■行き先とコルロル
第7話
「そうなの?」、ちんぷんかんぷんで、リーススに尋ねてみる。彼女も「さあ」と首をかしげただけだった。
「ま、君たちみたいにあどけない少女には、分からないだろうさ」と、彼は締めくくった。
あたしは、この男の持つ熱意のようなものが、はるか遠くの土地から吹いてくる真新しい風のようで、わけもなく居心地が悪かった。可愛い姪っ子のため、苦労してプレゼントを手に入れる。それはきっと、いい話なんだろうけど。
あたしが今感じているこの不快感は、本物だろうか? 時々思う。本当は感じるべき感情が失われているから、あたしの持っている少ない感情を、間に合わせで働かせているんじゃないかって。
だって、こんないい話を聞いて、不愉快に思うなんておかしいじゃない?
いい話だと頭では理解しているのに、まったく違った気持ちを催す。自分は仏頂面の人形であるような、ちぐはぐな存在に思えてくる。この想いは、やつに会って以来ずっと付きまとってくる、粘っこい影だ。
道が開けた場所へ出た頃には、もう陽が暮れ始めていた。崖の向こうで静かに燃える太陽が、その姿を隠し始めている。あたしはとりとめもなく、その雄大な景色を目に映した。もう夜か、と思う。
「綺麗だな」、ライアンが感嘆の息を漏らしたのが聞こえた。後ろを振り返る。辺りはオレンジの光に満ち、目を細めた彼の横顔も、ぼうっとオレンジ色に染められていた。
「そう思える心が、綺麗なんじゃないの?」
潤ってる、ていうのかな。感動している人って、真空で清冽な水の球みたいなイメージ。ちょんと指でつつくと、呼応して全体が揺れて、でも、あんまり揺らしすぎると、弾けて溢れだしてしまうような。
彼は「え?」、と驚いたあとに、ははっと笑う。「どうしたんだ急に。綺麗じゃないか、普通に」
普通に、と口の中で繰り返す。あたしは弓を握る手に力をこめた。
今日はこの山で野宿をすることになった。テントを張ったり、ランタンに火を灯したり、食事を出したり、そういう一切の準備は、ガルパスおじさんが連れてきた二人の大男が手早く済ませてくれた。専門の人と言っていただけあって、慣れた手つきだった。そしてこれは専門の人だからなのかは分からないけど、彼らは一言も喋らなかった。
「それにしてもリースス、レーニス」、ランタンを囲んで食事をしていると、おじさんはふと気がついたようにあたし達を見た。「二人とも、なんだか感じが変わったね」
「そうなの?」、あたしは以前の自分がどうであったか、よく思い出せなかった。「それはきっと、やつに感情を」、横から小突かれる。
「おじさんに会ったときは、まだ七才だったから」、リーススがそれとなく答える。それからこちらに顔を寄せた。「コルロルの話はしないでって言ったでしょ」
「そんな対応、マニュアルに載ってないじゃない」
「載ってなくてもするのよ。コルロルの話を避けて、普通に答えるの」
「なんで言っちゃダメなの?」
「変な子と思われるでしょう? コルロルが感情を盗るなんて話、誰がまともに聞くのよ」
「へえ、二人の子供時代、ちょっと興味あるな」、食事の輪には入らず、少し離れて壁にもたれているライアンが、パンをかじりながら言った。
「なんであなたが興味を持つの?」、あたしはライアンを一瞥する。
「ほら、それそれ。この年頃の女の子が不安定なのは理解してるつもりだけど、なんていうのか、愛想が足りないって感じかな。もったいなく思うよ」
「それは貴様を怪しんでいるからだ。心を開いていないんだ。その点、昔から知っている私には、二人は無邪気な笑顔を向けて……」、おじさんはあたし達を見て言葉を途切れさせる。何かに気づいたらしい。「どういうことだ、一度も笑顔を向けられていないぞ」
「それはそうだ、年頃の女の子にとって、親戚のおじさんなんて鬱陶しい存在でしかない」
「なに? 貴様!」
「そんなことはないわ、おじさん、私たち、人とあまり関わらず生活してたの。だからちょっと、表情が乏しいだけなのよ」
リーススは慌てて言い繕う。ほんのちょっと、口元を笑わせて。
「リーススは、元々こうじゃない」、あたしは少し硬くなったパンをかじる。「こういう性格なんだよ」
彼女がこちらを見た気がした。でも、なにも言わなかった。
「それで、どうなんだ? 今の生活は、大変だろう」、おじさんは話題を変え、それからはあたしたちのこれまでについて話し、おじさんの家族の話を聞いた。それはまるで、これから一緒に暮らしていくための、下準備をしているようだった。
でも、これからはおじさんと暮らしていく、という未来を、あたしはうまく想像できなかった。
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