~ワケル聖杯~
あーごめんごめん
第1話 屈辱
「何回言わせるんだこの出来損ない」
昼休みのベルが鳴るのはこの一分後ぐらいだ。いつしかこの怒鳴り声がお昼の合図になっていた。
理正は頭の上下運動しかできなかった。この日提出書類の期限を忘れていたのだった。
今野部長は働き始めた時から人には冷たく、若手の女性社員には優しいが、飽きてきたらほったらかし。男性社員には年齢関係なく傍若無人な態度という酷い人間性。それに仕事ができないから嫌いという感情がプラスして理正には風当たりが強い。
「今年で何年目だ」
「三年目です」
すると目をぎろっと理正をにらみつけ、いやみたらしく、
「お前確かこんなミス七回目だよな、
失敗回数が経歴数上回るってどういうことだよ。」
どういうことだよの部分だけ怒りを振り絞ったかのように声が大きかった。
確かに、もっともな意見だが、「すみません」の言葉以外何の言葉も返せなかった。彼にはなぜこんなにミスが続くのかわからなかった。
平塚理正。
地方の大学に入り紆余曲折しながらも、努力の末なんとか卒業後、京都の保健所に入所。今は現役保健師ではあるものの、昔から超がつくほどの落ちこぼれ。小さなミスから大きなミスまで、今までしてきた失敗経験は数え切れないだろう。学生時代は遅刻や課題提出遅れ、空気の読めない言動や行動で人間関係でもトラブった。
それから社会人になった今も遅刻、提出遅れに加え、入力ミス、仕事が覚えられないなど落ちこぼれっぷりを発揮していた。しかし、本人は何の悪気もなかった。
「よう、またやったのか」
声をかけてきたのは同期の藤谷だ。
藤谷孝史
理正の同僚であり、仲が良く、飲みに行くこともしばしば。同じ衛生管理課で働いている。
「藤やん聞いてたのか。まあ」
「昼飯食いにいくぞ」
理正は首に鉄の重りを吊るしたような様子で藤谷の後をついていった。
職場から近い定食屋に着くなり、理正は、コロッケカレーの食券を買い、御盆とスプーンを取るなり真っ先にカレーライスコーナーに並んだ。
カツ丼とサラダを頼んだ藤谷と席に着き、理正は小さく手を合わせるとせかせかとカレーを口に運んだ。制服に飛ばないかと思ったが、制服が元々ベージュ色だったので気にならなかった。
「そんなにやけに食わんでも」
「あいついけ好かないんや。俺にだけあたり強いと思えへん?」
「まあ、確かにお前にだけ特別キレてるところはあるかもな」
理正は、今野部長を完全に厄介者と認識していた。今野の顔を見るだけでやる気が失せる。
こんなことは職場ではありえることだが、そんな毎日の繰り返しに嫌気があった。
理正がしょぼくれた顔で家に帰ると、嫁の佳奈がいた。
平塚佳奈
源ホールディングスの社長令嬢であり、自身も社員三十人ほどを抱える女性社長だか、理正には少しお節介なところがある。二人の間に四歳の女の子がいる。
「お帰りなさい。ね、これ明日までに書いて!」と封筒から紙を取り出し、机においた。
そこには「第三十回源(みなもと)ホールディングス五十周年記念祭について」と記載されており、下の方に参加者記入欄があった。
「そっか、佳奈の父さんの会社の記念祭近々だっけ?」「そうそう。いくやろ?ここに名前書いて。」といい、参加者記入欄を人差し指で二回コンコンと叩いた。
胸のポケットから黒ペンを取り出し、ゆっくり署名を終えると、嫁の佳奈がサッと紙をとり、何のドレスにしようかな~なんていいながら寝室に消えていった。
今野部長に怒鳴られたことが頭にあり、正直そんなのんきな気分じゃなかった。溜息をつき、背もたれにもたれると、左斜め前にあるテレビに目をやった。
「次は天気です。今夜は激しい雷雨となるでしょう。特に京都府北部で強くなる見込みです。十分注意してください。」
「京都府北部で一部停電が見受けられます。」
その日の空は雷雲が占領し、黄色や白やピンクなどの稲妻と大粒の滴のイリュージョンが繰り広げられていた。
このあとあんな悲劇が起きることをまだ誰も予想していなかった。
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