■笑わない姉と、笑えない妹

第2話 



「本当に、それで行くの?」


 大剣と矢筒を背負うあたしに、リーススは問いかけた。振り返ってみたけど、やっぱり彼女は無表情だった。


「その怪物に会えたとして、本当に戦うつもり? 正気? 殺されるだけよ。そもそも、どこにいるかも分からないのに」


「そんなことない。うんと体を鍛えたし、あたしにはとっておきの策略もある」


 胸に手を押し付ける。彼女は「策略?」と眉根を寄せた。


「コルロルは……あー、名前を呼ぶのも腹立つ。やつね、やつ。やつはこの十年ほど人間を襲っていない。探せる場所は全部探したけど見つからなかった。つまり、人目につかない場所に身を隠してるってことよね?」


「そうね」


「人目につかない場所といえば、この辺りじゃアルスト山くらいのものじゃない? だからきっと、やつはそこにいると思うの。あそこは崖ばっかりで危険だから、誰も寄り付かないもの」


「それで?」


「でも翼を持つやつからすれば、崖くらいなんてことない。恰好の隠れ場所でしょ?」


「そうかもしれない」


「そこで弓矢が役に立つ。誰もいないと思って呑気に飛んでるやつを、弓矢で打ち抜くの」


 リーススはこめかみを指で抑え、ため息を吐いた。


「葬式って、お金も手間もかかりそうよね」


「……死なないって」


「それなりに立派にしてほしい?」


「だから死なないわよ!」


「せめて剣と矢筒、両方を背負うのはやめたら? あなたの場合、矢と間違えて剣をとりかねない」


「でもそれじゃあ……接近戦になると困るし」


「そもそも、本当に感情を盗まれたの? 文献を見る限り、コルロルは殺戮者でしかないけど。人殺しの怪物に、感情を盗む力があるっていうの?」


 彼女の冷ややかな目は、心なしか、あたしの胸辺りを見ている気がした。

 リーススは、冷たい人だと思う。彼女はあたしの双子の姉であり、父が亡くなって以降は、協力し合って生活してきた。それなのに、彼女が笑った顔を見たことがない(冷笑と失笑は除いて)。


 長らく疑問に思ってきたことがある。本当に、彼女とあたしは双子なのだろうか?


 実はコルロルに感情を奪われてからというもの、それ以前の記憶が曖昧にしかない。理由はよく分からないけど、リーススと過ごした幼少期の思い出がほとんどない状態だった。


 もしかするとコルロルは、感情だけじゃなく記憶まで盗むのか、と推測を立てたりもしたけど、迷子になった時のこととか、親に叱られたことなんかは覚えているから、記憶を盗む、という説はあたしの中で否定している。


 感情を盗まれて以降の記憶は普通にあるんだけど、リーススはずっとこんな感じで、冷たくて無表情。彼女も感情を盗まれたのかと疑ったほどだ。でも、リーススはコルロルを見たこともないらしい(一度見たら夢の中で追い回されそうなくらいインパクトがあるから忘れるはずないしね)。


 まあ、双子なだけあって、顔は瓜二つなんだけど。

 そんなリーススを見ていると、時々思ってしまう。コルロルと会ったのが、彼女の方なら良かったのにと。きっと、リーススは元々持っていないから。喜びとか、楽しみの感情を。


 もともと笑顔を持たない姉と、笑顔を盗まれた妹。あたし達は滑稽な双子だと思う。


「とにかく」、話を元の筋に戻すべく、語調を強める。「あたしは死なないから大丈夫。ここまで来たら、もうアルスト山しか考えられないから、危険でも行くしかないの。せっかく懸賞金まで賭けたのに、目撃情報のひとつもないなんて、アルスト山に身を潜めているに違いないんだから」


「懸賞金って、あれのこと?」


 彼女が寄りかかっている、小屋にしか見えない建物が、あたしたちの家だ。辺りに家はない。ぽつん、という響きがよく似合う佇まいだ。


 家の壁には、お手製の指名手配書が貼ってある。似顔絵は自信作でかなり似てるし、目撃情報だけでも懸賞金を出すと明記している。手配書を指差し、リーススは内容を読み上げた。


「コルロルの目撃情報求む! 有力な情報には金のどんぐりを十個! コルロルを捕まえた者には金のどんぐりを一升!」


 ちら、流し目がこちらを見る。


「……なによ」


「こんな場所に貼ってたって、誰も見ないし。それにあなたがやらなくても、国がもうずっと前からコルロルに多額の懸賞金をかけてるわ。だいたい、どんぐりのために誰が命をかけるっていうの?」


「ただのどんぐりじゃない」、あたしはリーススに顔を寄せた。「金色よ?」


「じゃあ訂正するけど、誰が金色なだけのどんぐりのために、命をかけるのよ」


「俺がかけよう」


 背後からの声。太い木の幹みたいに、しっかりした大人の男の声だった。あたし達はそちらへ顔を向ける。男が1人、草原を背に立っていた。荷物で膨れた大きなリュックを背負い、旅の途中、という様子だ。


「ちょうど良かった。姪っ子への誕生日プレゼントを探してたんだ」、男は軽快に話し出す。「でも誕生日ってやつは毎年やってくる。いつも絵本やぬいぐるみじゃつまらないだろう? ちょっと変わったプレゼントを探してたんだ」


 背が高く、たくましい体つきのその男は、こちらへ真っ直ぐ寄ってきて、手配書を剥がして眺めた。


「いいねえ、金のどんぐり。最高のプレゼントになりそうだ」


 凛々しい眉が持ち上がる。目鼻立ちがはっきりした顔で、にっと笑えば、健康な白い歯が、ピアノの鍵盤みたいに並んでいた。誰かの笑った顔というのは、それだけで新鮮だった。モノクロな景色に、太陽だけ黄色く塗ったみたい。すごく存在感がある。



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