第9話 二

 さらに、最近ではコンスタンスも気づいてきたが、家の経済状況はおもわしくない。父の仕事がうまくいってないのだ。住み込みのメイドを通いの家政婦にかえたのも、コンスタンスが半寄宿生になったのも、本当の理由はそれだろう。アガットの前ではドレスを買ったと言ったが、実はまだ買っていない。

 だがエマはほとんど毎日のように着飾って外出し、新しい帽子やドレスを買いこんでくる。父もそれを止めようとしない。

 窓から入りこんでくる西日が、水色のモスリンのカーテンをつらぬいて、床を寂しげに照らす。コンスタンスの鳶色の瞳が潤んできた。やがて頬が濡れていくのを自覚する。いそいで手でこぼれるものをぬぐったとき、物音が聞こえた。

「あら、あんた、いたの?」

 エマがわざとらしげに、赤く塗った唇をひろげてコンスタンスを呆れ顔で見ている。背が高いので、コンスタンスを見下みおろすかたちになり、文字通りコンスタンスを見下みくだすような雰囲気が全身からにじみ出ている。

 乱暴な仕草で帽子をとったので、結い上げていた髪がほつれて肩にこぼれる。流行の高価な服を着ていても、挙措動作きょそどうさはまるで安酒場ブラスリの女給のようだとコンスタンスは少女だけが持ちうる激烈な憎悪をこめて内心で継母を裁いた。

「今日は早いのね」

 コンスタンスは皮肉の棘をかくそうともせず言ってやった。

「ええ、ちょっと商談が早く終わったの」

 エマは父の商売を手伝っているのだという。取引先とも顔を合わせ、商談に加わることもあるというのが本人の言だ。

(どんな商談なのよ)

 おおかた、その厚化粧と香水の匂いをプンプンさせ、相手に色目をつかったり、しなだれかかったりしているのだろう。たしかに、それはある種の女の仕事の仕方だ。

 かつて、口さがないメイドが裏口で出入りの肉屋のおかみにこぼしていたことがあった。

(ここの旦那様は、悪い女にひっかかったみたいだよ。もうずっと家には帰ってこられないし)

(悪い女って、まさか娼婦じゃないだろうね?)

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