化け猫ユエ
帆多 丁
1. 平麺
雨季が明けた。
じりじり陽が差す
そんな中でひときわ大きな円が、同類の隙間を器用にすり抜けて行った。
行く先の
「おばさん、まだ出せます?」
「ん? あー、刻み鶏と香菜でいいかね?」
「おじさんの調子はどうですか?」
「ああ、おかげさんでもうすぐ仕事に戻れそうだ。西方の
金銭の受け渡し。
「しかしアンタ今日は遅かったね。昼飯時も終わりにするところだった」
「変な時間にごめんなさい。妙な男に付きまとわれちゃって、
「あんたみたいな異人の若い娘が、
「わたしのせいじゃないですよ、そんなの」
店主の説教に口を尖らせて屋台前の食卓につき、娘は平笠のあご紐をほどいた。笠の影が外れ、稲穂の色をした髪が肩に揺れて日差しに映える。
外した笠で娘が盛大に扇ぐと、背中の開いた深紅の
茹であがった平麺を丼に滑り込ませて、店主が言う。
「立ち入ったことを聞くけどさ、アンタ目の具合悪いのかい?」
「右目は生まれつき弱くって、陽差しがきついから昼間は閉じてるの。慣れてます。大したことじゃないです」
「そうかい。西の
店主が差し出す丼を、食卓からいっぱいに手を伸ばして受け取る。
娘は平笠を頭に乗せ、一度両手を合わせると鶏出汁と魚醤の香る丼へいそいそと箸を滑り込ませた。
レンゲに乗せた蒸し鶏と透き通る麺を口に運べば、最初は甘く、次に酸っぱく、飲み込んだ後で舌に辛味が残る。鼻孔に香菜のクセになる香りが抜けていき、ふつふつと額に汗が浮く。こうなれば、多少暑く湿った風でも涼を連れてきてくれる。
もういちど。甘く、酸っぱく、辛い。
そして、かすかな焦燥感。
──ああ、そろそろ、まずいかな。
平麺を吹いて冷ましながら、娘は思った。
前に喰ってから、ひと月ぐらいにはなるか。
前回は
夫人には
ともかく、今度はできれば大物がいい。小物を喰っても、すぐにお腹を空かせてしまう。
下腹部のあたりをそっとさすって紛らわせると、今度は閉じた右目が細かく、くすぐったく震えた。
相棒が起きたのだ。
けれども店主に適当な説明をした手前、まぶたを開くわけにもいかない。
「食べ終わるまで待ってて」
と呟いたら
「食べながらで良いので、聞いて頂きたい」
と背後から声が飛んできた。
振り返ると、臙脂の
こいつだ、ずっと後をつけて来たやつ。撒いたと思ったのにしつこいなぁ。
娘の心中を量ることもなく、男は儀礼的に頭を下げると
「怪しい者ではありません。私は、ガノイの荘園からの使いです。失礼ですが、化け猫ユエ様ですね?」
と続けた。
※ ※ ※
「女ばかりを好んで喰うモノの怪が出ております」
「食事中に聞きたくないです」
「最初は、野犬の群れかなにか、そういったものかと思っていたのですが」
「今ここじゃなきゃダメですか?」
睨みつけたつもりだけれど、片目だけに眼力を込めるのは難しい。
ちらりと見やると、おばさんの目つきが明らかに変わっていた。「異国の
話としては渡りに船。状況としては大変に迷惑。
ゆっくり食べたかったのにな、とユエは平麺をごっそり箸で掬った。
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