ラブリーラブリー

@itatata

第1話

 どいつもこいつもどうでもいいクズばかり。放課後になった直後の解放感に満たされた

教室内を見回していつもの日課のようにそんな事を思ってから俺は大きな欠伸を一つした。

「おい、佐井田。佐井田。今日はこれからどうすんだ?」

 一人の男子生徒が俺の名を呼びながら机の前まで来た。

「今日も颯太のおごりで駅前でダラダラじゃねえ?」

 別の男子生徒が寄って来た。こいつは小学校高学年時代からの知り合いの山柄祐二だ。なんとなく一緒にいる事が多いが、ただそれだけの奴でどうでもいいクズの一人だ。

「祐二。たまにはお前がおごれよ。高校になってから遊ぶ度に俺がおごっているだろ」

 俺は机の前に陣取っている同じクラスになって半年以上経っているのに未だに名前と顔が一致しないクズを視界に入れないようにしながら祐二のわりと女子受けの良い顔を下から覗き込むようにして見た。

「はあー? 金運、女運、その他諸々、運だけで今まで楽々人生を生きて来た颯太がいきなり何言ってんだ。俺達みたいな普通の人生を生きてる高校生はな、お前みたいに金がねえの。お前が運に見放されて落ちぶれて、とことん落ちて路上で物乞いとかするようになったら多少の援助くらい考えてやらんでもないが、今は絶対に無理、というか嫌だ」

 祐二が白い歯を見せて至極楽しそうに笑い声を上げた。

「おごりじゃないなら俺、パスだわ。また今度な」

 名前と顔が一致しないクズがいかにもクズっぽい言葉を口にすると、机の前から離れて行った。

「ほら。颯太がおごらないみたいな事言うからあいつ行っちゃったぞ。お前みたいな性格の悪い奴は金でも使わないと友達できないんだからさ。空気読めよ」

 祐二が床を蹴るようにして跳び上がると俺の机の上に座った。

「あれが友達か? あんなのが友達だったら俺はこのクラスの男子全員と友達って事になる」

「そうだな。ほとんどの奴にもうおごったもんな。そんでもってお前の性格の悪さを知ってほとんどの奴が離れて行ったけどな」

 祐二がわざとらしく顔を動かして教室中を舐め回すように見た。教室内にはもう数人の生徒しか残っておらず閑散としている空間を俺もなんとなく見回した。

「なあ、颯太。賭けしねえ?」

 動かしていた顔を止め教室の前の方にある出入り口を見つめながら唐突に祐二が言った。

「賭け?」

 俺はいきなり何を言っているのだこいつはと思いながら祐二の横顔を見た。祐二が小さく頷いてから顔を俺の方に向けた。

「お前、ついこの間、女と別れたばっかだったろ。新しいの作れよ」

「それのどこが賭けなのだ?」

 意味不明な事を言いやがってやっぱりこいつはクズだな。

「猫服先輩知ってるだろ?」 

 猫服先輩って誰だったっけ? としばしの間考えているといつも茶トラ柄の猫の着ぐるみを着て学園に通っている女の先輩の事が頭の中に浮かんで来た。

「ああ。何度か見た事あるな。あの頭がいっちゃっている奴だろ」

 祐二が顔をクイっと早く動かすとまた教室の前の方にある出入り口を見た。

「今、そこ通ったんだけど、今日もやっぱり着ぐるみ着てたぞ。あの人とお前が付き合えたら賭けはお前の勝ちって事でどう?」

 くだらん。俺は盛大に溜息をついてから口を開いた。

「キスをしている写真で良いのか?」

 賭けに勝ったらこいつに何かおごらせてやる。俺は既に賭けに勝った時の事を想像して悦に入った。

「それは駄目だ。あの着ぐるみ、顔の所は外に出てるし、お前、無理矢理しそうだからな。着ぐるみを脱がせたらお前の勝ち。脱がせなかったら俺の勝ち。これで行こう」

 制服で通わなくてはならない学園にあえて着ぐるみを着て通っているという筋金入りの変わり者だ。そう簡単に脱がせるとは思えない。思えないが、家では必ず脱いでいるだろうし付き合う事ができれば簡単に行ける気はする。

「俺が勝ったらなんかおごれよ」

 祐二がぱあーんと派手な音を鳴らして手を打った。

「じゃ賭け成立な。期限はとりあえずなしにしといてやる。俺が勝ったら俺と遊ぶ時は常にお前がおごるって事で、な」

 本気で勝てると思っているのかこいつ? 俺は祐二の顔を目を細めて見つめた。

「祐二。勝てると思っているのか?」 

 祐二が机から下りると顔を俯け片手で両目をこすり泣いているような仕草をした。

「いや。全然思ってない。むしろ負けると思ってる。けど、それでも良いんだ。この学園の七不思議とさえ言われてる猫服先輩の着ぐるみの下が見えれば俺は負けても良い」

「どういう事だよ。あの先輩の事好きとかってそういう事なのか?」

 祐二が顔を上げると心底不思議な事を言われたというような顔をした。

「あんな頭のおかしそうな奴を好きになる奴なんているの?」

「じゃあなんで見たいのだ?」

 祐二が自分の顎に手を当て、何かを考えるような真剣な表情をしてから言った。

「そこに山があるから、かな?」

 何を言い出すのだこいつは? 死んでくれ頼むから。だが、まあいい。こいつとこうやって遊んでいるよりは、いっちゃっているとはいえ女子を追い掛けている方がましだ。

「今まで狙った女子すべてと付き合って来た俺の実力を見せてやる」

 俺が宣言するように言うと祐二が右手を前に出しサムズアップした。

「期待してるぜ相棒。付き合っても二、三ヶ月で別れちゃうけど付き合う事だけに関しては完璧だもんな。今回の相手は最大の敵になるかも知れないが、健闘を祈る」

 祐二がビシッと敬礼する。

「うむ。では早速行って来る。吉報を待て」

 俺は席を立つと鞄を手に取った。

「死ぬなよー颯太」

「死ぬかクズー。つーかお前が死んでおけー」

 俺は叫ぶように言いながら教室から出ると猫服先輩の姿を探し始めた。

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