確認

 私達はお互いの顔を見つめしばし固まった。


「えっと、クロダブチョウやサイトウって誰のことですか?」


 フィンが恐る恐る私達に問いかける。

 するとその声にハッとした私達は、一斉にフィンの方を向いた。


「っ! ど、どうしたのですか?」


 同時に見られたことで、フィンはビクッと体を強ばらせる。

 そのフィンの様子にフレデリックは小さく息を吐き、周りをちらりと確認した。


「フィン、俺とテレジアはこのまま用事で抜ける。後のことは任せていいか?」

「え? あ、はい。ボクにできる範囲であれば」

「とりあえず、俺もテレジアも今日までの仕事はないから安心しろ。無理なら残しておいていい」

「わかりました」

「テレジア、行くぞ」

「え、ええ」


 私はフレデリックに手を引かれ、そのまま部屋から連れ出される。

 もちろん私の後ろからは、ビビが追いかけてきていた。


  ◆◆◆◆◆


 フレデリックの私室に入ると、フレデリックは侍女を全員下がらせた。

 そして私をソファに座らせると、向かいのソファにフレデリックも座る。

 ビビは私の足元で丸くなって休みだした。


「さてテレジア……お前に確認したいことがある」

「私もよ」

「なら単刀直入に聞く。お前は斉藤夏実か?」

「ええそうよ。殿下は、黒田部長……黒田修介?」

「ああそうだ」

「そう……」


 私達は確認し合うと、お互い苦笑いを浮かべた。


「まさかお互い同じ世界に、それも前世の記憶を持って転生しているとはな」

「本当にね。なんの因果なんだか。それにしても黒田部長が王子って……ぷぷ」


 笑いが込み上げてきて口を押さえる。

 そんな私をフレデリックがジロリと睨んできた。


「それを言うならお前もだろう。よく今まで貴族令嬢なんてやってこれたな。どう考えても前世のお前とは正反対だろう」

「それに関しては……相当頑張ったもの」


 私は遠い目をして顔を引きつらせる。


(あれは本当に大変だったな~。前世では経験したことのない貴族生活。毎日毎日マナー、教養、ダンス、政治や歴史の勉強等貴族として必要なことを繰り返し教え込まれたんだよね。さらにリカルド殿下と婚約してからは、妃教育まで加わって……正直何度逃げ出したいと思ったことか。でも大好きな『輝恋』の設定を壊したくなくて、必死に耐えたよ)


 幼い頃からの苦労を思い出し、目頭が熱くなる。


「しかし……お前がこの国に来たってことは、前の国でちゃんと悪役令嬢をやりきってきたんだな」

「……え?」


 私は戸惑いながらフレデリックの顔を見る。


「なんで私が悪役令嬢をしてきたって知っているの? 私、一度も話したことないわよ? というか、ここがゲームの世界だって知っていたの!?」

「……まあな」


 フレデリックは複雑そうな顔で視線を逸らす。

 そんなフレデリックを不思議そうに見ながら、私は今までのことを思い出してみた。


「そういえば、初めて会った時からまるで全てを知っているかのような言動を取っていたわよね? 確かに私、前世で『輝恋』のことを黒田部長……殿下? どちらで呼べばいいかしら?」

「フレデリックでいい。俺はもうフレデリックとして生きているからな」

「だったら私もテレジアでいいわ」

「わかった」

「話を戻すわよ。フレデリックには前世で散々『輝恋』のことを語った記憶はあるけれど……おそらく続編だと思われる今の状況も知っているのはどうして?」

「…………続編もやったからな」

「…………え!?」


 思わぬ言葉に、驚きの声を上げる。


「フレデリックが乙女ゲームを!?」

「……悪いか」

「いえ、悪いわけでは……まあ確かに男性でも乙女ゲームをやっている人はいたわよ? でも、黒田部長と乙女ゲーム……全然合わないのだけれど。だって散々私が乙女ゲームをやっていたことを馬鹿にしていたじゃない。一体どういう心境の変化なの?」

「……別にいいだろう。それよりも俺は、カルーラ王国でお前がどんな悪役令嬢ぷりだったのか気になるんだが」

「え、答えないと駄目なの?」

「俺の知らない間のテレジアを知りたい」

「……っ」


 指を組み真剣な眼差しを向けられ、息を詰まらせる。


(くっ、中身は黒田部長ってわかっていても、イケメンのこの表情はずるい! ……まあ、元の黒田部長の顔もイケメンではあったけど。周りの女子が騒いでいたほどだからさ。でも私には、乙女ゲームの男性の方が数倍格好いいと思えていたんだよね~)


 そう思い改めてこの奇妙な状況に苦笑いを浮かべた。

 そして私は仕方ないと言いながらも、得意気に悪役令嬢としてどう頑張ってきたかを語ったのだ。








「なるほど。ゲームのシナリオ通りに前作のヒロインであるリリアーナを虐め、リカルド王子に婚約破棄されたのか」

「ええそうよ」

「しかし裏でフォローを入れておいたか。ふっ、お前らしいな」


 フレデリックは何かを思い出しながら、笑みを浮かべる。

 その表情に一瞬ドキッとしてしまい、慌てて頭を振ってその気持ちを吹き飛ばす。


「どうして私らしいと?」

「斉藤の時、同僚のミスを裏でフォローしていただろう」

「……知っていたの?」

「まあな。お前が相手に言わないでいたから、俺も黙っていただけだ」

「そう。べつにわざわざ言うほどでもないと思っていただけよ」

「だろうな。だからそんなお前を俺は……いや、なんでもない」


 何かを言いかけてやめたフレデリックを不思議に思い、首を傾げる。

 よく見るとその顔がほんのり赤らんでいるようだった。

 そんな私の視線を受けながら、フレデリックは咳払いをすると再び真剣な表情に戻る。


「さてテレジアが考えている通り、今続編が進んでいる。そして俺は攻略対象者でテレジアは、前作からの継続で悪役令嬢だ」

「……やはりそうなのね」


 うんざりした表情を浮かべ、ため息をつく。


「まあわかっているとは思うが、今回のヒロインはソフィアだ」

「そうでしょうね。あれだけ主張されれば」

「しかし問題は、あのヒロインであるソフィアが十中八九転生者で、相当性格に難があることだ」

「……確かに色々ちょっと度が過ぎているわよね。ちなみに、本来のヒロインはどのような性格だったの?」

「いつも笑顔で明るく、そして慈愛に満ちているキャラだったな。わかりやすく言えば、前作のヒロインと同じ感じだ」

「ザ・典型的なヒロインタイプか。そう考えると、今のソフィアは完全に真逆の性格ね」


 ソフィアの今までの行いを思い出し呆れる。


「もし実際のゲームでもヒロインがあの性格なら、攻略対象者達がヒロインに惹かれるのはすごく無理な設定になるだろうな」

「そうね。乙女ゲーム好きの私でさえ、多分ヒロインを好きになれず途中でゲームを投げ出すと思うわ」

「お前が言うなら相当だろうな。しかし……本人は自分がヒロインだから、何をしても許されると完全に勘違いしているところがある。さらに俺がソフィアを好きになると確信しているようだ」


 私はなんだかモヤモヤした気持ちになり、フレデリックに問いかける。


「……フレデリックは、ソフィアのことをどう思っているの?」

「どう思っているとは?」

「フレデリックは攻略対象者だから、ゲームの強制力みたいなものでソフィアに惹かれているとかないの?」

「……お前は馬鹿か?」

「なっ!?」

「さっきも言っただろう。ヒロインがあんな性格なら、相当無理な設定でない限り惹かれることはないと。だが元となったゲームにはそんな設定はなかった。だからゲームの強制力も発揮しないんだろう。ハッキリ言おう。俺はソフィアのことが嫌いだ」


 フレデリックは私を見ながらキッパリと答えてくれた。

 その答えが嬉しくて、顔が緩みそうになったが必死に耐える。


(いやいや、どうした私! フレデリックがソフィアのことを嫌いと言っただけでなんでこんなに嬉しく感じるの!?)


 自分の感情に戸惑い、落ち着かなくなる。


「どうした?」

「な、なんでもないわ! ただ……ちょっと安心しただけ。もしソフィアのことが好きになっていたら、きっと応援できなかったと思うから」

「そんな心配は不要だ。そもそも俺は……」


 フレデリックはそこで言葉を切り、じっと私を見つめてきた。


「何?」

「……いや。今はまだそのタイミングじゃないと思っただけだ」

「なんのタイミング?」

「いずれ話す。それよりも考えなければならないのが、俺達のこれからだ。テレジアは今回もゲームの通りに悪役令嬢を演じるつもりか?」

「いいえ。前回で悪役令嬢をやりきったのだから、これからは私の時間を好きに過ごさせてもらうわ」

「俺も攻略対象なんて不本意なものをやるつもりはない」

「なら私達は、ソフィアが望む通りに行動しないで意見は一致しているわね」

「ああ。とりあえずしばらくはこのまま様子見だ。あれでも一応聖女認定されているからな。下手に手を出さない方がいいだろう。ただ、何をしでかすかわからん女だ。警戒はしておけよ」

「わかったわ」


 フレデリックの意見に頷いてみせた。


「そういえば、フレデリックは『輝恋』の続編をプレイしたのよね? 最後までやったの?」

「……一応全員クリアした」

「フレデリックが男性キャラを落としてる図……やっぱり違和感が」

「それはもういい。それよりも何を聞きたかったんだ?」

「それはね、続編のテレジアは最後どうなるのか気になって。前作と同じ感じだったのかしら?」

「ああテレジアは……」


 そこまで言って、なぜかフレデリックは難しい表情で口を閉ざしてしまったのだ。


「フレデリック? ま、まさか酷い結末なの!?」

「……いや、ただ思い出していただけだ。確かテレジアは、追放される結末だったな。さすがに前作と同じには作れなかったようだ」

「そうか追放か……まあよくある処刑エンドよりかはマシね」


 苦笑いを浮かべると、フレデリックは突然ソファから立ち上がり私の隣に座ってきた。

 そして唐突に私を抱きしめてきたのだ。


「フレデリック!?」

「例えもしそんな結末だったとしても、俺が絶対にお前を死なせない。絶対にだ」

「……っ」


 頭上から聞こえるフレデリックの真剣な声に、私は激しく動揺しながら何も言えなくなる。

 だけどこの体勢はさすがに恥ずかしく、さらに心臓が痛いくらいに脈打っていて苦しい。

 私はなんとか抜け出そうとするが、全く腕を緩めて貰えなかった。


「フレデリック、離して!」

「……もう少しこのままで。お前が生きているのを実感させて欲しい」

「……」


 フレデリックの辛そうな声に戸惑う。


(どうして……ああそうか。フレデリックは、前世の私の死を思い出しているのね。なんだかんだで部下のことを気にかける人だったから、突然私が死んでショックだったんだろうな~。そういえば、私ってどうやって死んだんだろう? その辺りの記憶って思い出せないんだよね。まあ今さらそんなことどうでもいいか。だって体は違うけど今、私は生きているのだから)


 そう考え私はフレデリックの気が済むまで、そのままおとなしく抱きしめられていたのだった。

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