起動した狂乱
「て、停電かよ……! 何で、いきなり……!?」
暗闇に包まれた部屋。何が起きたか気づくのに少しかかった。
いきなりの停電に驚きつつ、ひとまずどうしようか考えた、その時。
『ああああああああぁぁぁっ!!! ああああああああああああぁぁぁ!!?』
鼓膜を破壊しかねない、地の底から響いたような絶叫。
かろうじて。本当にかろうじて、誰の声かがわかった。……鈴だった。
『どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも』
意味が分からない怒りの叫びと、何かが壊れる音が向こうから聞こえる。
何度も何度も鈍い音が繰り広げられていた。あいつ、ものを壊してるのかよ。
『どこにいる……あいつ……コロス……ぜったいコロス……』
と、思ったら、音がピタリと止んだ。部屋を移動しているのか、扉の向こうから聞こえる鈴の声と、なにか金属製のものを引きずる音が。
マズい。すぐに違う部屋に逃げないと。今のアイツに出会ったらどうなるか。
再び始まった破壊の轟音。……待てよ、これはチャンスじゃないか。
どのみち行動しなければ結果は見えている。すぐに逃げ出そうと部屋を出た。
『そこにいる……!! ああああああああああああぁぁぁっっ!!?』
背筋が凍り付くような錯覚が俺を襲った。なんで聞こえるんだよ!?
とにかくこうなったら突っ走るしかない。
『あれ、そこに誰かいるの?』
階段の上から聞こえた声。う、嘘だろ。詩織まで来てるのかよ!!?
咄嗟なことが起きて何とかしようと考える。……とにかく全力で走った。
そして、すぐに3階に上がらなかったことを後悔する。
だけど、今から階段の場所まで戻っていたら詩織や鈴にも気づかれてしまう。
そのまま足音を立てないよう廊下を突っ走り、できる限り遠い部屋に入った。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を服の袖で覆って、なんとか音が漏れないようにする。
静寂と恐怖の中、詩織と鈴がここに来ないことを確認して……崩れ落ちた。
“あと電気は消しなさい。次は無いからね?”
ゆのねぇの忠告。こういう意味だったのかよ。
電気を消さないと停電が起きて、ゲームができない鈴が暴れ始める。
今日はたまたま上手くいったけど、少しでも対処をミスっていればどうなっていたか分かったもんじゃない。忠告の意味は嫌でも理解できた。
「って、ここ。……鈴がいた部屋か!」
しばらくして目が慣れると見えてきたのは、散らかり放題の部屋。
さっきまでゲームが映っていたテレビ、放置された皺くちゃの服と布団、四面の棚にはゲーム、そしてお菓子が大量に積まれていた。
今まで怪物がいた巣に入り込んでいたことに驚いたものの、この状況で部屋から出るのは危険すぎる。あいつの行動を確認しつつ今は居座ることにした。
しかし、気にくわねぇけど、確かに鈴の部屋だよな。棚の物に触れてみる。
「ゲームの裏側に……何これ、本か?」
すると、ソフトの裏に難しそうな言葉が書かれた本が隠されていた。
英語かな、と思ったけど違うらしい。分厚くて凶器になりそうなほどだ。
何でこんなものがあるのか分からなかった。確かにアイツは天才だけどさ。
そんなことを思っていたら――部屋の明かりが点いた。モニターにはさっきまでのゲームの画面が物々しい機械音と一緒に表示された、
同時に、またもや轟音が途切れる。でも、今度はしばらくそれが続いた。
嫌な予感がする。焦りが込みあげて、慌てて端末の映像を確認した。
『ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……』
階段を上る鈴の姿。マジかよ、部屋に戻ろうとしてるのかよ。
だけど運が良いことに、まだ鈴は1階と2階の踊り場をふらふらと歩いていた。
今ならなんとかなるかも。俺は部屋からこっそり顔を出して誰も近くにいないことを確認して、向こうの――扉が壊れた部屋に入った。
目に飛び込んできたのは部屋の惨状。鈴がやったんだろう。
机も棚もクローゼットも手当たり次第に壊されている。改めて恐怖を感じた。
『ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……ゲーム……』
ノイズが混じった鈴の声が、だんだんと近づいてきた。
息を潜めて、じっと身を隠し続ける。部屋に入って、その後は静かになる。
力が抜けて、座り込んだ。だけど、まだ3時。気が抜けない。
……もう嫌だ。疲れた。そんな、みっともない感情が頭をよぎった。
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