第34話 伯爵令嬢クレナについて
<<ガトー王子視点>>
気が付くと、そこは中世ヨーロッパのような世界が広がっていた。
剣と魔法のファンタジー王国。
僕はその国の第二王子として転生していた。
最初は本当に驚いたよ。
漫画やラノベのような異世界転生が、本当に自分に起こるなんて思わなかったから。
前世での自分のことは、それなりに覚えている。
おとなしい性格だった僕は、学校でいじめを受けていた。
それも何故かクラスの女子の集団に。
身に覚えはなかったし、最初はそれでも無理して通ってたんだけど。
ある日、職員室に呼び出された。担任教師の横には、いじめの主犯格だった女の子がいる。
助けてくれるんだ、そう思った瞬間。
かけられた言葉は予想外のものだった。
「きみが、彼女をいじめているらしいな。クラスのみんなが勇気を出して証言してくれたぞ」
職員室の他の先生方も、非難する目で僕をみている。
僕がイジメを? クラスのみんなが証言?
なんで……そんなことになってるんだ。
放心状態で職員室を飛び出した僕は、自宅に戻るとそのまま引きこもってしまった。
……もう、誰も信じられなかったから。
それから、ゲームやネットで小説を読んで過ごしていた。
ゲームはもともと大好きだったから、ありとあらゆるジャンルのゲームをプレイした。
小説は、転生ファンタジーを中心に読んでいたと思う。
どちらも、自分以外の誰かになれる気がしたから。
このままじゃいけない。
ある日、そう決意した僕は、数か月ぶりの外出を決意した。
久しぶりの外の空気は新鮮だったけど、周りの視線、とくに女性の視線がすごく怖くて。
耐えられなくなった僕は、その場にしゃがみ込む。
とにかく一度家に戻ろう。
そう思った次の瞬間。
暴走した車が目の前に飛び込んできた。
――前世の記憶はここで途切れている。
転生した後、しばらくは新しい人生に戸惑ったりもしたけれど。
僕は、この不思議な異世界転生に感謝していた。
王子様に転生なんて最高じゃないか!
この世界でこそ、自由に生きていこう。
そう思っていたのは、腹違いの兄である第一王子に会うまでだった。
シュトレ・グランドール王子。
金髪に青い瞳、いかにも王子様の見本みたいな容姿。
彼を見た瞬間に気づいた。
頭に、自分が遊んだことのあるゲームが浮かぶ。
……乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』。
なるほど。すぐにわかったよ。
僕は、ゲームのキャラとして生まれ変わったんだって。
確かこのゲームは、「星乙女とともに世界を救う話」だったはずだ。
幸い、僕はヒロインと結ばれる攻略対象キャラだ。
それじゃあ。
……僕がヒーローになって、ヒロインと世界を救おうじゃないか。
***********
なぁんて思ってたんだけどね。
クリスタルから、可愛らしい女の子の声が聞こえる。
彼女の名前は、クレナ。
ハルセルト伯爵家の令嬢だ。
薄桃色のふわっとしたな髪。大きな赤紫の瞳。
可愛らしい笑顔を思い出す。
きっと今も、クリスタルの前で楽しそうに笑っているんだろうな。
今日の出来事を楽しそうに話す彼女。
まるで妖精のような姿の彼女は、ただ可愛いだけじゃなくて。
いきなり巨大なドラゴンを呼び出したり。
強力なモンスター、オーガを倒したり。
巨大な宗教団体を壊したり。
なんだよそれ。
まるで、異世界物の主人公みたいじゃないか。
すごくワクワクする。彼女の行動から、目が離せない。
「……ねぇ、ガトーくん。ちゃんと聞いてる?」
「あはは、ちゃんときいてるよ、クレナちゃん」
それにね。
彼女の声は、僕にとって魔法なんだ。
いじめられていた頃の自分が癒されていく気がする。
自然体の自分になっていく。
なんだろう、この胸の奥にある温かい気持ちは。
そうだ。僕は……。
クラスの友達とも……あのいじめてきた女の子とも……。
こんな風に、楽しく話をしたかったんだ……。
「せっかく生まれ変わった世界なのに。こんなに素敵な世界が滅びちゃうのはイヤだな……」
ああ、そうだね。君が望むのであれば。
僕はやっぱり、世界を救おう。
<<ある王城の騎士視点>>
王城の訓練場に三人の子供の姿が見える。
茶色髪の男の子と、紫髪の女の子。
この二人はよく知っている。
ガトー王子と、ジェラ王女だ。
もう一人は、薄桃色のふわふわした髪の女の子。
「おーおー、あれが、シュトレ王子の婚約者か」
隣にいた同僚達が話しかけてきた。
俺たちは、よく休憩中に訓練場を使用するんだが、まぁ、先客がいたなら仕方ない。
子供たちが何をするのか興味もあったので、そのまま見守ることにした。
三人でなにか話をしているみたいだ。
平和で、なんだかほほえましい風景だな。
そのうち、ジェラ王女が的に向かって構えた。
「アイスランス!」
大きな氷の魔法が飛び出し、的にぶつかった。
「おお」
周囲から歓声があがる。
次に魔法を繰り出したのは、ガトー王子。
無数の剣が、的に突き刺さる。
これはすごいな。
あの二人の魔法は、きっと王国の力になる。
最後は、婚約者の令嬢の番らしい。
片手を前に付きだし、的に構えるポーズをしている、
遠目から見ていても、仕草がとても可愛らしい。妖精のような子だ。
「ファイヤーボール!」
彼女の上にドラゴンが小さなドラゴンが現れた。
なるほど、呪文とはちがったようだが。彼女は召喚の魔法を使ったのか?
そうおもって眺めていたら。
ドラゴンはどんどん大きくなっていく。なんだこれは?
やがてそれは、城壁よりも大きな姿になった。
「なんだ、あれは……」
「あのドラゴン……お嬢ちゃんが呼び出したのか……」
騎士たちの間に動揺がはしる。
オレもそうだった。こんな魔法は見たことがない。
巨大な竜は上空高く飛び上がると、そのまま訓練場の的にめがけて炎のブレスを吐く。
大きな音とともに、的のあった側の城壁がふきとんだ。
今の竜を操ったのか? あの少女が。
あらためて、魔法を放った少女のいる訓練場に目を移す。
彼女の髪やドレスが風で舞い上がり、周囲がキラキラと光っている。。
上空の結界が破れて魔法の破片が降り注いでいるのだろう。
それは本当に……幻想的な姿だった。
「まるで本物の妖精だ」
思わずつぶやく。
物語や絵画に描かれている、妖精そのものだったから。
ふと横を見ると同僚の騎士達も、呆然と訓練場の少女見ていた。
「竜使い……」
誰かのつぶやき声が聞こえた。
あの日から、訓練場での出来事はたびたび騎士団で話題になる。
信じない奴も中にはいたが、俺は、いや、俺たちは確かにあの風景を見てしまったからな。
強大な赤竜を操った、小さな妖精。
王国を守る騎士団としては、本当に心強い存在だ。
同じ戦場であの少女と並んで戦ってみたい。
いつの日か、そんなことを思うようになっていた。
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