第48話 八

 ブリジットが呆れたように寝椅子にふんぞり返るのを尻目に、二人は熱愛する恋人同士のように互いの身体に手をまわしあい、廊下へと出ていく。

「ど、どこ行くの?」

「個室よ」

 そこで何をするのか、とはさすがにコンスタンスも訊かなかった。

「ちょっとびっくりしたわ」

「そう?」

「……だって、あの二人、まるで本当に好きあっているみたい」

 コンスタンスは先ほど見た二人の行為と雰囲気におどろき、そして少し安心した。あの二人からは、売春行為をするという生臭さがなく、むしろ歳ははなれているが本当に好意を持ちあったもの同士が放つやわらかな風を感じる。

「ふーん。まぁ、オードランさんは、ここへ来る客のなかじゃマシな方かな」

「マシじゃない人も来るのね?」

 おそるおそるコンスタンスは訊いていた。

「そりゃ、来るわ。ここへ来る男なんて、まぁ、多少金はあっても、やっぱりまともじゃない奴の方が多いし」

「ま、まともじゃないって……?」

 怖いもの見たさと好奇心にかられて、ついコンスタンスは訊いてしまう。

「まぁ、いわゆる変態みたいなの」

 ブリジットはマカロンを頬張りながら、あっさりと言いはなつ。十五歳。コンスタンスより年下だとはとても思えない。

「で、あたしたちに変なこと要求してくるのよ、たとえば」

 にんまりと笑ってブリジットは喜々としながら、そういった客の話をしだす。コンスタンスは聞きながら頬が熱くなり、つぎに青ざめていった。

 ふと、去年のこの季節、自分はなにをしていたろうかとコンスタンスは妙なことを自問した。

 去年の五月は……、新しく買うドレスのことで悩み、鈴蘭の花を誰に送るべきかと迷い、ラテン語と数学の試験日を恐れ、ベッドの下に隠していた少し大人向けの小説を、寝るまえに頬を染めて読み耽ったりしていた。

 この世のすべての女の子というものは、そういうものなのだろうと思っていた。だが、そうではなかったのだ。同じこのパリの空の下、コンスタンスがラテン語の文法を理解できず悩んでいたころ、父親ほどの年齢の男に身を売る少女がいたのだ。

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