半翼のイクジスタンス

@aoyama01

導入

 五月の群青を前に俺は混乱していた。

 パソコンデスクと食事用の机だけが置いてあるフローリングの一間にて、俺は頭を抱えていた。視界に表示された少女のプロフィールは誕生日などの個人情報と俺の妹であることを表示している。

 目の前には窓越しの青空を背にした少女が立っている。繊細な印象を持たせる柔らかな亜麻色の髪の毛は腰までの長さがあり、大きな紫がかった目は真っすぐにこちらをじっと見据えている。外見は十代半ばほどだが、顔にはどこかあどけなさが残っているため正確な年齢はわからない。 

 初夏に似合うシンプルな若緑のロングスカートの上に白いカーディガンを背負い、両手にはベルトのついた革のトランクケースを吊るしている。

 少女だけ見ればこれから山間の別荘へ出発する令嬢にも見えた。

 いつもの調子なら可愛いなと自然に口に出る程度には、春の花のような可憐な姿をしていた。

 だが、混乱する頭を押さえ、今にも倒れそうな体を壁に預けている俺にとって、最早どうでもよかった。先程の一言と、何故か合鍵を持っている時点で全て飛んだ。

 冷静になるために深呼吸する。幾分か酸素が回ったところで、目だけを上げて少女を視界に入れた。彼女は相も変わらず俺を見ていた。先程の発言を否定する様子はない。まるで当然のことのように堂々としているようにも見える。

 だからこそ俺は問いかけた。

「……今、なんていった?」

 驚くように右手を口に当てた。だが、数秒後手を丸めてわざとらしく咳をして、あー、あー、と透き通った高音を調整した。

「声が小さくて聞こえなかったんですね、ごめんなさい。今度は大声ではっきり言います!」

 素直に申し訳なさそうに謝罪する。天然なのかはぐらかしているのかわからない。

 そうでなく内容がな、と否定する前に少女はトランクケースに手を戻し、満開の花のような笑みに変わる。

「今日からここに住むことになりました。妹の桜庭春花です!よろしくお願いします!」

 元気な大声で先程と同じ言葉を言い、先程と同じく大げさに礼をした。

 数分前の再演に頭痛と共に現実を強引に受け入れさせられる。現状が信じられなかった。

 そもそも誰か来るなんて聞いてない。同居するとも聞いてない。家主からも一言もなかった。

 それどころか俺に妹なんていない。

 耳にしたこともなく、会ったことのない少女の一言は妄言と一蹴できるはずだった。一方で髪の色も、目の色も同じであり、細い眉も俺の面影があった。これらの要素は全否定できないだけの証拠だ。他人というにはあまりにも似すぎている。もし見ず知らずの他人に兄妹だと紹介すれば簡単に信じる程度には似ていた。空似だけなら良いにしても同居する意味が分からない。思い当たる節は全くなかった。

 少女は顔を上げて、首をかしげた。聞こえなかったのだろうか、という困惑だろうが俺には詐欺師が隙を伺っているようにも思えた。

 お前は誰なんだ?

 疑問だけが回り、他のことが考えられない。

 ただひたすら混乱する頭は理由を求めて、今朝の記憶へ意識を飛ばした。

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