王城にて
翌日お祖父様と共にお城に向かうと、そのまま国王陛下と謁見することになった。
……なぜ?
「お祖父様、今日の目的は国王陛下にお会いすることだったのですか?」
「まあそれもあるが、目的は別にあるのだよ」
「?」
ほくそ笑むお祖父様の様子に私は戸惑う。
すると謁見の間で待機していた私達の前に、国王陛下が現れ壇上に置かれた玉座に座る。
国王陛下は青みがかった銀色の髪に、金色の瞳をした美丈夫。
名前をサイラス・ミラ・バルゴ。確か今年五十歳になったと聞く。
「デイル、元気そうだな」
「陛下もお変わりないご様子で安心いたしました」
「ふっ、お前がまだまだ元気なのに私が先に弱るわけにもいかないだろう」
「いえいえ、ワシなどただもうろくしていくばかりですよ。いつあの世から迎えがくるか……」
「どうせお前のことだ、そのような迎えなど簡単に追い返してしまうだろうよ」
長年国王陛下の側で宰相をしていただけあり、お互い気心の知れた仲のようだ。
「それでデイル、その隣にいるのが例の孫娘か?」
「そうです。さあテレジア、陛下にご挨拶を」
「あ、はい。お初にお目にかかります。テレジア・ディ・ロンフォルトと申します」
私はすぐにスカートの裾を摘まんで腰を落とし、軽く頭をさげて名乗った。
「ふむ、そなたのことはデイルから耳が痛くなるほど聞いていた。だが確かに話に聞いていた通り美しい娘だな。それに所作も完璧で素晴らしい」
「……ありがとうございます」
(お祖父様、一体どんな話を国王陛下に話していたんだろう……)
話の内容は気になったが、おそらく聞かない方がいいような気がした。
「それにしても陛下……王子達のお姿が見えないようですが?」
「すまぬな。この時間に来るよう伝えてあったのだが……」
「……相変わらずのようですな」
「ああ」
困った表情を浮かべる国王陛下と、呆れた表情のお祖父様を見て私は戸惑っていた。
その時、入口の扉が開き足音を響かせながら一人の男性が入ってきたのだ。
(うわぁ~なんて綺麗な人なんだろう……)
その男性はスラッとした体格に青みのかかった銀色の長髪を後ろで一つに束ね、緑色の瞳をした端正な顔立ちの美青年。
おそらく二十代後半ぐらいだろう。
そのあまりにも美しい容姿に、思わずボーッと見惚れてしまう。
(リカルドやヒースもすごい美形だったけど……この人も負けず劣らずの綺麗な顔立ちだな~。さすがゲームの世界。美形な人が本当に多い)
そう心の中で感心しつつ、男性をじっと見つめていた。
するとその男性は私の視線に気がつきちらりとこちらを見て、なぜか目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべたのだ。
(ん? なんでそんなに驚いているんだろう?)
男性の様子に困惑していると、今度は眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべた。
全く意味がわからない。なぜ初対面だと思われる男性から、嫌悪感を向けられなければいけないのか。
私はムッとし、不機嫌な顔で男性を睨みつける。
そのまま私達は、無言の睨み合いを続けた。
「そなた達止めないか!」
国王陛下の声にハッとした私は、慌てて表情を戻し姿勢を正す。
(国王陛下の御前だったのすっかり忘れてた!)
令嬢らしからぬ振る舞いに内心冷や汗をかきながら、国王陛下に頭を下げた。
「失礼いたしました」
「いや、そなたが謝ることはない。もともとは息子の態度が悪かったせいだからな」
「息子?」
「フレデリック、アスランは一緒ではないのか?」
「いえ、俺一人です。おそらくまたどこかで寝ているのでしょう」
「……そうか。それでフレデリック、いつまでそこに立っているつもりだ。こっちに来て挨拶をしないか」
「……はい」
フレデリックと呼ばれた男性は、返事をすると国王陛下のもとに歩きだす。
しかし私の横を通り過ぎる時、ボソリと誰に言うでもなく呟いたのだ。
「本当に始まるのか……」
なんのことだろうとフレデリックを見ると、なんだか嫌そうな表情を浮かべていた。
(一体何が始まるっていうんだろう?)
その様子を不思議に思いながら目で追っていると、国王陛下の隣に立ったフレデリックが、胸に手を当てこちらに向かって口を開いた。
「挨拶が遅くなり失礼した。俺の名前はフレデリック・ミラ・バルゴ。このバルゴ公国の王太子だ」
さきほどまでの態度が嘘のように綺麗な所作でお辞儀をしてくるフレデリックに、不覚にも見とれてしまう。
するとフレデリックは顔を上げ、じっと私の方を無言で見つめてきたのだ。
「何……あ! こ、こちらこそご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はテレジア・ディ・ロンフォルトと申します。カルーラ王国で代々宰相を務めておりますロンフォルト公爵家の長女です。そしてデイル・ロン・ランペールの孫でもございます」
私は慌ててスカートの裾を摘まみ腰を落として挨拶を返した。
「……やはりテレジアか」
「え? 私をご存知なのでしょうか?」
不機嫌そうにフレデリックが呟いたので、私は思わず問い返してしまう。
「……いや」
一瞬何か言いたげな表情を浮かべたがそれ以上は答えてくれず、眉間に皺を寄せたまま口を閉ざした。
そんなフレデリックの態度に、こちらもだんだんと腹が立ってくる。
(さっきからなんなのこの男は! いくら顔がよくても性格最悪じゃん! リカルド殿下と同じ王太子とはとても思えないんだけど!)
元婚約者のリカルドは、最終的には婚約破棄を言い渡してはきたけど、婚約中は紳士的でとても優しくしてくれたのだ。
そんな正統派王子キャラのリカルドに、私は悪役令嬢役でなければ惚れてしまっていたかもしれない。
(まあそれでも推しのリカルドとヒロインであるリリアーナが結ばれることの方が私には重要だったからね! 全く恋心は芽生えなかったよ)
心の中で苦笑いを浮かべた。
再び私達が無言の睨み合いを始めてしまったことに、国王陛下もお祖父様も額に手を置いて呆れだしてしまう。
しかし私はここで目を背けるのは、なんだか負けたような気がして後に引けなくなってしまっていた。
だが唐突にフレデリックは視線を逸らしわざとらしくため息をつく。
「はぁ~こんなことをしているほど俺は暇ではないのだがな。父上、申し訳ありませんが顔合わせは済みましたので仕事に戻らせていただきます」
「いやフレデリック、せっかくだテレジア嬢に城内を案内……」
「父上、今仕事が立て込んでおりますので。案内でしたら別の者にでも頼んでください。ではこれにて失礼いたします」
「待たぬかフレデリック!」
国王陛下は慌てて呼び止めるが、フレデリックは一礼するとそのまま扉に向かって歩きだしてしまう。
しかし少ししてピタリと足を止めると、なぜか私の方に顔を向けてきた。
「先に言っておく」
「……なんでしょう?」
「俺はお前と婚約するつもりはないからな」
「…………は?」
「それだけだ。では今度こそ失礼する」
そう言うなりもうこちらのことは見ようとはせず、そのまま謁見の間から出ていってしまった。
私は呆然と閉じられた扉を見つめ、次第にわなわなと体を震わす。
そしてキッと睨みつけると、国王陛下の前だということも忘れ大声で叫んだ。
「誰が貴方なんかと婚約などするものですか!!」
その私の叫びに、国王陛下とお祖父様は同時に天を仰ぐ。
だけど私はそんな二人の様子を気にも止めず、肩を怒らせながら荒い息を繰り返していた。
「……デイル、この二人は無理だ」
「そうですな。まあ相性もありますし、フレデリック殿下は諦めることにします」
「それがいいだろう。しかしお前からの事前の打診を聞き、もしかしたらと期待していたのだがな。あいつももう二十七だ。いい加減婚約者ぐらい決めて欲しいのだが……」
「ワシも上手くいけば、テレジアが殿下と結婚しこのままこの国に残ってくれればと期待していたのですが……」
二人の話を聞き、私はお祖父様の方を見た。
「お祖父様……もしかしてそのために今日私をお城に連れていらしたのですか?」
「う、うむそうだ。黙っていてすまなかったな」
「……いえ。ですが私はつい最近婚約の話が白紙に戻ったばかりですし、しばらくは自由を謳歌……いえ、気持ちの整理をしていたいのです」
思わず本音がポロリと漏れたが、すぐに言い直し焦燥しているような素振りを見せる。
そんな私の様子にお祖父様は、あわあわしだす。
「テ、テレジア、すまない。お前の気持ちも考えず勝手に動いてしまった」
「ではもう私に黙ってお話を進めないでくださいね」
「ああもうしないと約束しよう。だが、お前と離れたくないというワシの思いもわかってほしい」
「それはわかっています。それに私も、せっかくお会いできたお祖父様とすぐに別れたいとは思っていませんから」
「テレジア!」
にっこりと微笑むと、お祖父様は目に涙を浮かべながら嬉しそうに喜んだ。
私はお祖父様から視線を国王陛下に移し、もう一度頭を下げる。
「国王陛下、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。しかし私は、今はまだ誰とも婚約するつもりはありませんので、そのようにお願いいたします」
「……うむ、わかった。無理強いはしないと約束しよう。だが、できればフレデリックやもう一人の王子、アスランと仲良くしてやってくれないか?」
「アスラン王子とはお会いしておりませんのでなんとも言えませんが、フレデリック殿下とは……まあ、努力いたします」
「頼む」
さきほどのフレデリックの態度を思い出し、再びフツフツと怒りが沸いてきたがなんとか抑え込むことにした。
「お祖父様、用件も済んだようですし、そろそろお暇させていただこうかと思っているのですが……」
「ああそうだな」
「デイル少し待て。お前とはまだ話したいことがある」
「わかりました。テレジアすまないが、先に馬車の方で待っていてくれ。陛下とのお話を終えたらすぐに向かう」
「はい、お祖父様。では国王陛下、私はこれで失礼させていただきます」
「うむ。ああそうだ、テレジア嬢よ。いつでも顔を見せに来てよいからな」
「……ありがとうございます」
(すみません。もう悠々自適に暮らしたいので、ここに来ることは無いと思います! それにあのムカつく男にも会いたくないので!)
そう心の中で答えながら謁見の間を後にしたのだ。
そのままお城の廊下を歩き馬車が停めてある場所に向かっていると、途中で中庭に面した場所に出た。
「来るときは初めての場所だったことで緊張していて気がつかなかったけど、ここのお庭すごく綺麗!」
カルーラ王国とはまた違った趣の庭に、思わず感嘆のため息をこぼす。
そこには寒冷の土地に生える樹木や低木を美しい配置で植えられ、そこに降り積もった雪がさらに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「カルーラ王国のお城で見たまるで春のようなお庭も素敵だったけど、ここもここでいいね! ああ今ここにスマホがあれば絶対撮るのに~!」
せめてこの景色を目に焼きつけようとじっくり見ていると、ふとあることに気がつく。
「あれ? なんだかあの一カ所だけ様子が違うような……」
不思議に思い、私はそのまま中庭に入っていったのだった。
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