夏は嫌いだ。

あんばら

あっちもこっちも変わりゃしない

 二〇二〇年七月二十五日、異世界から帰ってきて初めての夏だ。


 そう、俺、志々目亮太は、トラックにはねられそうな女の子をかばい、勇者として3年間異世界へと転生されていたのだ。そこで俺は神様から授かったエク、じゃなくてべクスカリバーで王の命の元、魔王討伐を成し遂げたんだ。異世界には平和が訪れた。だが俺の心はどこかモヤモヤしていた。魔王討伐に必死だった俺は忘れていた、いや気づけなかった。元の世界に戻り家族に友達に会いたいことに。そこで俺は古代遺跡に記されていた大魔法ワールドワープを使い元の世界に帰ろうと試みた。この魔法は失敗すれば存在ごと消えてしまうというとても危険なものだった。それでも俺は元の世界に戻りたい。俺の決意は固かった。そしてワールドワープを発動すると目の前が真っ白になった。目が覚めると俺は道路の脇で仰向けで寝転がっていた。・・・嘘だ。ていうかワールドワープってなんだ。略して『ww』?なにわろとんねん。

 本当は大学入試に失敗し、就職先も見つからず、絶望の淵に立たされていた俺は自室で自殺し、気づいたら異世界にいた。神は経由しなかった。素通りだった。こっちに帰ってきた理由も異世界生活が思っていた数十倍きつかったからだ。あっちの世界美形揃いだから俺なんて相手にされずパーティは酒屋で知り合ったボブと二人だけだったし、宿も高いはクエストの報酬は割に合わんわともう大変だった。だから俺はもう死んでやろうとまた自殺したんだよ。そしたら戻ってきてた。目が覚めると自殺に使った首つり縄がちぎれてて、俺は泡吹いて横たわってたんだ。多分これ聞いた人は自殺が失敗して気だけ失ってる間に見た夢だったんだろうと思うだろうが、これに関しては俺は断言できる絶対に異世界に行っていたと。理由は単純、夢とは思えないほどに鮮明に覚えているからだ。今も昨日のように思い出せる。そうだな、今日みたいな猛暑日は灼熱のヒュドラ討伐戦を思い出す...。



 ついにヒュドラを見つけた俺たちは岩陰に隠れ作戦会議をしていた。

キュイイィィィィィィィィィィィ!!!!!!!

「やっとヒュドラを見つけたな。ったくこんな溶岩地帯に住みやがって。討伐にくるこっちの身にもなれってんだ。なあ亮太?」

「あ、ああそうだなボブ」

「どうしたそんな真っ青な顔して、腹でも下したか?」

「い、いやそういうわけでは」

「そうか?ならいいんだが。あ!それよりお前のヒュドラを楽に倒せる秘策っての聞かせてくれよ」

「あ、いや、秘策っていうほど秘策でもないというか、望みが薄いというか、今しがた薄くなったというか...」

「何言ってんだよ。お前がヒュドラ討伐の依頼引っ張ってきたんだろ?秘策があるっつうから俺だって了承したんだ」

「いや、だって。ヒュドラの首...多くね?ひいふうみいよー・・・二十五本あるんだけど。」

「ヒュドラの首といやー二十五本だろうよ。」

「知ってたのか!?」

「ああ。ちっちゃい頃に本でニコニコ顔のヒュドラさん読んでたからな。二十五個顔があるから"2525"顔だ、笑えるだろ?」

「いや笑えねーよ!」

 おそらく人生の中で一番心の底から笑えなかったダジャレであろう。

「じゃあお前は何顔のヒュドラさんなんだよ?」

「何顔でもねーよ!俺の知ってるヒュドラは首が九本なんだよ!」

「なんだよ結局笑ってんじゃねーか」

「は?」

「ククク(999)顔だろ?」

「・・・」

「・・・」

 記録が更新された。

「とにかく!あの本数じゃ俺の策が通用しない」

「どんな策だったんだ?」

「酒を飲ませて酔わせる」

「は?」

「そのために収納魔法覚えて酒樽9つも持ってきたってのに」

 亮太は拳を握りしめ悔しそうにそう言った。

「嘘だろ。俺はこんなアホの策を頼りにしていたのか」

 ボブは飽きれた顔で額に手を当てる。

「アホとは失敬な!これは先駆者がいるんだよ!(ヤマタノオロチの方だけど)」

「じゃあどうすんだよ。依頼失敗したらキャンセル料とられるぞ?」

「うちにそんな金はない。何とかして倒すしかないだろう」

「じゃあとりあえずその持ってきた酒樽使おう。九本でも封じれば勝機はあるかもしれん」

「そうだな。やるしかない!」

「ああ!」

 俺たちは手を取り合い。固く誓い合った。

 すると、辺りが急に暗くなった。

「?」

「りょ、亮太。後ろ」

 真っ青な顔をして指をさすボブに言われるがまま後ろを見ると、目の前でヒュドラが鬼の形相でこちらを見ていた。

「あ、ヒュドラさんちっす。お酒でも、」

キュイイィィィィィィィィィィィ!!!!!!!

「うわぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!」

命乞いをする間もなくヒュドラの怒りのファイアーブレスが俺を襲った。



 まったく、とんでもない世界だった。こう考えれば今のフリーター6畳一間生活もあっちよりかは幸せで安全なのかもしれない。

 そうしみじみ思いながら通帳を眺める。

「・・・・・・変わりゃしねーや」



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