誰かが死ぬということ

 ――あれから、学校全体は異常に包まれていた。


 突然の出来事に阿鼻叫喚の生徒に、それを制止する教師。

 四方八方から、たくさんの感情が入り混じった声が飛び交い合って。

 結局、その後に救急車のサイレンが聞こえるまでそれは続いていた。




「「「…………」」」」」


 俺たちは、先生に自分の教室での自習を命じられていた。

 自分で習おうとする奴なんているわけないけど。この状況じゃなおのこと。

 といっても、普段は騒がしいグループも静かに座っていた。誰が死んだとか、何で死んだとか、あれこれ突き止めようとする話し声もなかった。


 原因はあれだ。俺から右隣に3つ先の机が空席になっている。

 休みじゃなかった。それがわかるのは、死んだのが――彼女だったから。


 ――外山緑。

 明るい性格で、クラスの中心グループの1人だった。

 話したことはあまりなかったけど、教室を同じにしてた人が死んだ。

 教室にぽっかりと穴が開いたようで、言葉に出来ない複雑な気分を感じる。


「うぅ……みどりぃ」

「なんで、こんなことになっちゃったのぉ……」


 向こうから女子たちの声が聞こえた。

 悲しむ声、啜り泣く声。小さいけど、静まり返った教室内では聞こえた。

 その中には詩織のものも。そういえば、詩織と同じグループだったっけ。

 前までなんてことなかったのに。昨日のことを思い返していた時――

 

「ねぇ、聞いた? あの噂話」

「……緑、ここ最近ずっと悪夢を見てたんだって」


 耳に入れてしまった、その言葉に息が止まりかけた。

 ――悪夢。――ここ最近ずっと。真っ先に浮かんだのが。あの悪夢。

 まさか、今回の自殺にまでアレが関係してるんのかよ。ふざけてんのかよ。

 

 ……だけど、否定できなかった。

 ブログの記事にもなっていた、俺以外に悪夢を見る奴だっている。

 それに自殺するのも。昨日今日、そして明日、明後日、何日も続いたら。

 俺だって、あの子だって、どうにかなるはずだ。自ら死を選ぶくらいに。


「皆さん、よろしいでしょうか」


 変なことを考えていた時、うちの担任が教室内に入ってくる。

 いつもの冴えない顔つきは険しい。何を話すか、もうわかっていた。


 だけど、それは辛い、悲しいよりも――決まりが悪そうな表情に見えた。


「ご存じかと思いますが……外山緑さんが亡くなられました」

「「「…………」」」

「受け持つ生徒がこんなことになったことを、先生は残念に思います」


 クラス内の重苦しい空気が、更に重量感が増していた。

 クラスメートの1人が死んだ。改めて現実として思わせられたから。


 ――だけど、彼女に対する哀悼はすぐに途切れた。

 彼女なんて知らないと言いたげに、その後は別の話題に変わった。

 歯切れの悪い口調であれこれ言ってたけど、内容自体は理解できる。


 今回の件を、SNSで無暗に広めないこと。デマとかを流さないこと。

 彼女や彼女の遺族たちを変な噂を流して苦しめないこと、というよりは出鱈目に騒いで事を大きくさせるな、そんな思考が見え隠れしていた。


 ……確かにそういうのも大事だけど、他にやるべきことあるだろ?

 疑問と、どこか怒りにも似た感情が込みあげてきた、そんな感じがした。


「この後、臨時集会を行います。先生の指示に従って移動を――」


 だけど、それに反抗する意志は……俺にはなかった。




「ありがとうね、道也くん。こんな状況なのにお手伝いさせて」

「大丈夫だって。それに約束してたんだからさ」


 あれから時は過ぎて、放課後。

 今日は部活動全体が休止。あんなことがあったら当然だけどさ。

 電研部も調理部も休み。だけど、生徒会の活動は止められないみたい。

 なので俺は昨日の夜の電話であった通り、ゆのねぇのお手伝いをしていた。


「……それにしても、今日の件は残念ね。あなたのクラスメートよね」


 ゆのねぇの悲しそうな会話に、俺も釣られた。

 集会では……とある女子生徒としてしか語られてなかったけど。

 誰が死んだか、どのクラスか、少なくともゆのねぇの耳に入ってるらしい。

 噂話か、SNSか。どちらにしても、情報の拡散って凄まじいんだな。


「まあ、そうだな。あんまり仲良かったわけじゃないけどさ」

「そうなの。……ねぇ、道也くん。自殺した女の子のこと、何か知ってる?」

「知ってるって、どういうことだよ?」

「そういうことじゃないわ。例えば――無視とか、いじめとか」

「い、いや、そんなことなかったよ! むしろ、そうなら何かしてるって!」


 ゆのねぇは「そうなの」と返してきた。俺を信じてくれたのか。

 だけど、俺は今日の出来事はどうしてもそれだけで終えられなかった。


「なんつーか不思議だよな。1人死んだのに日常が過ぎてるの」

「道也くん?」

「あの女子はすべてが終わった。高校2年で他にやりたいことも、やれることもあったはずなのに。これからなのに、終わった。それは悲しいこと。だけど、他の奴らにとっては少し悲しんで終わり。ウチの担任なんて疎んじてたよ、生徒が死んだのに。……いちいち変に考えて拗らせるよりよっぽど健全だけどさ」


 なんて、何を言っているんだ、俺は。意味不明すぎるよな。

 衝撃的な事件の後で動揺してたのか、頼れる人の前で気が緩んでたか。

 この場の、変な空気を誤魔化そうとした時。ゆのねぇが俺に近寄ってきた。


「道也くん」

「なんだよ?」

「ぎゅうううううぅぅぅ」

「ちょ、ちょっと、何すんだよ、ゆのねぇ!!?」


 ――そして、いきなり抱きしめた。


 や、柔らかい。特定の、体の一部分が!! それに良い香りがする!!

 恥ずかしさで頭が真っ白になった。……同時に、体が羽毛で包まれたような包容力を感じたり、俺を受け入れてくれるような母性を感じていたり。

 さすがはゆのねぇ、いろいろスゴい……そんなこと考えてる場合じゃねぇ!


 こんなところを誰かに見られたらマズい。とりあえず引き離した。

 当のゆのねぇは……残念そうな、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。


「あらあら。昔は道也くんから抱き着いてきたのに?」

「い、いつの話をしてるんだよ!!? あれから変わったんだよ、俺も!!」

「えー。道也くんは、ずーっと私のこと“ゆのねぇ”って呼ぶのに?」

「それはそれ、これはこれだ! ……てか、なんで抱き締めたんだよ、いきなり」

「昔を思い出したから、かしら?」


……昔を? 疑問を浮かべる俺に、ゆのねぇは穏やかに囁いた。


「道也くんは優しいわね。前からずっと」

「そ、そうなの?」

「誰かの苦しみを理解できる。誰かの悲しみをちゃんと考えられる。相手のことを思いやる。それは素晴らしいことよ。それをしようとする道也くんも」


 そんなこと言われても恥ずかしいというか、なんというか。

 あと優しいって、それ褒める部分がない男に女子が言うセリフだぞ!!

 もちろん、ゆのねぇはそんなつもりで言ったんじゃないだろうけどさ。


「だけど、その優しさがあるから周りの女の子は」

「……ゆのねぇ、どういう意味だよ」

「いえ、深い意味はないわ。それよりも仕事を早く終わらせましょう」


 いつもの、ゆのねぇのどこか達観したような呟きか。

 複雑な思いを納得させて、俺は目の前の生徒会の仕事に取り組んだ。

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