第20話 七

 男性にしてはほっそりとした顔だ。青白くて、繊細そうで。それまで特になんとも思ったことはない。近寄ってくると白いフランネルの袖口が、かすかにコンスタンスの腰にふれた。ペリーヌにのしかかっていたコンスタンスを引きはがそうと、彼の指がコンスタンスの胸に触れたのをかすかに覚えている。そして、コンスタンスがペリーヌから引きはがされた直後、ペリーヌは泣きじゃくってフーリエにしがみついていった。

(先生、コンスタンスがひどいの!)

 そういってフーリエの胸に泣きついていったペリーヌの全身から、女の媚があふれていた。エマがいつも発散させている、あのどぎつい桃色の霧霞きりがすみのようなものが、そのときフーリエにからみついたのをコンスタンスは見た気がした。

 あのときの桃色の霧霞を思い出すと、コンスタンスの胸にある熱が生じた。

「コンスタンス?」

 いつの間にか、コンスタンスはフーリエの胸に顔をうずめていた。

「コ、コンスタンス……」

 フーリエの身体の熱を感じながら、さきほどの自分の胸内に生まれたものとはちがう熱さを自覚しつつ、コンスタンスは細い指を彼の背にまわした。

「先生、わたし、悔しい……」

「コンスタンス、やっぱり、なにかペリーヌに酷いことを言われたんだね」

 フーリエの声も熱っぽい。

「可哀想に、コンスタンス」

 ちがう。自分は可哀想な少女などではない。唇を噛みしめながらコンスタンスは自身に囁いた。

(こんなうらなり、ちっとも好きじゃないのに。ペリーヌ、趣味が悪過ぎるのよ)

 だが、コンスタンスは唇を半開きにすると、フーリエにせがむような仕草をした。じきに、寄せられてきた感触はおぞましいものだった。だが、コンスタンスはこらえた。

(これは……恋じゃないわ。復讐よ!)

 ペリーヌの意中の相手を、自分の魅力でもてあそぶことで、コンスタンスは復讐をなしとげたのだ。

「あ、駄目!」

 か細い腕で相手をおしのける。

「コ、コンスタンス」

「駄目よ、先生は……、ペリーヌが好きなんでしょう?」

「な、なに言っているんだ? そんなことあるわけないだろう」

「でも、ペリーヌは先生のことが好きみたいよ」

 コンスタンスは目を伏せて呟くように告げた。いかにも、それが辛くてならないというふうに。

「馬鹿な。僕はペリーヌのことなんて、なんとも思ってやしないさ」

 内心、快哉をあげた。

(わたしはペリーヌに勝ったわ!)

 まさにそう思ったつぎの瞬間、ドアが開いた。

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