ユッキーのお仕事

「及川会長、部屋までご案内します」


 ユッキーがサプライズにしようっていうから、及川会長の部屋まで出かけて案内した。


「麻吹先生、この部屋は・・・」

「うん、昔の友だちの部屋よ。今回の旅行は事情でちょっとリッチにしたって」

「ちょっとって、ここは貴賓室・・・」


 バレたかな。玄関にユッキー歓迎の大垂れ幕があったものね。部屋に入った及川会長はわかったみたいでガチガチに緊張してた。


「エレギオンHDの小山社長とお見受けします。及川電機の及川でございます。この度は・・・」

「及川会長、今夜はプライベートみたいなものだから、挨拶はそれぐらいにしてくれる。お腹も空いちゃったし」


 続けてユッキーは、


「麻吹先生はわたしの古い友人でね。今夜は仕事を離れて飲もうって約束してたんだ。悪いけど付き合ってくれるかい」

「ありがとうございます。小山社長と同席できるのは光栄の至りです」


 毎度の事だけど感心させられるわ。ホントにユッキーってエライんだよね。エライだけでなく怖がられ、怖がられてるのに慕われる。こんな人は、そうそうはいないと思うよ。四方山の話もあったんだけど。


「・・・及川会長。その麻吹賞だけど、エレギオンHDも協賛にしたいけどどうだろう」

「エレギオンHDが協賛して頂けるとは願ってもない事でございます」

「じゃあ、香坂、後は頼んだよ」

「かしこまりました」


 これは助かった。だってオフォス加納にそんなにカネがないのよね。


「及川会長、今夜はプライベートのつもりだったんけど、ちょっとだけ仕事の話をしてもイイかい」

「小山社長、もちろん構いません」


 どうみても笑っちゃうのよね。だってさ、だってさ、ユッキーは二十歳過ぎにしか見えないのよ。そんな小娘に対して九十歳近い及川会長がコチコチなんだもの。


「苦しいんだってね」

「は、お恥ずかしい限りです。見込んだつもりだったのですが・・・」


 ここも聞いてみると三代目社長は娘婿だそうだけどパッとしないようで、及川電機の内情はかなり厳しいみたい。なんかサトルの話を聞いてるみたいで吹きだしそう。


「麻吹先生も世話になったようだから、助けてやってもイイよ」

「小山社長、今なんて仰いましたか」

「うちのグループ入りが条件だけど」

「そうして頂ければ・・・」


 うわっ、そこまで苦しいんだ。及川会長は必ずこの話をまとめ上げるとユッキーに約束して自分の部屋に戻った。


「ユッキー、イイの?」

「シオリもかなり世話になったんだろう」

「そうだけど、でもそんなに甘いことをやったら・・・」


 ユッキーは及川会長がいた時とはガラッと変わった笑顔で、


「氷の女帝の名が廃るってか。もちろん計算づくだし、シオリにも協力してもらう」

「わたしに何をさせようって言うの」

「麻吹つばさモデルへの協力。これが麻吹賞への協賛条件だよ」


 さすがにユッキーは甘くないか。うちの経営状態も筒抜けだもんね。


「またレンズ作らせる気なの」

「及川電機じゃレンズは作れない。作ってもらうのはイメージセンサー」


 なるほど。及川CMOSは有名だけど、最近では競合他社に押しまくられてるものね。


「実はね、マリーも悪戦苦闘中なんだ」


 マリーはロッコール立て直しのために送り込まれ、超高級レンズである加納志織モデルの開発に成功し、潰れかけのロッコールを再建の軌道に乗せてるのよね。


「マリーはカメラ部門も復活させたいと頑張ってるのだけど、なかなか上手くいかなくて」

「でもユッキー、レンズとイメージセンサーだけじゃカメラは出来ないわよ」


 デジカメの構成は大きく分けると、


 ・本体

 ・レンズ

 ・イメージセンサー

 ・画像処理エンジン


 この四つの部分があり、フィルムカメラで置き換えると、イメージセンサーがフィルム、画像処理エンジンが現像機みたいなもの。フィルム時代は現像所なり自分で現像してたけど、デジカメは現像機まで組み込まれてるってところなの。つまり画像処理エンジンがないとデジカメは出来ないのよね。


「マリーの構想を聞いたことがあるけど、デジカメのマーケットはドンドン小さくなるだろうって。そりゃね、スマホのカメラがあれだけ進化したら、コンデジなんて殆ど生き残れるとは思えないもの。そうなっても残るのが本格派のマーケット。そこにまず橋頭保を作りたいってさ」


 ユッキーの見方には同意。でもだからと言って画像処理エンジン抜きでどうしようって。


「マリーも画像処理エンジンがないものだから開き直ったみたいなのよ。高級分野で橋頭保を築くのだったら、エンジン抜きで切り込めるんじゃないかって。シオリだってカメラの画像処理エンジンなんか使わないだろ」


 なんちゅう割り切り。エンジンを通さない画像をローって言うのだけど、これを焼き付け写真にしたのがJPEGでイイと思う。普通にカメラで撮れば同時にJPEGにしちゃうけど、プロや本格派の愛好者はローで保存できるカメラで撮って、PCで画像処理してJPEGに変換するものね。


 もちろん処理した画像をカメラに戻してJPEGにしてもイイけど、PCに画像を移した時点で、そんな回りくどいことをする奴はまずいない。


「エンジン代が不要なら、その他の部分にカネをかけられるじゃない。今のマーケットとしては小さいかもしれないけど、橋頭保を築くには手頃と見てる」


 なるほどプロ仕様のロー画像専用カメラか。とにかく今どきのカメラは汎用性がむやみに広いし、そこでの競い合いは激しいけど、逆に機能を必要なものだけに絞り込むのはアリかもしれない。


「まあ、そこまでマリーも考えたけど、ロッコールにはイメージセンサーすらないから苦労してるのよ」


 問題は及川電機にそこまでの力が残っているかどうかだけど、


「それは調査済み。開発能力は十分にある。でも今の体制では無理。今の経営陣はクビよ。あんなボンクラぞろいじゃ、近いうちに倒産するからね」


 やっぱりユッキーはシビア。すべて計算済みか。


「あそこにはイメージセンサー以外にも美味しいものがあるんだよ。それがボンクラどもには見えないんだよ。これからのエレギオンHDの計画のためには抑えておきたいところなのよ」

「もしかして、今日の事は」

「あは、こればっかりはタナボタよ。コンクールの審査員まで調べてなかったから」


 ホントかしら。どうにも全部お見通しで事を運んでいた気がする。そりゃ、あれだけ怖れられるのはよくわかる。ユッキーやコトリちゃんが少し動いただけで株価が変動するって言われてるものね。コトリちゃんもボヤいてた。


『だってやで、アンパンかじってるところが見つかっただけで、製パン業界だけやなくて、小麦や小豆の相場まで影響したことがあるぐらいやねん。エエ加減にして欲しいわ』


 そう言いながら小麦や小豆の先物市場で大儲けしてるんだから油断ならないもの。後でミサキちゃんに、


「ユッキーはいつもあそこまで計算してるの」

「はい、あれぐらいは」


 前にエレギオンHDの経営は時間潰し、ヒマ潰しって聞いたことがあるけどホントかもしれない。今回のイメージセンサーの件だってエレギオン・グループにしたら小さな方の仕事だと思うけど、ここまでやってるんだ。他にも同じように手掛けてる仕事が幾つあるかと考えると怖いぐらい。


 ほんじゃ、ミサキちゃんが前に言ってた、本気になる女神の仕事ってどれだけ準備して取り組むんだろう。見るのは楽しみだけど、なんか怖い気もする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る