眠りの王子
降り積もった雪を踏みしめながら中庭を歩き、目的の場所に到着する。
「……何ここ?」
私は呆然としながら目の前の光景を見回す。
なぜならそこ一帯だけ、青々とした木々や色とりどりの花々が咲き乱れていたからだ。
「どうしてここだけ、まるで春みたいになっているの?」
周りの雪景色との差に戸惑う。
すると突然、頭上で衣擦れの音と共に一枚の葉っぱがヒラヒラと舞い落ちてきたのだ。
私は慌てて上を見上げ、そして目を見開いて驚く。
そこには太い木の枝に座り、幹にもたれ掛かるようにして目を閉じている男性がいたからだ。
その男性は風で揺れるふわふわの淡い黄緑色をした、少し長めのショートカットの髪型に端正な顔立ちをしている。
おそらく二十代前半ぐらいだろう。
(綺麗な顔……それにしても、やっぱりあれって寝てるんだよね? よくあんな体勢で寝れるな……って感心してる場合じゃなかった。さすがにあそこで寝るのは危ないと思うんだけど。でも下手に声をかけてビックリさせるのも危ないし……)
この異質な状況よりも男性の方が気になってしまった私は、どうすればいいか考え込む。
しかしその時、男性の体が横に傾ぎそのまま落ちそうになったのだ。
「危ない!!」
私は咄嗟に叫ぶと同時に手を男性の方に向け、風の魔法を放つ。
その風は男性の体を優しく包み込み、元の体勢へと戻すことに成功した。
「よかった~」
なんとか落ちなくて済みホッと胸を撫で下ろす。
すると男性が身動ぎをしゆっくりと瞼を開けた。そして眠たげな金色の瞳で下にいる私の方を見てきたのだ。
「……今の風って~もしかして君?」
「え? ええ。落ちそうになっていましたので思わず……」
「そっか~ありがとうね」
男性は柔らかく微笑むと、人差し指を立てくるりと回した。
その途端、座っていた木から太めの蔓が延びてきて男性の目の前でくの字に曲がって止まる。
男性はなんの躊躇もなくその蔓に足を掛けると、蔓を片手で持ちながらその上に乗った。
そうして再び蔓が動きだしゆっくりと男性は下に降りてきたのだ。
唖然とする私を他所に蔓から降りると、蔓はあっという間にどこかに行ってしまう。
そして男性は不思議そうな顔で私を覗き込んできた。
「君……見かけない顔だね~」
「あ、私はテレジア・ディ・ロンフォルトと申します」
私は慌てて名乗り、スカートの裾を摘まんで会釈する。
「テレジア……テレジア……ん~やっぱり聞いたことないや。まあ~いいか。えっと~僕はアスランだよ。よろしくね~」
アスランと名乗った男性はふわりと微笑む。
だけど相変わらず眠たげな目をし、まったりとしたしゃべり方をするので、なんだか全体的にほわほわした雰囲気の男性だなっと感じた。
「こちらこそよろしくお願いいたしま……ん? アスラン? あれ? つい最近どこかで聞いたことがあるような……」
「あれ~? 僕のこと知らない?」
「えっと……」
「やっぱり君~どこから来たの? この城にいて僕のことを知らないなんて……」
アスランは不思議そうな顔で首をコテンと傾げた。
「この城で? ……あ! もしかしてアスラン王子ですか!?」
「うん、そうだよ~」
「大変失礼いたしました! 私、デイル・ロン・ランペールの孫です。今日はそのお祖父様に連れられて初めてこのお城に来ました」
「なるほど~デイルの孫か~。あれ? でも確かデイルの孫って男の子だったような……もしかして君~そんな格好しているけど男の子?」
「なっ!? どこをどう見たら男だと思うのですか!! 私は正真正銘女です!!」
私は思わず声を荒げ目をつり上げた。
「あは、ごめんね~。そうそう以前、君とは違うデイルの孫を見たことがあったの思い出したよ~。じゃあもしかして君は~別の国に住んでいるデイルのもう一人の孫?」
悪びれる様子もなく笑うアスランに、私は頭を手で押さえてため息をつく。
「はい、そうです」
「そうなんだ~。だから君の顔を見たことなかったんだね~。あ、そういえば、父上から謁見の間にくるよう言われていたんだった~。……まあもう遅いしいっか~」
「正直よくはないと思いますが、その用事でしたらたった今済みましたので問題ないかと」
「ん? どういうこと~?」
「私とお二人の王子を引き合わせることでしたので」
「ふ~ん、そっか~。あ、それじゃあ兄上にはもう会ったの?」
「え? ええ……フレデリック殿下ですね」
あのムカつく男を思い出し、思わず顔をしかめる。
「へ~兄上を見てそんな反応する女性初めて見たな~。君、面白いね~」
珍しいものでも見たような顔で、私をしげしげと見てくる。
その反応に戸惑っていると、アスランはおもむろに視線を外し手で口を隠しながらあくびをした。
「ふぁ~久しぶりに沢山話したから疲れちゃったな~。うん、もう一眠りしよ~っと」
「へっ?」
私が驚きの声をあげてるうちに、アスランは人差し指を立ててくるりと回した。
するとさきほどの蔓が再び現れアスランの目の前に降りてきたのだ。
それを見て私は当初疑問に思っていたことを口にする。
「それは魔法なのですか?」
「ん? これのこと? うん、そうだよ~。僕の魔法、植物魔法だよ~」
「植物魔法?」
「あ~不思議に思うのも無理はないかもね~。あまり世間では知られていない魔法だから」
そう言うとアスランは掌を私の方に向け、そしてそこにポンと赤い薔薇の花を出してみせたのだ。
「うわぁ~! すごいですね!」
その見事な魔法に感嘆の声を上げ、目を輝かせながら薔薇に見入る。
そんな私の様子に、アスランはクスッと笑うと、その薔薇を私の髪に挿してくれた。
「うん、よく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
あまりに自然な行動に思わず顔が熱くなる。
「それにしても君……テレジアは変わった子だよね~。大概の人は僕の魔法を使えないと馬鹿にするか、気味悪がるんだけど」
「え? どうしてです? とても素晴らしい魔法だと思いますよ? それに植物魔法ということは、木や花だけではなく野菜や果物などの農作物も扱うことができるのですよね?」
「まあ、やろうと思えばね~」
「それこそとても役に立つ魔法ではないですか! この周りの木々のように寒冷の土地で、気温に影響なく農作物を作り出せることは、どんなに高級な宝物よりも価値があることなのですよ。自信を持ってください!」
「……」
私が拳を握って力説すると、アスランは目を見開いたままじっと私を見つめてきたのだ。
「アスラン王子?」
「……僕のことはアスランでいいよ~。だけど驚いたな~そんなこと言われたの、君が二人目だ」
「え? 二人目?」
「もう一人は兄上だよ~」
「フレデリック殿下が?」
「うん。お前の魔法は人の役に立つ魔法だから自信を持て、と」
「へ~あの殿下がね……」
初対面で悪態をついてきたあの男が、ちゃんと人を思いやる言葉を言えることに驚く。
(そう考えると、なんで初めて会ったばかりの私にはあんな態度だったんだろう。……解せぬ)
さきほどのことを思い出し目が据わる。
「ふふ、テレジアは表情がコロコロと変わって面白いね。僕、気に入っちゃった~」
「え?」
「よかったら、また僕と話をしてくれる?」
「ええそれぐらい構いませんが……って、ごめんなさい。多分私、もうここにはこないかと……」
「そうなの? なんで?」
「なんでと言われましても……特に用事もないですし」
「用事なら僕に会いにくるで十分だと思うけど~?」
「いや、でも……」
「父上には僕から言っておくから、ちゃんと来てね」
アスランはそう言うと、にっこりと笑みを向けてきたのだ。
その顔を見て私はもう反論することを諦め小さく頷いた。
「じゃあ僕もう寝るね~」
「もしかしてまた木の上に? さすがにそこで寝るのは危ないと思うのですが……」
「ん? ああそれは大丈夫だよ~。落ちそうになったら、蔓が僕を守ってくれるようになっているから。でも心配してくれてありがとうね~」
「そうでしたか。私、お昼寝のお邪魔をしてしまったようですね。すみません」
「ううん、気にしなくていいよ~。あ、なんだったら一緒にお昼寝する? 木の上で寝るのって結構気持ちいいんだよ~」
「えっと、とても魅力的なお誘いではありますが、お祖父様を待っていないといけませんので、今回は遠慮させていただきます」
「そっか~じゃあまた今度一緒に寝ようね~」
「……機会がありましたら」
苦笑いを浮かべながらアスランに答えた。
(女性に一緒に寝よって言うのはさすがにどうかと……まあ本人にそんな気はないみたいだからいいけどさ)
再び木の上に登り寝始めたアスランとはそこで別れ、私は城の廊下に戻って今度こそ馬車が待機している場所に向かって歩きだした。
すると正面から沢山の書類を腕一杯に抱えて歩く、官僚の格好をした小柄で眼鏡をかけた若い男性が歩いてきていることに気がついた。
(あれ、ちょっと抱えすぎじゃない? ふらふらしてるし、荷物のせいで前も見えていないようだし……)
立ち止まり心配そうにその男性を見ていると、案の定足をつまずかせ持っていた書類を盛大にぶちまけたのだ。
「あー!!」
その栗色の髪に水色の瞳の男性は大きな声を上げ、慌ててその書類をかき集め始めた。
(……あ~あ、あれじゃあ持ててもまた落としそうだね)
私はそう思うと、男性に近づきしゃがんで散らばった書類を拾いだす。
「え? あ、いやいやボクが拾いますのでいいです! お嬢様のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
「そんなこと気にしなくていいのよ。二人で拾った方が早いですし」
にっこりと微笑んであげると、男性は顔を赤らめ何度も頭を下げてきた。
「あ、ありがとうございます!」
「ほらお礼なんていいから。それよりも手を動かして」
「は、はい」
そうして私は散らばった書類を寄せ集め、ついでに運んであげることにした。
(このまま放っておけないし、お祖父様には悪いけどもし先に馬車の方に着かれていたら、少し待っていてもらおう)
お祖父様に心の中で謝り、歩きだそうとした。しかしそんな私を男性が引き止める。
「さすがにそこまでしていただかなくても……」
「気にしなくていいのよ。それに貴方がちゃんと無事に運べてるか心配するよりも、手伝ってあげた方が私としても安心できるから」
「……優しい方ですね。貴女のようなご令嬢は今までいませんでした」
「そうなの? 私は普通のことをしているつもりなのだけれど? それよりも貴方、お名前は? それに……若いように見えるけどおいくつなの?」
「あ、申し遅れました。ボクの名前はフィン・シンファーです。つい最近18歳になりました」
「フィンね。私はテレジア・ディ・ロンフォルトよ。よろしく。それにしても18ね……もっと若く見えるわ」
「昔からよく言われます。ボク童顔なので。でもそのうち年相応のカッコいい大人の男になってみせます!」
(……きっとこのまま可愛い男の人として年を重ねていきそう。それにしても……)
一人意気込んでいるフィンを見ていると、なんだか頭とお尻に犬のような耳と尻尾が見えた気がした。
「……ワンコ系男子」
「え? 何か言われましたか?」
「ううん。なんでもないわ。さあ急いで運んでしまいましょう」
「あ、はい」
そうして私達は書類を抱えながら並んで移動を始めたのだった。
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