逃れられない悪夢

 みんなで作ったパエリアを食べ終えて、照たち3人が帰宅してから。

 俺は1人、流行りのゲームをやるために自室のパソコンの前で座っていた。


 そろそろ12時か。悪夢の時間が来ると考えたら背筋が凍った。

 一応、俺なりに対処策は考えてるけど。それでも恐怖は感じていたりする。


 未だに、照に殺された時の痛み、絶望、恐ろしさを忘れられていない。

 ――今日もまた誰かに殺されるのか、そう考えただけで震えるようだった。


 だけど、それでも時間は流れちゃうし、やるべきことはやってくる。

 何はともあれ、今は目の前のことに集中しよう。よし、やってやるぜっ!



『おいっすー。ミッチー』

「おー、鈴。なんつーか、久々だな」



 心の中で意気込んでいると、パソコンの、通話チャットが繋がった。

 相手は……鈴。コイツと今流行ってるオンラインゲームをする約束をしていた。

 主に俺のレベル上げに付き合ってもらうんだけど。しかし、学生の身分でどうしてここまでレベルが上がっているのか。完全にニートじゃねぇか。



『昨日は会えてないし、今日は部活が潰れてるしね。しょーがないね』

「それも、そうか。んじゃ、さっそくマルチでやっていこうぜ」

『りょーかい。あれ、元気ないねぇ。幼馴染と喧嘩でもしたかな?』

「なんで、いきなり、そうなるんだよ!」



 相変わらず、鈴の態度はいつも通りだったな。

 人を馬鹿にするかのような、コイツだけ何かが見ているかのような。



「ちげぇよ。むしろ仲は良好だって。今日も一緒に料理作ったし」

『ふーん、それは良かった。まあ、何かあったら聞いてあげるよ。キミの周りにいる女子たち、どれもこれも面倒そうだからねぇ』

「なんか癪に障る態度だけど、その時はお願いするわ。あと、それなら……お前にも悩みとかあるだろ。俺で良ければ聞いてやるぜ?」

『へっ? 急に、なんでそんなこと言い出してくるのさ?』

「いやさ、お前。飄々としてるようで苦労人っぽいし。何かあるんだろ?」



 例に漏れず、俺はあの悪夢を何とかするために行動に出ることに。

 それに、それよりも。悪夢で見てしまった……鈴の言動が脳裏に蘇った。


“ああああああああぁぁぁっ!!! ああああああああああああぁぁぁ!!?”

“どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも”


 アイツの絶叫、アイツの部屋にあった本。無性に気になっていた。

 もしかしたら……現実の鈴とも何かしらの関係があるんじゃないかと。



『なるほどねぇ。そんなこと思ってるんだ。ならさ、仮にボクが悩んでるとしてだよ? ミッチーが解決できると思うの?』

「……そう言われると。さすがに俺じゃ無理だと思うぜ」



 だけど、鈴の問いかけには……真っ先に否定した。

 コイツのことだ。根拠なしに言い切ろうものなら信用してこないはず。



『はぁ。ミッチー、普段は図々しいのに。こういう時はまともだよね』

「だって、お前のことだし、悩んでいたとしたら何日も何度も考えて苦しんでるだろ? だから俺が簡単に口を挟むなんて軽々しいからな」

『わかってるじゃん。じゃあ、なんで悩みを聞こうと考えたわけさ?』

「それはさ、一緒に考えることはできるはずだろ。俺でも力にはなれるぜ」



 そうだ、俺には素晴らしい人格も豊富な人生経験もない。

 知能もコイツと比べたら圧倒的に足りてない。俺はバカで、鈴は天才だ。


 だけど、今はこの悪夢をどうにかしたい気持ちが大きいけども。

 前々から鈴の達観したような態度には、俺として不安に思っていたんだ。

 

 ……そんな俺の真意をわかってくれたのか、鈴はやれやれと言わんばかりの溜息を吐き出すと、声色が優しいものに変わった。



『そこまで言うなら考えておこうかな。バカからの意見も貴重だし』

「そうだ、考えておいてくれ。って、誰がバカだよ!」


 まあ、こういう態度は変わらなかったけどさ!?

 鈴の気分が少しでも晴れたみたいだから、良いけど。なんだかなぁ。



『誉め言葉だよ、私の中では、ね。それよりも、さっさとゲームやろう?』

「ああ、そうだな」



 そういえば、そうだった。元々はこちらが本題だよな。

 ゲームを立ち上げ、キャラを動かす。すかさずガムを口に入れる。



『あれ、ミッチー。何を食べてるの?』

「ブラックガム。一発で眠気が取れるほどミントがきつい奴だ」

『この時間帯で、そんなの口にしてたら……眠れなくなっちゃうよ?』

「良いんだよ、それで。今日は眠るつもりないからな」



 そうだ。あの悪夢に対抗するべく考えた、俺の最終奥義。



 ――すなわち“悪夢が嫌なら見なければ良いじゃない作戦”だっ!!!



『ふーん、それなら良いんだけど。というか』

「モンスターブルにレッドエナジー、それにブラックガム。パーフェクトだ」

『おおう。もう今夜は徹夜する気マンマンじゃないか』

 


 ああ、もちろんだ。今日は、絶対に一睡もしない。

 ガムを噛みながらエナジードリンクを飲み干す。眠気は完全になかった。


 もちろん起きてた分のツケは昼間に来る。でも、夜中の悪夢は避けられる!

 眠かったら昼間に寝てしまったら良い。運が良いことに明日は体育がない。

 学生の本分は学業だって? 命が危ないんだ、とやかく言われる筋合いはねぇ!



「よーし、今日はオールでゲーム三昧だ!」

『それなら私も付き合うよ。いろいろ話したい気分だしね』



 もちろん二徹、三徹は無理なので回数が限られてるけど。

 それでも悪夢に遭遇する回数を半分にできるだけで負担は軽い。


 そして、時計の針は規則正しく12時に近づいていき。

 よし、このまま起きていたら大丈夫だな。そして、日付が変わって――



「あれ、なんだか眠たい……」



 おかしい、さっきまで眠気の「ね」の字もなかったのに。

 ――抗おうとも不可能。どうしようもない眠気が俺に襲い掛かってきた。

 瞼が重いし、頭がぼうっとする。思考ができず、視界がぼんやりしだした。



『ど、どうしたの、急に。ミッチー? おーい、ミッチー?』



 ヘッドフォン越しに聞こえた鈴の声を最後にして、俺は机に突っ伏した。

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