帰宅して、さっそく
「ただいまー」
「おかえりなさーい!」
謎の少女“アオイ”に、未だにわからない悪夢の謎。
モヤモヤした気持ちを抱えつつ家に帰ると、照の声が飛んできた。
声が聞こえた先は……キッチンか。夕飯にはちょっと早いんじゃ?
煮物とかカレーとか、調理に時間がかかる料理作ってるのかな。向かうと――
「あっ、おじゃましてるよ!」
「お、おおお、おじゃましてます。道也先輩」
――エプロンの、天使たちの、花園が広がっていた。
慌てながら俺に挨拶する若菜に、俺に向かって元気に手を振るちーさん。
ああ、ここは楽園か。楽園なのか。負の感情がまるごと洗われるようだった。
まあ、翻訳するとエプロンを着けた若菜とちーさんが料理をしてたんだけど。
「ど、どうも。ちーさんに若菜。2人とも可愛いな!」
「……え、ええっ!! い、いきなり、そんなことぉ!?」
「お、おおう。大胆だねー。……そう言ってくれると嬉しいけどさぁ」
し、しまった、つい本音が。顔から火が出そうだ
というのも家に帰ったのか、2人もエプロンの下は普段着だったから。
要するに家庭度が普段の数倍増しで……なんというか、もう素晴らしいんだ。
2人も元が美少女だし、俺の性癖にストライクの服装だから当然なんだけどさ!
「ほらっ、2人をからかわないのー」
回りまわる思考を遮るように、照はジト目で俺を見ていた。
エプロンに、手にはしゃもじ。まさに料理中ですと主張してる格好だ。
「わりぃ、わりぃ。というか、照。なんでお前らはここに?」
「ほら部活動が禁止されちゃったから、調理部の活動ができないでしょ。だから、こうして3人だけでも別の場所でやろうってなったんだよ」
「ふーん、そうなんだ。だけどさ、別に俺の家じゃなくても照の家でも良いんじゃ」
「こっちの方がいろいろ揃っているんだよっ! 器具とか設備とか食材とか!」
「それに、道也君に食べて欲しいからね。ね、若菜ちゃん」
ちーさんが呟くように告げると、咄嗟に顔を背ける若菜。
理由は分からないけど、その仕草は可愛らしかったな、うんうん。
「こうしてまで活動するとは。熱心なことだなぁ」
「道也の好きなアニメの言葉を借りるなら“私たちを誰だと思っていやがる!?”」
「おおー! 照もようやく言うようになったか!」
「そりゃあ夕飯の度に見せられたら覚えちゃうよ。面白かったけどさ」
「……話は変わるけどさ、今日は大変だったよね。不幸な事件が起きてさ」
「えっと、道也先輩のクラスメートさん、でしたっけ。残念です」
そして、話題は部活動禁止の原因でもあった“アレ”の話に変わった。
「実は落ちる瞬間を道也と見ちゃっててさ。あまり気分良くないんだ」
「そ、そうなんだ。ごめんね、話をしちゃって」
「んで、そういやさ。今日は何を作ってるんだ? 妙に良い香りするけど」
「じゃじゃーん! パエリアだよー!」
「おおー!! 名前だけは聞いたことあるー!! よく知らないー!」
テンション高い照に、テンション高い答え。苦笑いでちーさんが教えてくれた。
「スペイン料理だよ。元々興味があってさ、近所のスーパー探したところ、具材が安かったからこの機会にみんなで作ってみようかなって」
「そうなのか。まあ、美味しそうな料理だってことはわかるぜ!」
「美味しいよ。でも学校じゃ作れないんだ。主にエビとかアサリとか使えないし」
「あー、食中毒になる恐れがあるからか。まったく学校の先生は過保護なんだよ。生徒の胃袋なんざ若いんだから、ちょっとやそっとの毒素じゃ」
「……この前、温めずに昨日のカレー食べてお腹壊したの、誰だっけ?」
「そ、それとこれとは別じゃ?」
「ごめん、道也くん。さすがにそれはドン引きかなーって」
そうは言ってもさ、別に生温かったし大丈夫かなーって思ったんだよ。
抗議したものの……照やちーさん、そして若菜すらも反応はドン引きだった。
ちくしょう、俺が何したってんだ。そんなにおかしいことなのかよ、まったく。
「とりあえず調理を再開しようか。道也くん、手伝ってくれる?」
「ああ、良いぜ」
「ええっ~? 万年味見係の道也が私たちの手伝いぃ~?」
「うっせぇ。ちーさん、こんな奴の面倒いつも見てくれてありがとうな」
「……もう。いっつもなーちゃんかちーちゃんのことばっかり褒めてさぁ」
あれ、この状況。チャンスじゃないか。悪夢をどうにかするための。
“彼女たち全員と親密な関係を築けば良いのよ。つまり――悪夢のハーレム、名付けて“ナイトメアハーレム”を作るのよ!”
ここには照と若菜がいるんだ。アオイに言われた通り、実践する良い機会だ。
しかし、親密な関係を築くと言っても何をすれば良いかわからないな。
女子に囲まれながら、作業しつつキッチンで考える。うーん、どうしようか。
「悪いな。でもさ、照には感謝してるんだぜ。俺と一緒にいてくれてさ」
「……えっ?」
「俺がこうして暮らせてるのも照のおかげだし。幼馴染でからかいやすいからいろいろ言うことはあるけれど、俺は照にいつも感謝してる」
この際だし、照には俺の思いを告げてみよう。
今日の朝、昨日の朝にも同じようなことを言っていたけれど……こうした感謝の気持ちはちゃんと伝えないとな。
真っ直ぐ、照と目を合わせる。どこか時の流れが遅いように感じた。
……決まった、決まったよな? かなり恥ずかしかったけどさ!!?
逸らした視線を、恐る恐る照に向ける。照は――変なものを見る目をしていた。
「きょ、今日の道也、なんかキモいね」
「せっかく勇気を出して言ってやったのに、これかよ!!?」
そりゃ冷静に振り返ってみたらキモかったけど!? 他の言い方ないの!?
せっかく慣れないことを頑張ったのに、これじゃ台無しじゃないかよ、悲しい。
「だけど、ありがとうね。そう言ってくれると嬉しいよ」
しょげていると、次に来たのはこんな言葉だった。
照の照れくさそうな笑顔。頬が紅に染まった。おっ、良い感じじゃないか?
「良いなぁ、照先輩」
「ああ、もちろん若菜も頑張ってると思うぜ?」
「ふ、ふぇ?」
「いつも真面目で一生懸命で。誰かのために頑張れる、素晴らしいことだよ。そんな若菜を俺は可愛いと思うし、応援しているよ」
そして、若菜にも。若菜のための言葉は瞬時に浮かんだ。
そりゃもう。常日頃から思ってることを話すだけで良いからな!
「そんなこと、ないですけど……ありがとうございます。もっと頑張ります!」
若菜の、愛くるしい真ん丸の瞳が俺を見据えていた。
よし、こちらも反応に問題はないな。そして若菜が可愛いなぁ!!
――案外、楽勝かも!? このままみんなとうまくやれるんじゃ!?
変な行動で頭が浮かれたような、嫌な高揚感に包まれていた俺はそう思った。
「あははっ。若菜ちゃんに照ってば、愛されてるなぁ……」
これを眺めていたちーさんの乾いた笑いは妙に頭の中で響いた、けども。
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