第47話 七

「きゃー、ムッシュー、来てくださったのねぇ!」

 嬉しそうな声が響いてくる。足音がして、やがて中年の男性が部屋をのぞくようにして入ってきた。

「おやおや、今日はあたらしいマドモワゼルがいるようだね」

 ベージュ色の帽子をかすかに上げて、帽子と同色の背広すがたの紳士が挨拶をする。

「こ、今晩は、ムッシュー……」

「こちら、オードランさんよ」

 ビュルに紹介された男は笑顔を向けてくる。身体つきは大きくもなく小さくもなく、ごくごく標準だ。身なりからして、すこし裕福な商人というところだろうか。なんとなくコンスタンスは気になった。

「今晩は」

 挨拶するブリジットに向かってオードランと呼ばれた男は微笑をかえす。

「今晩は、ブリジット。そして、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」

「コンスタンスよ。今日来たばかりなの」

 ブリジットの紹介にコンスタンスはあわてた。

「あ、あの、でも」 

「コンスタンスはまだ仕事するかどうか迷ってるの。良かったら、オードランさん、コンンスタンスの最初の客になってやったら?」

 コンスタンスはますますあわてた。

「ほう、コンスタンス、君、今夜が初めてなのかい?」

 オードラン氏の黒い眉の下で黒い目が光る。鼠をねらう猫のようで、コンスタンスは内心身がまえた。

「はははは、どうやら怖がらせてしまったようだね。安心するといい、おじさんの相手はいつもビュルと決まっているんだよ。そうだね、ビュル?」

「ええ、そうよ。オードランさん、浮気しちゃ駄目よ。コンスタンス、あんたもわたしの恋人をとらないでね」

 そう言うと、ビュルはつま先立ちになって、コンスタンスとブリジットに見せつけるようにしてオードランの頬に接吻し、ふざけたように彼の鼻の下の黒髭をひっぱる。

「いてて、痛いよ、ビュル」

 オードランがふざけたように声をあげ、二人は一瞬見つめあって笑った。

「あらあら、見せつけてくれるわね」

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