引き金を引いた。
俺は何も感じない。
口の中に異物感があった。
俺は最初と同様に驚愕し、それ以上に恐怖を覚えて目を見開く。
「おはよう。そしてさようなら」
彼女は委細反応を変えず、ただ引き金を引いた。
口の中に異物感があった。
口の中に異物感があった。
口の中に異物感があった。
口の中に異物感があった。
口の中に異物感があった。
……
気が狂いそうだった。
いや、もしかしたら既に何度か発狂していたかもしれない。
彼女の引き金は俺のあらゆる感覚と情動をリセットし、ニュートラルな状態ーー即ち口中の異物感という振り出しに戻してしまう。
記憶だけはリセットされないのは不幸中の幸いか。
数えるのも億劫なゾンビアタックの中でわかってきたこともある。
ソクラテス式に整理しよう。
口の中の異物は何か?
拳銃。リボルバーではなくオートマチック。それ以上は不明。俺は舌で舐めただけで銃の種類がわかるような変態ガンスリンガーではない。
その引き金を握る者は誰か?
若い女性であることは確か。
ボンテージスーツのような黒衣を纏い、口元も黒布で覆っている。髪も同じように黒く、肩口までのショートカット。個人的にはタイプの髪型だ。
変声期なども用いた高度な変装の可能性はこの際除くことにする。
暗殺者、刺客。そんなところだろうとは思うが、パーソナルな部分はやはり不詳。
「おはよう。そしてさようなら」という言葉の後に引き金を引く。
ただしこちらが大それた行動に出た場合はその限りにあらず。
具体的にはーー
俺は目を閉じたまま、跳ね起きるように勢いよく上体を起こす。
彼女は無言で引き金を引いた。
口の中に異物感があった。
と、まあこんな感じだ。
彼女を動揺させるのは容易ではない。
この状況は何か?
無間地獄。有り体に言えばループ。
俺は彼女の凶弾に命を奪われるたび、振り出しに戻されている。
口腔の裏にある延髄は人体の急所中の急所。
痛みを感じる間も無く、撃発と同時に俺は即死しているらしい。
こうして情報を整理する間に都合十回は射殺された。寝たふりもだんだん上手くなってきたが、どうにもタイムリミットがあるらしい。脳内計測だがだいたい200秒。
それを過ぎても覚醒の兆候を見せなければ、
「おはよう、そしてさようなら」なしで殺される。
まったく、殺され慣れるなんて稀有な経験である。たぶん話のネタとしては一生ものだろう。
とはいえ、いちいち思考が中断されるのは辛い。
なんとか急所を外せないものか。
俺は目を瞑った状態で彼女の腕を掴んだ。
口の中に異物感があった。
案の定である。
万力のような腕力を想定していたが、ほっそりとした腕は力を込めれば動かしてやれないこともない。
だが、それだけだ。
口内深くにバレルを突き込まれている時点でどうにもならない。九月一日の下駄箱で夏休みの宿題に気づいたところでどうしろと言うのだ。
俺は嘆息し、それに反応して射殺され、口の中に異物感を覚えながら、考える。
諦めるのはまだ早い。発狂するのはもうやった。
活路があるとすれば彼女の腕。俺が身じろぎしたところで凶弾は延髄の照準を外さない。だが相手と合わせればどうだろう。
彼女の腕を無理やり動かし、それと同時に俺が動けば、なんとか銃を吐き出せないか。
射殺されつつ、俺は試行錯誤する。
……やっぱりダメだった。
いきなり腕を引っ掴んで暴れれば、意識の断絶を数秒遅らせることはできる。しかし、死を免れることはできなかった。
それどころか、下手に急所を外すと激痛のおまけが付いてくるではないか。
失念していたが俺が今まで痛みを感じていなかったのは即死していたからだ。
即、死ねなければ痛いに決まっている。
痛いのは嫌だし、いよいよ手詰まりか。
俺は頭を抱え、そして射殺される。
口の中の異物感にはうんざりだ。殺されるのはもう嫌だ。
本当にどうして俺がこんなことに……。
辟易した思考を弄ぶ中で、俺の中に一つの考えが生まれる。
痛いことと、殺されること。本当に嫌なのはどちらかと。
物議を醸すところかもしれないが、俺は殺される方が嫌だった。
激痛は二回目からは堪え難かった。しかし一回目に限れば、この無間地獄に鮮烈な花を添えてくれたのは事実。
無限に殺される無間地獄では痛みでさえも歓迎し得る。be able toだ。
……一花、咲かせられるかもしれない。
俺は閃いた。この状況はチェックであってまだチェックメイトではない。
とはいえこれは先送りの一手。先にあるのは高確率で破滅だけ。間に捨て駒を置くような、姑息な時間稼ぎに過ぎないだろう。
それでもやってみる価値はある。無間地獄に変化をもたらせるのなら。
二度試行し、射殺され、三度目の正直も射殺に終わる。
だが、俺は諦めない。
その後、九回失敗し、十三度目のトライ。
口の中に異物感があった。
俺はすぐには動かない。ギネスレベルに上達した寝たふりを続ける。
脳内計測で35秒後。彼女が銃把を握り直す瞬間を狙って行動を起こす。
俺は彼女の腕を両手で引っ掴む。
「ーーーー、!」
不意を突かれ、コンマの領域で彼女の対応は遅れる。
それだけあれば充分だ。
俺は顔を思い切り左に倒した。
何度やっても銃を口から吐き出すことはできなかった。
だがその状態でも、急所たる延髄から照準を外すことぐらいはできる。
ーー激痛と、不可逆の喪失を覚悟すれば。
俺が彼女の腕を掴んだことで僅かに浮いた銃口。加えて、俺が顔を倒したことでその照準は延髄を外れる。
この間、時間にして0.4秒。
彼女は引き金を引く。
口の中に激痛があった。
撃発した弾丸は、俺の奥歯と左顎を砕き、左頬を撃ち抜いた。
そして、そこは急所ではない。
「なっーー!?」
彼女の瞳に初めて動揺が走る。
してやったり。俺は不適に笑おうとし、砕けた顎では口角を上げられないことに気づく。
喪失感を覚えながら、俺は激痛のあまり気絶した。
マジで死ぬほど痛かったーー。
Congratulations!
1st Reincarnation "銃を食らえ!"
Result
159死
基礎技術点ーー44点
廻数点ボーナスーー+12点
総合点ーー56点
総評ーーもっとからだをたいせつに。
ーーーー
NEXT → 2nd Reincarnation
これは詰みセーブですか? いいえ、それは輪廻です。 鳥烏うp @thethe
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