第9話

「スタンバイ。システムオールグリーン。ジュゲムオペレーションシステム起動。起動完了。ユーザー登録。音声認証入力選択。佐井田颯太。入力完了。ジュゲムオペレーションシステム再起動。再起動完了。こんにちは佐井田颯太。私はジュゲムオペレーションシステムのJSといいます。JSと声を掛けてくださればすぐに返事をします。指示を出す場合はそのまま指示したい内容を音声入力にてどうぞ」

周囲にいた生徒達が大騒ぎしてくれたお陰で猫服先輩のやる気がなくなりあの命の危機を脱した俺はその後錫が一度も姿を見せなかった事と周囲から好奇の視線を浴びせ掛けられる事以外はほとんど普段と変わらない一日を過ごした。今は何をしていたのかというと外殻型パワーアシストスーツジュゲムのユーザー登録をしていた。翌日になり登校してみると学園の校庭にはジュゲムが大量に用意されていて生徒達が揃うとすぐに対抗戦の説明が始まったのだった。乗り込む前に聞いた説明通りに音声ガイドに従ってユーザー登録を終えた俺はこれも説明にあった通りに外に出ようと思い声を出した。

「外に出たい」

「了解しました。外殻部を開きます。外殻部が完全に開き切り動作が停止したのを確認してから外に出て下さい」

 背中側の外殻がモーターの駆動する音とともに開き始める。

「猫服先輩より通信が入りました」

 猫服先輩って。猫服先輩、この名前で登録したのか。JSがそう告げるとすぐに猫服先輩の声が聞こえて来た。

「颯太君。私にも登録できましたよ。通信もできちゃってます。私だってやればできるんです。そっちはどうですか?」

「やるじゃないですか。今外に出る所です。出たら先輩の方へ行きますよ」

「分かりました。私も外に出ておきます」

「はい」

「猫服先輩からの通信が切れました」

 JSの声を聞きながら俺は外殻が開き切っている事を確認するとジュゲムの外に出た。

「それにしても、なんともいえない光景だな」

 俺は学園の校庭にずらりと整列しているジュゲムの姿を見ながら独りごちた。

「ここまでジュゲムを再現するとは見事でござるよ。これを設計した人物はよほどあのアニメのあの回が好きなのでござろうな」

 俺と同じようにジュゲムから降りて来た男子生徒が俺の横に立ちジュゲムの機体に手を当てると俺の方を見ながら言った。

「このジュゲムっていうのはなんというアニメに出ていたのだ?」

 全高四・五メートル。アシストスーツなどという言葉が使われているがこのジュゲムはどこからどう見ても戦闘物のアニメなどに出て来るような人が乗って戦う二足歩行のロボットに見えた。体の各部がごつごつと角ばっていて、顔以外のすべての部分は青色に塗られていた。顔部分だけは白色で人の顔のような形に作られていて両目に鼻に口があった。俺も子供の頃にはいろいろなアニメを見ていたのだが、これが出て来るアニメは見た事がなかったのでそう聞いてみた。

「メカメカカメーというアニメでござるよ。全九話の中の四話と五話にだけ出て来たのでござる」

「へえー。そんなアニメあったのか」

 全然知らないアニメだ。

「ご、ござる!? そういう事でござったか」

 男子生徒が不意に大声を上げた。

「どうした?」

 ご、ござるって何?

「あの錫という生徒の姿。誰かに似ていると思っていたでござるよ。あれでござったか。今言ったメカメカカメーの四話と五話にだけ出て来た兄妹の妹ポメにそっくりでござる」

 錫のあの姿はそういう事だったのか。あの突飛な姿もアニメのキャラを模しているのなら納得できる。錫にそれほどに好きなアニメがあったなんてな。どうでもいい話だが、全然知らなかった。

「ご、ござる!? この機体。ひょっとして、お主は、あの錫という生徒の兄ちゃまでござるか?」

 うげえ。もう顔を皆に憶えられてしまっているのか? しかも兄ちゃま呼び? それにまたご、ござるって。あれか? こいつ、驚くとご、ござるって出ちゃうのか?

「いや、まあ、なんていうか」

 こいつも猫服先輩派みたいだし嘘をつくのもな。かと言ってあっさり認めるのも抵抗あるよな。

「ここを見るでござるよ。拙僧のジュゲムにはこれがないでござった。どうしてかと思っていたのでござるが、こういう事だったのでござるな」

 男子生徒が俺の乗っていたジュゲムの右足の脛の内側部分を指差しながら言った。

「これは? 彫ってあるのか? 相合傘? ポメとダックスって名前が傘の下に書いてあるな」 

 俺は顔を憶えられているのではなかったみたいだと安堵しつつ男子生徒の指差す物を見ながら言った。

「アニメの中でポメが兄であるダックスの乗る機体にこっそりと彫ったのでござる。拙僧の愛機を見るでござるよ。何もないでござろう? お主の機体が特別、いや、恐らく唯一無二の本物のジュゲムだという意味なのでござろうな」

 錫の奴、余計な事を。これではそのアニメを知っている奴がこの機体を見たら、こいつみたいに、いや、これ、たぶん、戦っている最中じゃ見えないな。結構小さいからな。そもそもこの機体がこいつの言う本物のジュゲムだと分かった所でなんの意味があるんだ? それにそれで俺が乗っていると分かったとしてもそれも意味なんてなそうだしな。

「お主はポメとダックスの兄妹がどうなるか知らないでござろうから話しておくでござるよ。ポメとダックスは死んでしまうでござる。ダックスの所属する国の軍隊がクーデターを起こし、ダックスはクーデター軍を鎮圧する側に立って戦うでござる。ダックスは有能なジュゲムのパイロットでござった。必殺技を駆使して次々に敵機を倒すのでござるよ。だが、それがよくなかったのでござる。ポメは人質に取られてしまうのでござる。クーデター軍は凶悪な軍国主義国家に国を変えようとしていたでござる。国民達を人とも思わない軍国主義国家にさせない為に戦うのか、それとも妹の為に戦いをやめるのか。ここの所の葛藤シーンは子供ながらにぐっと来たでござった。最初は助けてと叫んでいたポメが自分が人質にされた理由に気付くと自分は死んでもいいから皆の為に戦ってと言うのでござるよ。くふう。すまぬ。思い出していたら涙が。ちょっと拭くでござるな。よし。話を続けるでござる。ダックスは葛藤の末に戦わない事に決めるのでござる。戦闘の最中に機体から降りて叫ぶでござるよ。自分はもう戦わない。すぐに妹を解放してくれと。そして、運命の時が来るでござる。一発の銃声が鳴ったのでござる。銃弾がポメの胸を貫いたでござるよ。なんと、ポメを撃ったのは十五歳という設定だった二人よりももっと幼い八歳の設定の少女だったでござる。その少女は両親をクーデター軍によって目の前で殺されていたでござる。八歳の少女ではどう頑張ってもクーデター軍を倒し両親の仇を討つ事などできない事でござるからな。周りにいる人達からいろいろな話を聞いているうちに両親の仇を討つにはダックスに戦ってもらうしかないと思い込んでしまったでござる。あれには参ったでござる。当時は少女が憎くて憎くてしょうがなかったでござるよ。だが、あの頃よりも大きくなった今はなんともいえない気持ちでござる。少女の気持ちも少しは分かるような気がするでござるよ。ポメの死を目の当たりにしたダックスはクーデター軍も鎮圧軍も関係なしに戦い、結局両軍を一人で倒してしまうのでござる。そしていよいよダックスの死ぬ時が来るでござる。両軍を倒したダックスは機体から降りて死んでしまったポメの傍に行くでござる。胸から血を流し倒れているポメを抱き起し悲しみに暮れ目を閉じたダックスを背後からクーデター軍の兵士の一人が撃つのでござる。ダックスはポメが撃たれた後の戦闘では誰一人としてどちらの軍の兵士も殺してはいなかったでござるよ。ただ気絶させていただけでござった。妹が死ぬ原因を作った輩を殺さなかったダックスの気持ちを察すると。うう。すまぬ。また、涙が。話ももう終りでござるし、拙僧は少し泣いて来るでござる」

 男子生徒は顔を俯けると両手で涙を拭きながら自分の機体の中に入って行った。

これ、子供向けのアニメの話なのか? だが、クーデターだの内戦だので人が死ぬという事は実際にある事だからな。子供の頃にこういう事があるという事を知っていた方がいいのだろうか? それにしても、錫の奴こんなアニメのどこが気に入ったのだ? 

「もう。何やってるんです? 来てくれないから来ちゃいましたよ」

 背後から声を掛けられ振り向くと猫服先輩がすぐ傍に立っていた。

「ああ。すいません。ちょっとあって」

「ちょっと何があったんです?」

「いや。大した事じゃないのですが」

「話して下さい。気になります」

「聞いてもつまらないと思いますよ」

 俺が話すまで引き下がらなそうだったので俺はそう前置きしてから掻い摘んでアニメの事やジュゲムの事や錫の姿の事を猫服先輩に話した。

「ふーん。颯太君は本当にそのアニメを見た事がないんですか?」

 猫服先輩がじーっと見つめて来た。

「ないと思います。まったく憶えていないですからね」

「妹さんが最初に私と颯太君の前に現れた時、黒づくめの人達に捕まってて助けてって言ってましたよね? あれって、そのアニメのワンシーンか何かの再現だったんじゃないんですか?」

 そういえば、そんな事もあったな。錫の奴、演技が本当にへただったな。

「これは絶対に何かありますよ。はっ。まさか、颯太君を自分の物にする為の作戦?」

 何かあるか。 まあ、猫服先輩が言うように何かしらの意図があったとしても錫の奴は馬鹿だからな。凄いくだらなそう。

「さっきはすなまかったでござる。拙僧が泣いた事は皆には内緒に、ご、ご、ござる!? これは、愛を求める殺戮天女、猫服先輩ではござらぬか!」

 愛を求める殺戮天女? 何それ? 凄まじくセンスの感じられないネーミングじゃないか。猫服先輩ってそんな名前で呼ばれているのか? 酷い。酷過ぎる。

「殺戮なんて。まだ二人しか殺してませんよ」

 え? それ、言っていいの?

「これからたくさん殺しまくればいいでござる。拙僧も今日は頑張るでござるよ。兄ちゃまと殺戮天女の愛を必ず成就させるでござるぞ」

 男子生徒が俺に向けて右手を伸ばすとサムズアップしてみせた。こいつ、猫服先輩の言葉を冗談だと思っているのだな。そりゃそうだよな。普通はそう思うよな。だが、変な事を言わないように後で猫服先輩を注意しておこう。余計な事は言わない方がいいに決まっているからな。

「そうでござった。兄ちゃまに言っておかなければならない事があったでござる」

 急に何かを思い出したように大きな声で言うと男子生徒が右手を下ろし至極真剣な表情になった。

「なんだ?」

 男子生徒の真剣な表情に引き込まれるようにして俺は言葉を発した。

「ダックスの必殺技についてでござる。恐らく、兄ちゃまとあのジュゲムなら使えるはずでござる。キックとかパンチを出す時にデッドリィパンチとかデッドリィキックと叫ぶでござるよ」

 うおおおーん? これはあれか? なぜか技を出す時にその技の名前を叫ぶという例のあれの事か? あれをやれという事なのか? 

「叫ぶとどうなるんです?」

 猫服先輩が興味津々な様子で聞いた。

「必殺技になるでござるよ。デッドリィパンチと叫びながらパンチを出せば、必殺パンチになり、デッドリィキックと叫びならキックを出せば必殺キックになるでござる」

 なんだそりゃ。それ絶対に弱いだろ。

「必殺パンチと必殺キックは強いんですか?」

 猫服先輩がっついているな。もしも強かったとしても俺は絶対に叫ばないけどな。

「最強でござるよ。アニメの中では必殺パンチ一発で一気に十機の敵機を倒していたでござる。必殺キックも同じような威力でござった」

「ちょっと待ってくれ。さすがにそんな技は使えないだろ。そんな事ができたらこっちの圧勝じゃないか」

 いくら錫が馬鹿でもそこまで再現はしないだろ。勝負をする意味がまったくなくなるじゃないか。いや、待てよ。錫が乗るジュゲムにも同じ機能があるとかなのか? 錫の事だからもっと酷いのかも知れない。自軍の方のジュゲムにはすべてこの機能があるとかか?

「颯太君。できるかできないかやってみましょう。颯太君が乗り込んで叫べば分かる事です」

 まずい。猫服先輩がやる気になっている。

「先輩。仮にできるとしても俺はやりません。そんな卑怯な手は使いたくありません」

 本当は頭が悪そうにしか見えないからやりたくないだけだけどな。

「颯太君。勝ちたくないんですか?」

 しゅらんっという音ともに猫服先輩がどこから出したのかいつの間にか手に持っていた日本刀を鞘から抜いた。

「先輩!?」 

 出た。あの日本刀。持って来ていたのかよっ。

「死ぬか叫ぶかです」

 ええ!? なんだこの展開。

「ご、ござる~。格好いいでござるよ。殺戮天女と日本刀。最高でござる~」

 男子生徒が興奮しながら叫び声を上げた。興奮する所じゃないだろ。斬られろ。お前が俺の代わりに殺されろ。

「颯太君。さあ。早くするんです」

 いやああー。もう刺されたりするのはいやああー。

「先輩。そこに愛はあるのですか? こんな事で殺して先輩の気持ちはそれでいいのですか?」

 愛しているからこそ殺すんですと言っていたはずじゃないですか。

「愛ゆえにです。必殺技を使わないなんて颯太君はこの戦いに負ける気なんですか? 勝った方が負けた方に要求を飲ませるっていう話だったの忘れたんですか?」

 そういえば、そんな話だったっけか。

「そんな腑抜けな颯太君は死んだ方がいいんです。きっと妹さんは颯太君の身柄を要求して来るんです。負けて取られるぐらいなら今死んで私と一つになって下さい」

猫服先輩が日本刀を正眼に構えるとじりじりと俺に近付いて来た。ぎゃぴいぃー。まさかこんな意味不明な展開で命の危機を迎えてしまうとは俺の人生にがっかりだよ。俺は猫服先輩から遠ざかるように数歩後ろにさがった。

「逃がしませんよ」

 やばい。背中にジュゲムが当たってこれ以上さがれない。うん? ジュゲム? そうだ。ジュゲムの装甲なら日本刀を防げるはずだ。俺は急いでジュゲムに乗り込んだ。

「叫ぶ気になったんですか?」

 誰が叫ぶものか恥ずかしい。

「先輩。危ないですからその刀をしまって下さい。必殺技なんてどうでもいいじゃないですか。正々堂々と戦って勝ちましょうよ」

「必殺技が出るかどうか試さないのになんで乗ったんですか?」

 全然俺の話を聞いていなーい。

「その中なら安全だと思ったんですか?」

 猫服先輩が目を細め、俺の乗るジュゲムをじいーっと見た。

「そういう事じゃなくてですね」

 思いっ切りそういう事なのだが、なんだか逃げた事を認めるみたいで正直には言い辛い。

「見てて下さい」

 猫服先輩が自分のすぐ横に立っている無人のジュゲムの方に体の正面を向けるといきなり日本刀を頭上高く振り上げてから跳び上がりつつ目にも止まらぬ速さで日本刀を振り下ろした。

「ごごごごござるー!!」

「嘘だろー」

 男子生徒と俺は絶叫した。俺達の目の前ではありえない事が起きていた。あろう事かジュゲムが真っ二つに切断されていたのだった。

「こんなもんです。分かりましたか?」

 どこに逃げても安全ではないという事が分かった俺と何かしらを理解したらしい男子生徒は何度も何度も何度もこくこくこくこくと頷いた。

「じゃあ叫んで下さいな」

 猫服先輩が日本刀の切っ先を俺と俺の乗るジュゲムに向けるとにこっと微笑んだ。

「デッドリィパンチ。デッドリィキック。デッドリィパンチアンドデッドリィキック。デッドリィ頭突き。デッドリィチョップ。デッドリィ金的。デッドリィおなら。デッドリィもう浮かばない。デッドリィがぶしっ。いっでえぇー」

 俺は息が切れ声が枯れデッドリィの次に言う言葉が思い付かなくりあげくに舌を噛んでしまいその痛みの所為で口が動かせなくなるまで何度も叫び声を上げた。

「ござる~。ござるでござるよ。拙僧は生まれて来てよかったと今心から思ってるでござる。実物のジュゲムが必殺技を放つ姿をこんなに近くで見られるなんて。拙僧は今すぐに死んでもいいでござる」 

 男子生徒が叫びながら制服を脱ぎ捨て褌一丁という格好になった。

「きゃー。何してるんですか。服を着て下さい」

 猫服先輩が両手で自分の顔を覆い隠した。その瞬間、俺は見てしまっていた。猫服先輩。指の隙間が大きく開き過ぎです。しっかりと男子生徒の褌姿を見ているのが丸分かりですっっっ。

「申し訳ないでござる。ついやってしまったでござる。これは我が家、拙僧家に伝わる褌歓喜の構えでござる」

 拙僧って名字だったの? 褌歓喜の構え? 拙僧家って凄い家だなおい。

「お兄様。これは一体どういう事ですか?」

 カオス状態に陥りおかしな時空を形成している俺達の輪の中に兼定がすっと自然に入って来た。

「兼定さん。すいません。こいつにはすぐ服を着させるから。斬っちゃったジュゲムは、えっと、どうしよう?」

 弁償か? 弁償なのか? これっていくらだよ。凄い高そう。

「そんな事ではありません。どうして自軍を全滅させたんですか?」

 はい? なんだって? 今、自軍を全滅させたとかって聞こえたような気が。兼定は何を言っているのだ? と思いながら俺はモニター越しに周囲を見回した。

「うががががががああああ」

 驚愕のあまりに意味不明な音が俺の喉の奥から溢れ出た。

「何が起こったんですか? 本当に全滅してるじゃないですか」

 猫服先輩が驚きの声を上げた。

「えっと、これって、ひょっとして?」

 俺は恐る恐る兼定に聞いた。思い当たる節は思い切りあった。さっきのデッドリィの連発だ。

「お兄様が必殺技を連発で出してしまったからです」

 やっぱり。なんて事だ。こんな事になるなんて。俺は猫服先輩の所為だと思い猫服先輩の方にジュゲムと俺の顔を向けた。

「まさか、妹さんの罠ですか?」

 ええ? この状況で錫の所為にするのですか? いや、違うぞ。これは純粋にそう思っているだけだ。自分に都合の悪い事は耳に入って来ないという特技がたまに発動する人だからな。さすがです猫服先輩。

「実は、拙僧は気付いていたでござった。必殺技が出る度に周囲にあったジュゲムと待機していた生徒達が吹っ飛んで行ってたでござる」

 制服を着終えた男子生徒が気まずそうな顔をしながら悲しみにたえないというような声を出した。そうだ。猫服先輩の所為だとかさすがですとか思っている場合じゃない。怪我人とかは出ていないよな?

「兼定さん。生徒達は? 皆、無事なのか?」

「それは大丈夫です。多少の擦り傷や打ち身などをした方はいますが大怪我などをした方はおりません。皆様は今救護所の方に行っています」

 ふー。とりあえずよかった。

「大怪我をした人がいなかったのは良かったんですが、颯太君。拙僧君の言っている意味が分からないんですが?」

 今度は聞こえていたのか。だが、まだこの状況が理解できていないだと!? 

「先輩。いいですか」

 俺はそこまで言って言葉を切った。なんと言おう。変に刺激するような事を言うと、猫服先輩がまた何をしでかすか分からない。

「殺戮天女の猫服先輩。これはさっきの必殺技の連発で起こってしまった事でござる。兄ちゃまが全部やったでござるよ」

 うおおーい。拙僧。俺の所為みたいな言い方をするな。

「颯太君。どういう事です? 妹さんの為にやったとかなんですか? 裏切りですか?」

 ええー? どうしてそうなるのですかっ。

「先輩。これは事故です。俺も先輩も拙僧も必殺技を出す時にこんな事になるとは思っていなかった。それだけの事なのです」

 冷静に冷静に。

「ああ。そういう事ですか。よかった。颯太君が裏切ってたら、どうしようかと思いました。けど、どうしましょう? このままでは負けてしまいそうです」

 それもあったな。錫側のジュゲムは百機以上はいるはずだ。これではどう考えても勝てない。

「これ、どうしたの?」

 上空から錫の声が降って来た。見上げると背中から前進翼を生やした一機のジュゲムが俺達の真上から降下して来ていた。このタイミングで登場か。うーん。どうしよう? 錫の奴の事だ。このまま勝負でしょ、なんて言いかねない。

「兄ちゃまが必殺技を出してこうなってしまったでござるよ」

 拙僧が俺の乗るジュゲムの目の前に着地した錫の乗るジュゲムに向かって言った。こいつ、また俺の所為みたいな言い方を。

「ありゃりゃ。それは大変だねえ。で、兄ちゃまどうだった? 必殺技」

 どうもこうもあるか。というか、なんだその他人事のような反応と人を小馬鹿にしたような質問は。お前がこの機体に必殺技なんて余計な機能を搭載させた張本人だろうに。

「知るか」

 俺は冷たく斬るように言い放った。

「兄ちゃま」

 錫が寂しそうな声を出した。

「お嬢様。どうしますか? お兄様達の軍のジュゲムはお兄様の一機しか残っていませんが」

 兼定が錫を庇うように口を挟んだ。

「そうだねえ。どうしよっかなー」

 いつもの声に戻った錫が言うと錫の乗るジュゲムが周囲を見回すように顔を動かした。

「どうしよっかなーじゃない。このままじゃ勝負にならないのは分かっているはずだ。機体を補充するなり、そっちの軍の機体をこっちによこすなりしてくれ」

 錫に借りを作るのは嫌だったが、このまま負けるのはあまりにも悲し過ぎると思い言葉を作った。

「えー。ただで?」

 ぐふう。錫の奴。人の足元を見やがって。

「どんな交換条件を出すつもりでござるか」

 拙僧が会話に入って来た。

「うーん。額は、今はあれだしー、兄ちゃまの身柄も今もらっちゃったら勝負する気にならなくなるしー。兄ちゃま以外に欲しい物なんてないしなー」 

 額だと? くっそう。なかった事にしようと思って一言も触れていなかったのにいぃー。

「お嬢様。時間がありません」

「ああ。そうね。でもなー。ん?」

 錫の乗るジュゲムの顔が俺の乗るジュゲムの方を向くと動きを止めた。

「兄ちゃま頑張ってね」

 錫が不意に柔らかく優しい声音でそんな事を言った。なんだこいついきなり? 今までも頭がおかしかったが更におかしくなったのか?

「走れ走れ」

「こうなったらこのままやるしない」

「うそー。あんなのと生身じゃ戦えないわよー」

「作戦はある。相手は二足歩行のロボットだからな」

「ロボットに乗ってるからって俺らを舐めるな」

「おー」

「やったるでー」

 大勢の生徒達の声が聞こえて来たので声のした方を見るとこちらの軍の生徒達が俺達のいる場所に向かって走って来ていた。

「皆。戻って来たでござるよ」

 皆、元気そうだな。とりあえずよかった。あっ。そうだった。どうしよう。やばい。謝らないとまずいよな。あっという間に傍に来た生徒達が俺達を取り囲むように輪を作った。

「俺達はまだ戦えるぜ」

「そうだそうだ」

「私達の冒険はこれからだー」

「二人とも大丈夫だからね。ちゃんと一緒に最後まで戦うからね」

「愛ね。愛ある限り私達は不滅だわ」

 こいつら。何を言っているのだ? どうしてこうなったのか知っているのだよな? ここは怒る所だろ。俺だったら絶対に協力なんてしないぞ。いきなり吹っ飛ばされて軽いとはいえ怪我までさせられているのに。

「必殺技があるって分かったらとりあえず使うわな」

「こんなの乗るの初めてだもんな」

「博士が目の前のボタンをついつい押しちゃうみたいな?」

「初めてじゃ何が起こるか分かんないからさ。仕方ないじゃん」

「実はあちしも隣の機体殴っちゃってたし」

「あー。うちもうちも。うちは蹴っちゃった」

「それなら僕だってやったわよ。だって何か言うとそのまま動いちゃうんだもん」

 なんだよ、こいつら。

「馬鹿だろお前ら」

 俺は小さな声で呟くように言った。

「なんだよ佐井田。何か言ったか? 聞こえないぞ」

「おう。もっと自信持って大きな声を出せ。一応お前と猫服先輩がリーダーみたいなもんだからな」

「そうよ。二人の愛の為に集まっているのよ」

 おい。なんだよこれ。同情かよ? 同情なんてされたくない。俺はお前らカスどもとは違う。俺は運がよくってなんでも手に入れられて。……。それは錫のお陰だったっけ。今の俺には何もなかったか。お前ら、あれだろ? 俺達を肴にして楽しみたいだけなのだろう? だったらここで馬鹿にしたり怒ったりしろよ。どうして一緒に戦おうとか言うのだ? それで、というか、それよりも、どうして俺は今嬉しいとか思って泣きそうになったりしているのだ? 

「俺はお前らの事カスって思っているのだぞ。協力なんてするな。気持ち悪いだろ。こういうなんていうか変な関係はやめろよ」

 俺は生徒達に向かって怒鳴っていた。

「嬉しくて泣きそうとか笑えるわね」

「頭の上に出てんぞー」

「立体映像っていうのか、これ?」

「考え丸分かりよ」

「え? 本人知らないの?」

「額と連動してるって?」

「もっと嫌な奴かと思ってたけど、かわいいとこあんじゃん。」

「俺、そういうの結構好きかも」

「僕なんて前から佐井田の事好きだったし」

「どさくさ紛れに告ってんぞこいつ」

「駄目よ。佐井田には猫服先輩がいるのよ」

 ちょっと待て。今おかしなワードがあったよな? 頭の上? 立体映像? 額と連動?

「錫。お前、何かしたのか?」

 本当はもうだいたい予測はできている。だが、だがだよ。確認しないと。こういう時ってそうしないと心が砕け散って訳が分からなくなるでしょう? そういう物でしょう?

「昨日、兄ちゃまが寝ている間に改造をちょっと。兄ちゃまの額とジュゲムが連動してるっていうか。簡単に言うとジュゲムの頭の上に兄ちゃまの心の内が文字になって浮かんで出てるみたいな?」

 やられた。完全にしてやられた。

「くっそう。外に出る」

 俺はJSに向かって叫んだ。

「了解。外殻部を開きます」

 JSが答え背中側の外殻が開き始める。

「出ても駄目だったりして。錫がねえ。オンオフのスイッチ持ってるの。さっきオンにしたから出たんだよ。ジュゲムから半径二キロ圏内は額から出てる電波を受信するから。そうすると表示されちゃうから」

 がっはっっ。血なんて出ていないが、口から大量の血を吐いた気分だこんちくしょー。

「錫。卑怯だぞ」

「しょうがないじゃん。兄ちゃま冷たいし。ねえ、兄ちゃま。皆、案外いい人達でしょ? 皆と仲良くしなきゃ駄目だよ」

 こいつは何を言い出しているのだ? いや。そんな事より今は頭の上の文字だ。

「外に出るのはやめだ。外殻を閉じろ」

「了解。外殻部を閉じます。完全に閉じるまでは移動はできません」

 早く閉じろ早く閉じろ。動けるようになったら錫を倒す。スイッチを奪う。

「いや~ん。倒されて奪われちゃうーん」

 錫がおかしな声を出した。

「おい。何やらいらしい事を佐井田がするらしいぞ」

「なんだと。見せろ見せろ」

「猫服先輩は? いいんですか?」

「そういえば猫服先輩静かよね?」

「お、おう。抜き身の日本刀持ってるけどな」

「先輩のあの姿。素敵だわ。格好良過ぎるわ」

「きゃー。先輩。斬ってー」

 やべっ。猫服先輩の事すっかり忘れていた。俺と錫の事を嫉妬していたりしないよね? 

「外殻部閉鎖完了。移動できます」

JSの声を聞いた俺は錫に攻撃を仕掛ける前に猫服先輩の様子を見ておこうと思うと猫服先輩の方へジュゲムの顔を向けた。

「先輩、何を見ているのです?」

 俺は猫服先輩があらぬ方向を見ていたので思わずそう声を掛けた。

「敵軍です。集団で動き出したんです」

 猫服先輩の言葉を聞いた生徒達と俺と錫達は皆揃って猫服先輩の見ている敵軍側の陣営に目を向けた。

「一機のジュゲムの所にたくさんのジュゲムが集まってるな」

「あれがリーダーじゃないの?」

「リーダーは錫ちゃんだろ?」

「こっちにいるわよね」

「執事の兼定様もこっちよ」

「じゃあ、誰?」

「あれじゃね? SSの祐二。ジュゲムの頭にSS隊長って書いてあるぜ」

「あー。あの馬鹿?」

 祐二だって? そういえば祐二の奴見ていないな。

「ねえ、兼定。あれに何かやれって言ったの?」

「いえ。何も言ってはいませんが、様子を見て来ます」

 兼定が俺達の元から離れて行こうとした時、敵軍の方から鬨の声が上がった。

「なんだ?」

「なんかやばそう」

「攻めて来たりして?」

「嘘だろ?」

「構わん。来たらやるだけだ」

「おう。徹底抗戦だ」

「そうね。ぎゃふんと言わせましょう」

 兼定が走り出した。

「錫。お前、こっちを攻撃させてそれを祐二の所為にしちゃおうなんて思っていないだろうな?」

「その手があったか~。失敗した。はっ。兄ちゃま酷いよ~。錫がそんな事するはずないじゃん」

 こいつ。まあ、今はいい。そんな事よりもあいつらだ。

「錫。皆を頼めるか? もしもあいつらが攻めて来たら俺が戦う」

 責任あるしな。この機体も強いし。相手は祐二だし。

「錫も行くよ。兄ちゃま一人じゃ負けちゃうよ」

 錫が慌てて声を上げた。

「負ける? 大丈夫だろ。この機体最強じゃないか。それに祐二だぞ」

 敵は数がいるからな。だが、それはそれだ。

「でも、でもね、えっと」

 錫が何やら言い淀んだ。俺はぴんと来たね。こいつは何かあるぞって。

「お前、何か隠しているだろ? 言え。そんな素振りして何もないなんて事絶対にないからな。特にお前の場合はな」

 錫の乗るジュゲムがくねくねと身をよじった。ロボットがやると凄いなこの動き。

「兄ちゃま酷い~。錫は何もしてないよ~」

「言い訳はいいから早く言え。あいつらがすぐにでも攻めて来るかも知れないのだぞ」

「大丈夫だよ。兼定が行ったじゃん」

「祐二は馬鹿なのだぞ。何があるか分からない。とにかく言え」

「もう~。兄ちゃまってわがままだよ。でも、そんなとこも好きだけどさ。惚れた弱みって奴? しょうがないな~。でね。錫の方の軍の機体はね。皆こっちの機体の三倍の強さにしてあんの。でも、ほら。兄ちゃまの機体強いじゃん? だから、ね?」

 こいつ。本当に。言葉を失うレベルだよ。

「兄ちゃま? どうして黙っちゃうかな? 兄ちゃま~」

 錫が困惑した様子で俺の機体の顔の前に自分の機体の手を持って来て振ったりした。

「あきれて物が言えないとはまさにこういう事を言うのだな。錫よ。いくらなんでも酷過ぎだ。百歩譲って俺はいいとしよう。この機体に乗っているからな。だが、他の皆はどうする? どう頑張っても勝てないだろ」

「そこはあれだよ。兄ちゃまが守る的な?」

 ん? 待てよ。ちょうどいい。この勝負、今日は中止だな。機体の強さを調整して再勝負か、あれだ。もしくはもうやらないという方向もありかもな。

「駄目だよ。やるの。そこの女から兄ちゃまとれないじゃん」

 はっ? 俺の考えが。あーっ。忘れていた。額額、じゃない。今は頭の上だったっけ?

「錫。頭の上に考えを出すスイッチをオフにしろ。今すぐにだ」

「えー。嫌だー」

「嫌だじゃない。錫。いい加減にしろ」

「だってー。オフにしたら意味ないもん」

 そうだ。猫服先輩の様子を見ておこうと思った為に、すっかり忘れていた。錫をちゃちゃっとやってしまおう。

「いや~ん。兄ちゃまにお・そ・わ・れ・る~☆」

 この馬鹿、なんて声を出すのだ。

「なあ。あの兼定って人、ジュゲムに乗り込んだぞ」

「本当ね。あっちのと一緒に動き出した」

「あの二機、こっちに来るぞ。皆、戦闘態勢をとるんだ」

「戦闘態勢って、どうすんだよ」

「とにかく一歩も引いちゃ駄目よ。人の鎖よ。手を繋ぐのよ」

 なんだと? 兼定、まさか裏切ったのか? いや。ないよな、ないよ。いくら祐二とそういう仲だからってあの兼定だぞ。だあー。もう。また額の事は後回しかよ。俺はジュゲムを動かして敵軍の方を見た。

「錫。お前、ついに兼定さんにまで愛想を尽かされたのじゃないか?」

 兼定の乗っているであろう機体はボディの部分に大きく白い文字で「兼定」と書かれていたのですぐに分かった。その機体とジュゲムの頭の額部分に「SS隊長」と大きく白い文字で書かれている祐二の乗っているであろう機体が二体並んでこっちに向かって歩いて来ていた。

「ヴぇ? 兼定にまで? なんでよ。錫はまだ誰にも愛想を尽かされてなんてないよ~。でも、兼定どうしちゃったんだろ。兄ちゃま、錫前に行って話する。一緒に来て」

 錫と一緒に行く云々はどうでもいいが、前に出ておくのは必要な事だろう。俺は周りにいる生徒達を一瞥してから皆に向かって通してくれと言った。

「俺達も闘うぜ」

「そうよ。一歩も退かないわ」

「不退転の決意でござる」

「二人だけでなんて戦わせないわ」

 生徒達はその場から一歩も動かなかった。

「私も行きますよ」

 猫服先輩が声を上げながら日本刀の切っ先を俺の方に突き付けるように向けて来た。うげげ。嫌な予感しかしない。 

「皆。気持ちはありがたいが、頼む。どいてくれ」 

 猫服先輩にはあえて触れないぞと思いつつ俺は再度皆に声を掛けた。

「あー。兄ちゃま錫の事無視してる~」

「あえて触れないぞ?」

 ちょっと。錫も猫服先輩も。今はそういう事言っている場合じゃないから。 

「痴話喧嘩キタコレ」

「いいなーずるいなー」

「うちもまぜろー」

「俺も俺も」

 生徒達が冷やかし始めた。皆、緊張感なさ過ぎだろ。

「錫も猫服先輩も皆も。あいつらが来るから。とりあえず俺を前に出して」

 俺が煩悶しながら言うと俺の声に応じるように祐二のやけに張りのある声が聞こえて来た。

「大丈夫だぞ颯太。いきなり攻撃したりはしない。それにジュゲムに乗らない生徒には手は出さないぜ」

 祐二と兼定の乗る二機は俺達から十五メートルくらいの距離の所まで来ていてそこで停止していた。

「兼定。何やってるの? まさか、裏切った?」

 錫がいつも兼定に話し掛ける時と変わらない調子で言った。

「すいませんお嬢様。この兼定。愛ゆえに今はお嬢様とは別行動をさせてもらいます」

 兼定も普段錫と話す時と同じような口調と声音で錫の言葉に応じた。

「それって裏切りじゃん。信じらんない。もうクビだからね。解雇だよ解雇」

「錫様。兼定さんは悪くないんだ。ただ俺に協力してくれてるだけだ。クビにするなら俺をクビにしてくれ」

「はあ? あんたなんかは元から雇ってないの。どうでもいいの」

「お嬢様。今は敵同士。これ以上の問答は無用です」

「兼定さん。すいません。俺の所為で」

「祐二。心配はいりません。そんな事よりも今はやらなくてはいけない事があるはずです」

「兼定さん」

「祐二」

俺はなんだかんだと思ったり言ったりしたりしていたが絶対にないと思っていた兼定が裏切ったという事実に結構な衝撃を受け、ただ呆然としながら三人の会話を聞いていた。

「もういいよ。全面戦争だよ。絶対に許さないから。兼定もそこのあれも。皆どいて」

 錫が生徒達の間を割るようにしてジュゲムを前に向かって動かした。

「錫ちゃん駄目よ」

「一人じゃ無理だ」

「くっそう。俺達も行くぞ」

「くうー。なぜ裏切った兼定さん」

「あれも愛ね。どっちも応援したいわ」

 生徒達も錫とともに前に向かって進み出した。

「颯太君。颯太君。ややや。頭の上の文字が消えてます。どうしたんです?」

「先輩? ああ。どうします、これから?」

 猫服先輩に声を掛けられて我に返った俺は思わずそんな言葉を口から漏らしていた。

「どうしますって、私だって分かりません。ああ。でも、山柄君達が何をするかが分かればどうすればいいか決められるかも知れません」

 猫服先輩の言う通りだ。祐二の奴は馬鹿だからともかく兼定は違う。一体何をする気なのだ?

「おい、錫。お前、何か分からないのか? 兼定さんは何をしようとしているのだ?」

 錫の乗るジュゲムとその周りを歩いていた生徒達が足を止めた。

「知らない。知りたくもない。そんな事どうでもいい。裏切られたの。だから戦争なの」

 錫のジュゲムが振り返った。

「錫ちゃん、そうよ。戦う前に何が目的なのか聞いた方がいいと思うわ」

「兼定さんは敵同士って言ってたんだから戦いが目的だろ? それだけじゃないのか?」

「おうん? どゆ事?」

「愛なの? これは愛なの?」

 生徒達も俺の方に振り返ると首を傾げたり困ったような声を出したりした。

「説明不足でした。この兼定と祐二はお嬢様派、猫服先輩派とは別の新たな派閥を作ったのです。この世界にあるのは男女間の恋愛だけではないのです。我々はこの学園の恋愛を自由にする為に立ち上がったのです」

 兼定の凛とした声が響き渡った。

「兄ちゃま。だって」

「なるほどなー」

「クーデター?」

「なんて事なの?」

「愛ね。愛だわ」

「愛ばっかりだな。どんだけ恋愛体質だよっ」

 ふ、ふーん。そうなんだ。まあ。いいと思うよ。だが、そうなると、あれだな。俺達が戦う必要ってもうなくないか?

「猫服先輩。帰りましょうか。この学園の恋愛が自由になるとかって俺達には関係ないと思いませんか?」

 俺の言葉を聞いた猫服先輩がえっとそれはと言って小首を傾げた。

「兄ちゃま。何言ってんの? 錫だけで戦わせるの?」

「佐井田。妹さんの為に戦え」

「そうよ。かわいそうじゃない」

「是非もなし」

「麗しき兄妹愛ね」

「相手は祐二だぞ。自分の身に危険が迫る可能性だってあるかも知れないんだぞ」

 錫と大多数の生徒の言葉はどうでもよかったが、最後の一人の言葉が俺の心にぐさりと突き刺さった。

「何それ凄く怖い。というか、祐二。お前は何がしたいのだ? 今だって恋愛なんて自由なはずだ」

 錫と生徒達が祐二達の方に向き直った。しばし間を空けてから祐二が言った。

「まだちょっとよく分かんない的な? チェキラ?」

 なんでちょっとラップ風なんだよ。それに、チェキラ? ってなんだよ。死ねよ。お前に聞いた俺が馬鹿だった。帰ろう。終了だ終了。

「ぐだぐだだわ」

「ぐだぐだね」

「ぐだぐだだ」

「ぐだぐだよ」

「酷過ぎる展開だ」

 生徒達がぶーぶーと文句を言い出した。

「お嬢様。すいませんがこちらへ。内密に話したい事があります」

 兼定が周りの喧騒を無視してすっと言葉を差し挟んで来た。

「ふんだ。裏切り者の話なんて聞きませんー」

「お嬢様。こちらに来るのが嫌なら秘匿通信の回線だけでも開いて下さい」

「いや。絶対にいや」

「お兄様の話です」

「え? 何々? どんな話?」

 錫。早いな。しかも滅茶苦茶食い付いているじゃないか。

「兼定さんに錫。俺の話ってなんだ?」

 俺は叫ぶようにして言った。あ。俺も滅茶苦茶食い付いてしまっているな。

「兄ちゃま。ごめん。錫、ちょっと行って来る」

 しばらくの沈黙の後、突然錫がそう言うとそそくさとジュゲムを動かして祐二達の方に行ってしまった。

「えー? 何この流れ?」

「どうするのよこれ?」

「やっぱりここはとりあえず戦うとかじゃない?」

「よく考えたら、うちら愛の為に戦うって言ってなかった? 恋愛の自由の為って言ってる相手と戦っていいの?」

 生徒達が顔を見合わせ困惑し始めた。祐二達の方に行った錫のジュゲムに兼定の乗るジュゲムが近付くと腕を伸ばした。

「お嬢様。すいません」

 兼定が言うと何をしたのか錫のジュゲムが急に力を失ったような動きを見せながらその場に片膝を突いた。

「兼定さん。俺が」

 祐二がやけに格好付けた声で言い自分の乗るジュゲムを動かして錫の乗るジュゲムの傍に行くと錫の乗るジュゲムを両腕で掴んで立ち上がらせた。

「お兄様。見えますか。お嬢様は預かりました。返して欲しければこの兼定を含めたすべての敵対する者を倒して下さい」

 え? はい? え? なんで? 

「どういう事だこれ?」

「謎の展開だわ」

「俺達は?」

「うん。私達はどうするの?」

「颯太君。妹さんを助けるんですか?」

 猫服先輩。日本刀の切っ先を俺に向けるのは本当にやめて下さい。お願いします。

「兼定さん。ちょっと意味が分からないのだが、俺が邪魔をすると思っているのか? そうだったら、錫を人質にしたって無駄だ。俺は邪魔なんてしない。好きにやってくれ」

「向けるだけじゃなく刺す気満々です」

 俺は自分の言葉のすぐ後に猫服先輩が言った言葉を聞き頭の上の文字の事をすっかり忘れていた事を思い出すと物凄いショックでぐごごごと唸りながら倒れそうになった。

「そういう事ではありません。お兄様。この兼定。お兄様の事が好きになってしまったのです。ですから、こうして戦いを挑む事にしたのです。この兼定に負けたらこの兼定と付き合って下さい」

「きゃー」

「うっそーん」

「どろどろよ」

「底なし沼だわ」

「題して恋愛底なし沼地獄」

「颯太君。どういう事ですか? 浮気なんですか?」

 なんだこれは? なんなのだこれは? この世界は一体どうなっているのだ? 頭のおかしい奴しかいなのか? 

「颯太。俺は兼定さんをお前に譲るぜ。これも愛って奴だ」

 祐二がやけに悲壮なそれでいてやけに爽やかな感じで告げた。

「兄ちゃま。いやさ。ダックス。妹ポメを助けるのでござる。拙僧は熱くなって来たでござるよ~。このシチュエーションバッチグーでござる。やるしかないでござるよ。敵をすべて打倒すでござる!!!」

 拙僧が俺の乗るジュゲムの前に飛び出して来ると着ていた制服を脱ぎ捨て褌一丁という格好になった。

「うおー」

「あ、あれは」

「出たのね。あれが」

「初めて見た。あれが拙僧家に代々伝わる褌歓喜の構えなのか!?」

「すげー」

 皆知っているのかよ。しかも、見て喜んでいるって。どいう事だよ、もう。

「兄ちゃま~。助けて~。怖いよ~」

 今まで沈黙していた錫が叫び出した。

「浮気して妹さんの事も助けるんですか?」

 猫服先輩。ぶれませんね。さすがです。俺はもうなんだかとっても気が遠くなって来ていますよ。

「敵軍のジュゲムが動き出したぞ」

「皆こっちに来る」

「やる気なの?」

「俺達はどうするんだ?」

「行くでござるよ。ダックス!!!」

「あの数、迫力あるわね」

 生徒達の声につられて敵軍の陣営の方を見るとすべてのジュゲムがこちらに向かって走って来ている姿が見えた。あいつら、止まるよな? あんな勢いでここまで来たら俺の傍にいる生徒達を巻き込むぞ。

「お嬢様でやる気が出ないなら、そこにいる皆様にも人質になってもらいましょうか。我が軍の皆様にはそのままお兄様の乗るジュゲムを攻撃してもらう事にしましょう」

 兼定の奴。俺の頭の上を見たな。

「錫。俺の頭の上の文字を消せ。今の兼定さんの言葉を聞いただろ? このままじゃ何をするにしても考えを読まれる。これじゃ戦ったとしても勝てない」

 半分は本気。半分は嘘だ。こう言えばいくら錫だって頭の上の文字を消すだろう。

「むきー。兄ちゃま。見えてるんだけど? 消さない。絶対に消さない。兄ちゃまが負ける事になっても絶対に消さないからね」

 あっちゃー。やってしまった。

「颯太君。私の事さっきから無視してませんか?」

 猫服先輩。今は忙しい、おっと、これ以上は何かを思ってはいけない。ああーもう。

「先輩。俺はとりあえずあいつらと戦って来ます。すいませんが、ここにいる皆を連れてどこかへ逃げて下さい」

「え? どうして私に頼むんですか?」

「先輩ならジュゲムを倒せると思うからです。さっきやったみたいにジュゲムを斬って下さい。あ。中の人は駄目ですよ。頭だけを落とすとかそういう感じで。頭と手足の部分なら中身は入っていませんから」

「嫌です。もしも中身を斬っちゃたら愛してる事になるじゃないですか」

 そういうのは今はいいですから。さっき、俺を人質にした時とか、思いっ切り他の人を斬ろうとしていたじゃないですか。

「あれはお芝居です。絶対に斬らない自信があったんです」

「先輩。こんがらがるから頭の上は見ないで下さい。ちゃんと俺の言葉だけに答えて下さい」

「そう言われても、目が行っちゃうんです。だって、結構綺麗なんですよ。きらきら光ってて」

 そこですか? 俺の考えが知りたいとかじゃないんですか?

「知りたいですよ。それもちゃんとありましたよ」

 ありましたよって。

「もう、一番がいいんですか?」

 そういう事じゃなくって。いや、待て。この話の流れは危険な気がする。

「この話の流れは危険な気がするってどういう事です?」

「こんな事している場合じゃないのです。しょうがない。俺はもう行きます。皆。悪いが、猫服先輩を連れて逃げてくれ」 

 俺は猫服先輩との会話を打ち切ると、皆に猫服先輩の事を頼んだ方が早いと思い生徒達全員の姿を見るようにジュゲムの顔を動かしながら言った。

「猫服先輩。大丈夫ですよ。愛する人の為に他人を傷付けるのはノーカンです」

「そうですよ。だって、愛する人の為に傷付けるんだから愛する人の為だもん」

「痴話喧嘩に参加するけど、ごめん。俺もそう思うぜ。斬っちゃえ斬っちゃえ」

「猫服先輩。それも一つの愛の表現の形よ」

 今まで黙って俺と猫服先輩の事を見守っていた生徒達が一斉に声を上げた。皆、やるな。そういう言い方をすれば猫服先輩がその気になるかも、おっといけない。余計な事は思うまい。

「ノーカンな物なのですか?」

 猫服先輩が俺に答えを求めるように俺の方を向くとじっと見つめて来た。うわっと。さっき考えた事は見られていなかったみたいだな。んん? ちょっと待てよ。よくよく考えてみれば、これって、そうですよ、なんて言ったら大変な事になるのじゃないか?

「うん? さっき何を考えていたんです?」

「ああ、それは、あれですよ。えっと。俺も皆と同じような事を考えていたのです」

「そうですか。それならいいです。颯太君がそうですよって言ったら私ははりきりますから大変な事になると思います。私、颯太君の為に本気になって戦いますから。あ。あれれ? 今、なんだか、ぐっと来ちゃいましたよ? 颯太君の為に戦う。ああ。なんでしょう? メラメラ来ますねこれ。やりましょう。皆。いい事を教えてくれてありがとうございます。皆は勝手に逃げて下さい。私は颯太君の為に戦います」

 猫服先輩が皆の方に顔を向けると生徒達が歓声を上げた。

「俺達はちゃんと逃げるから大丈夫だぜいっ」

「初めての共同作業ね」

「かっけえな」

「でも、猫服先輩。ジュゲムがないわ」

「そうよ。生身では危険だわ」

 そうですよ。猫服先輩は逃げた方がいい。ジュゲムを斬って下さいなんて、俺はなんて余計な事を思い付いてしまったのだ。このままでは敵軍に死人が出てしまうじゃないか。

「そっちですか? 私の心配はしないんですか?」

 しまった。いや、もう、本当にこれ不便過ぎだろ。

「心配ですよ。だから逃げて下さい」

「嫌です。愛の為ですから」

 これ駄目なパターンだ。こうなると聞かないからな猫服先輩。

「分かりました。じゃあ、後からついて来て下さい」

「はい。これ駄目なパターンだで、こうなると聞かない猫服先輩ですから」

「すいません。見ないでいいですから。というか見ないで下さい。お願いします」

 くっそう。こうなったら俺が先に行って全部倒してやる。この必殺技機能付きジュゲムなら猫服先輩が参戦する前になんとかなるかも知れないからな。俺は猛烈な勢いでジュゲムを走らせ始めた。

「そうは行きませんよ。私だってやる時はやるんです。着ぐるみー」

 背後から猫服先輩のそんな言葉が聞こえて来ていたが俺は振り向く事なく走り続け迫り来るジュゲムの群れの中に飛び込んだ。

「うおおおおお。最後の着ぐるみーってなんだー。デッドリィパンチ。デッドリィキック。デッドリィパンチ。デッドリィパンチ」

 俺は全身を必殺技を出す為の兵器と化し雲霞の如く襲い来る敵と戦って戦って戦いまくった。

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