舞踏会
「テレジア姉さん、そのドレスよく似合っていてとても綺麗だよ」
「ありがとう。ヒースもカッコいいわよ」
私達はお互いを見てふふっと笑い合う。
今日私は国王主催の舞踏会に招待され、ヒースと共に馬車で城へ向かっていたのだ。
そして城の玄関前に到着した私は、ヒースの手を借りて馬車を降りる。
「仕事以外でお城にくるなんて、変な感じだわ」
「僕もだよ。だけど今夜は仕事を忘れて楽しもうね」
「そうね」
久しぶりの舞踏会、それも国王主催なので豪華なものになるのが予想できていた。
(今までは悪役令嬢を意識した振るまいと、王太子の婚約者という立場で全然楽しめなかったんだよね~。でも今はそんなしがらみなんてないし、すごく気が楽だ~!)
表情に出さないようにしながらも、内心すごくワクワクしていたのだ。
そうしてヒースにエスコートされながら会場である大広間に到着し、ほどなくして舞踏会が始まった。
「本当に豪華できらびやかね~。参加されている人もすごく多いし」
「僕も今まで何度か舞踏会に参加はしたことあったけど、ここまで人が集まったのは初めてかも。まあ……理由は明白だけど」
そう言ってヒースがある場所に視線を向けたので、私もそちらを見る。
「ああ~なるほど」
私は苦笑いを浮かべながら納得するように頷く。
なぜならそこには大きな人集りが三つできており、それぞれの中心に原因となっているフレデリック、アスラン、ノアの姿が見えたからだ。
まずいつもより豪華な聖職者の衣装を着たノアの周りには、明らかにノアを崇拝しているような人達が集まっている。
その一人一人にノアは優しい微笑みを浮かべながら相手をしていた。
次にアスランの方は、多くの男性貴族に囲まれ話しかけられている。
確か第二王子であるアスランを王にと推している派閥があると聞いたことがあったから、おそらくその人達なんだろう。
だけど当の本人は、相変わらず眠そうな目であくびばかりをして全く興味がないみたいだ。
そしてフレデリックに関しては、予想通り大勢の令嬢に囲まれていた。
(そりゃ~王太子でまだ婚約者もいないんだからああなるよね。それに……顔だけは確かにいいからさ。あれだけで寄ってくるんだろうな~。まあ本人はすごい不機嫌そうだけど)
きっちりと正装姿に身を包んでいるフレデリックは、険しい表情でも悔しいがカッコよかった。
そんなフレデリックに令嬢達は必死に猛アピールしているが、全く相手にされていないようだ。
「それにしても、総大司教のノア様とアスラン王子が出席されるのなんて珍しいな~」
「そうなの?」
「うん。フレデリック殿下は、王太子の立場もあるから基本的に出席されていたけど、あのお二方は人が多く集まる所があまり好きではないのかほとんど参加されていなかったよ。まあ……気持ちはわからないでもないけどね」
ヒースは二人を見ながら苦笑いを浮かべている。
その様子にもう一度二人の方を見れば、囲っている人の中に何人かの令嬢も混ざっているのが見えた。
さらにそれぞれ父親だと思われる人に紹介されているようだ。
「あれは……確かにちょっと嫌かもね」
「そうでしょ?」
「でもヒース、それは貴方も一緒よね?」
そう言ってちらりと周りを見ると、遠巻きにヒースを見ている令嬢が何人かいた。
「ああ、あれね。皆宰相時代のお祖父様が怖いのか、いつもあんな感じであまり近づいてこないんだ。それに今は、もう一人の孫のテレジア姉さんも一緒だし余計みたい。…………まあ僕としては、姉さんに悪い虫が寄りつかないから、このまま離れる気はないけど」
「ん? どうかしたの?」
途中から険しい表情で周りに視線を向けながら、小声でぶつぶつと何か言っていたヒースに問いかける。
するとヒースはパッと表情を戻し首を横に振った。
「ううん、なんでもないよ」
「そう? あ、もし気になる子がいるなら、私のことは気にせず行ってきていいからね」
「姉さん以外いないから行かないよ」
「……ヒース、まだ慣れていない土地で過ごしている私を案じてくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫だから。でも気にしてくれてありがとう」
「う~ん、そう言う意味じゃないんだけどな~。まあいいや」
「?」
複雑そうに笑うヒースを不思議そうに見たが、答えは返ってこなかった。
そんなヒースの様子に、これ以上詮索しないことに決めた私は、何気に視線を会場内に向けそしてアスラン王子と目が合ってしまう。
その途端、眠たげだったアスランの目が開き、嬉しそうにはにかみながら囲いを抜けて私の方に向かって歩いてきてしまったのだ。
(ちょっ、なんでこっちに来るの!?)
アスランが突然移動したことで、集まっていた貴族達が戸惑いの表情で佇んでいる。
そんな人達のことなど気にする様子もなく、アスランは私の前まで来るとにっこりと笑った。
「テレジア、ここにいたんだね~。今回テレジアが参加するって聞いてたから出席したのに、全然姿が見えないからさ~」
「こんなに人が大勢いらっしゃるのだから、見当たらなくても当然かと。それよりもアスラン、あの方々にちゃんと辞する言葉を言われましたか?」
「え~? 言わないと駄目かな~?」
「駄目でしょう……思惑はどうあれ、アスランとお話をされていたのですから」
「ん~僕は全く話してなかったけどね。あの人達が勝手に話していただけだよ~。僕はずっと、どこで寝るのが気持ちいいか考えていただけだからさ~」
そう言って私の手を握ってきた。
「ああ~やっぱりテレジアのそばは落ち着くな~。そうだ! このまま僕と抜け出そうよ~。いつものように君の声を聞きながら眠りたいんだ~」
楽しそうな笑みを浮かべるアスランを、私は頬を引きつらせて見つめる。
(確かにアスランとは約束していたこともあって、仕事の休憩時間に会いに行って話をよくしていたけどさ……その度、気持ちよさそうに寝落ちされる身にもなって欲しい。去っていいのかいつも迷うんだけど! って今はそれよりも問題なことが。いつもと違って今は夜なんだよ? いくらアスランに下心がないと言っても……さすがにそれは無理!)
ここはきっぱりと言おうと表情を改め、口を開きかけたその時──。
「アスラン王子、僕の姉さんの手を離してください」
「僕の姉さん? 確か二人は、いとこ同士で姉弟ではなかったよね~?」
アスランは腕を掴んできたヒースに首を傾げる。
「いとこでも姉さんと呼ばせてもらっているんです。それよりも……いつまで姉さんの手を掴んでいるんですか?」
「……」
なんだか怖い笑みを浮かべているヒースを見て、アスランは無言でそっと私の手を離してくれた。
それと同時にヒースもアスランの手を離す。
そして私達の間にはなんとも言えない空気が流れたのだ。
するとそこに別の人物の声がかかる。
「なんだか重い空気になっていますね」
私は驚いて振り向くと、そこには微笑みを浮かべて立っているノアがいたのだ。
「ノア!? あれ? あの信者……いえ教会関係の方々とご一緒されていたのでは?」
キョロキョロと周りを見回すが、近くには一人もいなかった。
「貴女の姿が見えましたので、皆には断りを入れて会いにきました」
「会いに来ましたって……」
なぜわざわざ私に会いに来たのかわからず戸惑う。
しかしノアは、それが当たり前のような顔で私を見つめていた。
「それよりも、どうかされたのですか?」
「え?」
「なんだか揉めているようにも見えましたが……」
そう言ってヒースとアスランの方に視線を向ける。
「べつに揉めていませんよ。ただアスラン王子が、テレジア姉さんを連れて抜け出そうとしたので止めただけです」
「だってテレジアと一緒なら、ぐっすり眠れるからさ~」
「……アスラン、貴方は王子なのですから少しは自覚を持った方がいいですよ。とりあえずここは、私がテレジア嬢の相手をいたしますので、お二方は少し場所を移して話し合ってきてください」
「「……」」
ヒースとアスランは唖然とした表情を、微笑みを浮かべたまま私の隣に立ったノアに向ける。
(……なんだか妙なことになってきてない?)
困惑しながらノアの方を見ると、私を見つめながら笑みを深くした。
「さあテレジア嬢、あちらでお話でもしながらお二人を待ちましょうか」
「ちょっ、ノア待ってください!」
私の腰に手を回し歩かせようとしてきたので、慌ててそれを止める。
さらにヒースとアスランも私達の前に回り込み行く手を遮ってきた。
「ノア様、勝手に僕の姉さんを連れて行かないでください!」
「駄目だよ~ノア。僕が先に誘ったんだからさ~」
「ん~困りましたね。私はお二方に仲良くなっていただこうと配慮したつもりなのですが……」
「そう言いますが、ただ姉さんと二人きりになりたいと思っていましたよね?」
「まさか! そのようなことありませんよ」
「ノア~その笑顔、嘘くさいよ~」
そのまま三人は、私のことなどそっちのけで言い合いを始めてしまったのだ。
(ちょっと事が大きくなってきたんだけど!?)
私はなんとか落ち着かせようと口を開こうとしたその時、後ろから誰かが私の腕を掴んできたのだ。
「テレジア!」
「え?」
その聞き慣れた声に驚きながら振り向くと、そこには険しい表情のフレデリックが立っていた。
「殿下!?」
「テレジア、俺に付き合え」
「は?」
突然の言葉に、私は戸惑いの声を上げてフレデリックを見返す。
「いきなり何を言われるの?」
「俺のそばに居ろ」
「はい!?」
真剣な表情で言われ、はげしく動揺しだす。
「な、な、何を一体!?」
「デイルの孫娘であるお前がそばに居れば、あのウザい女達からの猛アピールを防げるからな」
「…………ああ、そう言うことね。紛らわしい」
胡乱げな眼差しをフレデリックに向ける。
「正直不本意だが、俺の知っている状況を考えると、テレジアがそばに居る方が他の女達が寄りつかん。……まあ、婚約者にしていないのだからこれぐらいは大丈夫だろう」
「あの~言っている意味がわからないのだけれど……」
「気にするな。お前は俺のそばに立っていればいい。なんだったら、牽制でもして近寄ってくる女達を追い返してくれてもいいからな」
「いや、なぜ私がそんな悪役令嬢みたいなことしなくてはいけないの? それぐらいご自分で対処したら!」
そう言って険しい視線を向けながら、フレデリックの手を振りほどく。
「少しは上司を助けてやろうという気持ちはないのか!」
「こんな時に上司の立場を振りかざさないで欲しいわ! そもそも今は勤務外よ!」
私の言葉を聞き、フレデリックも不機嫌そうな顔で睨み返してきた。
するとそんな私達の間に、ヒースが割り込んできたのだ。
「ちょっとこんな所で喧嘩なんてしないでください。それに殿下……姉さんを苛めるのは僕が許しませんから」
「そうですよ。喧嘩はよくありません。ですが……テレジア嬢に対するフレデリック殿下の態度は、私から見ても少々問題かと」
「兄上が女性にそんな接し方してるの初めて見たな~。テレジア、大丈夫?」
「……っ」
三人に攻められさすがのフレデリックもたじろぐ。
そしてなんとも言えない表情で私の方を見てきた。
「お前……いつの間にこの三人を手玉にとったんだ?」
「なっ!? 失礼なこと言わないで! そんなことしていないわ!」
「……どうなっている? あれの中では、慕われている様子はなかったんだが。……どうもあれと今のお前とではだいぶ違っているようだな」
フレデリックは難しい顔で腕を組み、意味不明なことを言い出して考え込んでしまう。
(一体なんなんだか……ん? 今気がついたけど、ここだけ顔面平均率高過ぎじゃない? それに身分も……)
ちらりと皆を見る。
この国の王太子、第二王子、総大司教、公爵家の跡取りで宰相の子息。
さらに他国だが公爵令嬢の私も含めれば、ここにすごいメンバーが集まっている。
その証拠に、人々の視線が私達に集中していたのだ。
(これはちょっと……嫌かも)
せっかく表舞台から退場したのに、また目立つのはさすがに遠慮したいと思い、そっと四人から離れようとしたのだが……。
なぜか会場内がざわつきだしたのだ。
(何?)
私は確かめるように周りを見ると、人々がある一点を見つめてコソコソと話していた。
その様子を不思議に思いながら視線を皆が見ている方に向け、そして目を見開いて驚く。
(なんて可愛らしい女の子!)
そこにいたのは、背中まであるふわふわの桃色の髪に、綺麗な水色の瞳の美少女だった。おそらく私よりは年下だと思う。
しかし普通に考えれば、美少女は他にもいくらでもいる。
それなのに、なぜかその子から目を離すことができなかった。
そう、まるで
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