3日目

悪夢から墓場まで

「――っ!!」


 声にならなかった叫びと一緒に、俺は目が覚めた。

 見慣れた天井、見慣れた布団、見慣れた部屋。俺は戻ってこれたらしい。

 ……そうだ。あれは夢なんだ。だけど、あの時の記憶は鮮明に残っている。

 ゆのねぇの別荘に似た屋敷で、みんなで似た怪物に襲われて、俺は逃げだして。


“ほら、そんな怖い顔しないで。笑ってよ、笑顔になってよ”

“笑顔じゃないとさぁ……こわーい人に殺されるんだよ?”


 そして、照に捕まって……俺は燃やされた。アイツは笑っていた。


「おっはよー! みっちやー!」

「――うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」

「い、いきなりどうしたの、道也!?」


 あの時の激痛と恐怖とが、心の底から込みあげてきて。

 乱暴に俺の部屋のドアをぶち開けてきた、照に俺は叫んでしまった。

 恐怖で震えている俺に、照は驚きと疑問を含めた眼差しを向けてくる。


「……あ、ああ、ごめん。昨日さ、怖い夢見たんだ。それでさ」

「もー、道也ってば。子どもじゃないんだからー!」

「そ、そうだよな、あははっ……。も、もう大丈夫だぜ?」


 とりあえず笑って誤魔化した。照はこれ以上、追及してこなかった。


「じゃあ、今日も早起きしたんだから手伝って。朝ごはんの準備っ!」

「へー、へー」


 寝癖だらけの頭を掻きながら、照の後を追って1階に向かった。

 ……まともな現実世界に帰ってこれたんだ。今はこの世界を生きなきゃ。

 いつものリビングに辿り着く。今日の朝は曇り空で、微妙に室内は暗かった。


「んで、何すりゃいいんだ?」

「うーん、と。今日は魚を焼きたいからお願いできる? できるよね?」

「りょーかい。やり方は何となく覚えてるぜ。お任せあれ、てな」

「焦がさないでよー? お魚さん、微妙に高くなってるんだから」


 こうして俺は作業に取り掛かった。照の為にも、朝ごはんの為にも。


「こらっ、グリルで魚を焼く時は強火で焼くんだよ!」

「ああ、悪い。そうなのか?」

「弱火だと時間かかるし、表面だけ先に焼けちゃうからね。って、あれ!? ま、まさか道也、アルミホイルを敷かないで焼いちゃったの!?」

「そうだけど……。もしかして、これもいけないのかよ?」

「いけない、わけじゃないんだけど……。汚れちゃうんだよ。洗うの面倒だし」


 ……まあ、照に叱られっぱなしだったけどな!

 実際にやってわかったけど、朝ごはんを作るの意外と大変なんだな。


「なんつーか、いろいろ迷惑かけてすまん」

「大丈夫よ、これくらいなんてことないって! そ、それよりも、さ。今の私たちって夫婦みたいだと思わない!?」

「なんで俺に聞くんだよ……昨日も同じようなこと言ってたし」

「えっ、だって気になるし。他のみんなもそう言ってくるわけだし」

「そうだな。まー、やってることはそうだよな、うん」

「そうだよね、えへへ~」

「嬉しそうなの、なんでだよ!? ほい、できたぞ。美味しそうだぞ」


 どこか気恥しいけど、穏やかで楽しい時間が流れていく。

 現実の照は優しいし……可愛い。悪夢で受けた傷も回復できた気がした。


 だけど、だからこそ。悪夢の中で、心に刻まれた“あることを”聞きたくなる。

 聞いてみるべきじゃない。脳の片隅に追いやるしかないのはわかっていた。

 なのに、どうにかしないと……あの時の記憶が古傷のように痛むのだから。


「そういや、照さ」

「なぁに?」

「火とか火事とか。そういうの、なんかあったりしたか?」


 ……やべぇ。誤魔化そうとしてるから、意味わからない質問になった。

 でも、あの怪物は照を名乗って、俺を燃やして殺した。笑えとも言っていた。

 火、燃やす。もしかして現実の照にも何か関係があるのかもしれない。


「火……火事……」


 なのに、聞いた。だけど、あれ。照の様子がおかしい。

 不安に思いながら駆け寄ると……照が座り込み、小刻みに震えだした。


「――、――、――、――」

「おい、どうした、照!! どうしたんだよ!!」


 声にならない呟きを、照は幾度もなく繰り返している。

 この様子は、まるで何かに怯えている? 怖がっている? 塞いでいる?

 ……急にどうしたんだよ、照。どうすればいいんだよ、この状況で、俺は!!

 突然の出来事の驚きと、自分がしでかしてしまった恐怖で思わず慌ててしまう。

 と、とにかくどうにかしないと! 照をの体を揺さぶってみることに――


「あれ,道也。どうしたの?」


 ……と、思っていたら。

 今までが嘘のように、きょとんとした表情で照は俺を見つめていた。

 さっきの出来事がキレイごっそりなかったことになった、そんな感じだ。


「いやいや、さっき急に」

「えっ、そんなことに? そんな覚えないんだけど……まあ、良いか。そんなことよりもさ、早く朝ごはんつくろーよ! お腹ペコペコだよー!」

「あっ、そうだな。て、手伝うよ。ちょうど終わってたしさ」


 その後は何事もなく、なかったように日常の1コマは進んでいく。

 だけど、見てはいけないものを見たような。変な悪寒がしてならなかった。




「はぁ~。今日の午前は古文、数学、あの先生の日本史かぁ」

「あー、それはだるいな。俺なら即睡眠コースだわ」

「さすがに寝ちゃダメじゃないかな。というか、それだから道也の成績はとんでもない結果になるんだよ。名前が一字違いの学問の神様に失礼でしょ」

「うっせ。昔から散々言われまくってること蒸し返さないでほしいぜ!」


 何気ない、いつもの登校の風景が広がっている朝の時間。

 今日はいつもより早めに出たからか、行き交う人は少なかった。

 日頃と違うことをしてみると、なんだか新鮮な気分がするな。風も心地よいし。


「あれ、やっぱり元気ないね、道也」

「ん、ああ、そうだな」

「ここまでひどいのは珍しいよね。いったい、どんな悪夢を見たの?」


 ――お前に体を焼かれて、殺される夢だよ。

 なんて言えたら気分も晴れそうだけど。頭がおかしい奴だよな。

 そうでないにしても、照に余計な心配をさせるわけにもいかないし。


 いろいろと話している内に見慣れた我が校の校門に差し掛かる。

 ここもいつもの場所、だけど……今日は異変と喧騒で溢れかえっていた。

 辺りも異様な雰囲気に包まれていて。明らかにおかしいぞ。何があったんだ?


「あれ、なんだろ。人だかり?」

「そうみたいだけど……」


 どうやら人が集まってるみたいだ。みんな見上げて、何かを凝視してる?

 場所は屋上か。そこに何があるんだろうか。呆然と、照と一緒にそれを見た。


「えっ、うそ、あれって」




 ――屋上に人が立っている。フェンスの向こう岸に。



 ――おそらく女子生徒。下を見ていた。



 ――それが一歩前に、そして、落ちた。



 ――地面に引っ張られるまま、地面に叩きつけられた。




「きゃあああああああぁぁぁっっ!!!?」


 ある女子の叫び声が聞こえた途端に、その場が大量の悲鳴に包まれた。

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