第7話 別れ
王が立ち上がると足元に黒い渦が巻き起こった。
その渦の中は真っ黒だ。底も見えないブラックホールの様な穴の中からさざ波の様にざわざわと呻き声が聞こえて来る。
『苦しい、苦しい助けてくれ』皆、そう言っている。
「ふはははははは、見たか?これが私の力だ!皆、この中に突き落としてやる。全てが贄だ。さあ、邪神よ、我にもっと力を寄越せ」
これが、王の最後の一手なのだろう。そして自分の勝ちを疑っていない。
「巫女姫、おそらく、今までの犠牲者は皆この異空間に落とされ命を奪われて魂を封じられています。これこそが、国の結界の力になっているのでしょう。浄化と破壊をお願いします。貴女にしか出来ません」
ムーランが穴を指差して、眉をひそめてそう言った。
その黒い穴からは物凄い死臭と怨念のようなエネルギ―が湧き出ていた。
なんて歪で禍々しい力だろうか、死んでも苦しめられているこの死者たちを救わなくてはならない。
私の身体から、オーラの様な光が出始めた。
人喰い蔓だけでなく、この世界の緑の浄化の力を喚ぶのだ。
「皆、力をかして」
祈りを刀に込め、両手で握り、渾身の力で地面に突き刺した。
私がここに喚ばれた事に意味があるのなら、きっと出来るはずだ。
バリバリと金色の雷(雷)が王に向けて落ちる。
私は、魂の解放を願った。
あらゆる場所から緑の浄化の力がやって来て、このブラックホールへと引き込まれて行く。
いや、引き込まれるのではなく、其処へ向かって入り込んで行く。
最初は余裕の笑みを張り付けてシワシワの顔で笑っていた王は、だんだん苦し気な表情になりはじめる。
光が強まり、真っ暗な穴の中にどんどん吸い込まれたかとおもうと、遂には中から光の粒が溢れて来た。
一斉に幾万という手が外に向かい伸びて来てそれを光が包み込み、開放した。
透明な魂が皆、喜びの声をあげて飛び立って行く・・・。
―――――――― 城が崩壊する
王が喉を掴んで苦しみ始めた。
光が竜の形になり、王の身体を取り巻くと引き絞る。
「ギュアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――」
一度誇張し、それから弾けた。
真っ黒な邪神の欠片が光に吸い込まれて消えて行く。
そのまま光の竜はくるくると回転して天上へと昇って行く。
見ると、ロドリゴが片方しか残っていない腕を天に伸ばし笑っていた。
私を見て、笑った。
声は聞こえないけど、『あ り が と な』と口が動いた気がした。
笑顔のまま、光の中で崩れるように身体が消えていき、ただ、ただ、見つめる事しか出来なかった。
ずっとロドリゴは、この時を待っていたのだろう。
彼が伸ばした手の先に、優しい白い手が見えたような気がした。
「城が崩れます、外に出ましょう」
アスランテに足を掬われ横抱きにされた。崩れる城の石壁を足場に身軽に飛び上がって行く。
ムーランも同じように上がって来た。
そして外に出て、そこに見える高い建物に飛び上がった。。
集まっていた異種族の戦士や、騎士達は城が消えていくのを黙って見つめている。
城の土台を崩し人喰い蔓はそれらを地中に引き込んでいく。
辺りは砂煙に覆われ、落ち着くまでに時間がかかった。
砂煙が収まった頃には、城があった場所は何もない更地になっている。
ぽっかりとあいた空間だ。
「終わったね」
私と、アスランテと、ムーランは少し離れた場所にある、時計塔のある建物の、屋根の上に腰かけてそれを見ていた。街でいちばん高い建物だ。
「はい、お疲れ様でした」
ムーランの白い衣裳がボロボロになっていた。それを手で触ってみる。
「ムーランはいつもこんな長い衣裳を着ていて邪魔じゃないの?」
「邪魔でした。戦いが終わったので、もっと楽な服にしようと思ってます」
「ふふ、そうだったんだ。アスランテもボロボロだね」
「はい、ココには御目汚しになってしまって申し訳ありません」
「そんな事無いよ、二人共すごく恰好よかった。助けてくれてりがとう」
「それは、私達ベリン国の民から、あなたへ言わなければならない言葉です。本当にありがとうございました」
また、ムーランが生真面目にそんな事をいう。
「ココ、ありがとうございました。出来れば貴女を元の国へ戻してあげたいのですが、私にはその力が残っていません。本当に申し訳ないと思って居ます」
屋根の上で私の右横に座るアスランテがそういう。
「ん、いいよ。だって前も帰してもらったし。向こうでしたい事は全部してきたから。こっちに骨をうずめる覚悟は出来てるんだよ。ありがとね」
すると、急に抱き寄せられてぎゅっとされた。
大好きな純白の髪に、アイスブルーの瞳。
「・・・貴女にお会い出来て本当に良かったです。とても愛しています。これから先も貴女に祝福を・・・」
そういうアスランテの姿が薄く見える事に、私は気が付いて目を擦った。
ほんの一瞬、ふれるか、ふれないかの彼の唇が、私の唇を啄むようにしたあと、
白銀を散らすように、私の目の前から彼の姿が四方に飛び散り消えた。
「・・・えっ?」
辺りには、白い雪が降り始めた・・・
「――――――――仕方のない事だったのです」
ムーランの言葉はわたしには理解出来なかった。
その日、季節外れの雪の後、今度は大雨になったのだ。
私は涙が枯れる程泣いた。
泣いて、泣いて、天が抜ける程の雨が降ったので、
ついにムーランに怒られた。
「貴女、いいかげんにしなさい、もう四日目です。せっかく救ったベリン国で、今度は洪水を起こすつもりですか!」
「だって・・・」
アスランテが私を日本に帰してくれた時に、彼の魔力(いのち)は殆ど底をついた。
一人で私を異世界に送り返すという大技は、彼の一族でも魔力の多い聖騎士の彼にしか出来ない事だった様だ。
「アスランテの望みは貴女の願いを叶える事でしたから、あれはそれでも満足だったのでしょう」
しかたなさそうに、私の背中をムーランは撫でてくれたが、足りない。そんなんでは足りない。
「嘘つき、一緒にいてくれるっていったのに・・・」
私はどうしても諦めきれなかった。
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