二次元の反乱

梅枝

プロローグ

「絵画・漫画・アニメ――いわゆる二次元のキャラクター達が現実世界に現れたのは、今から15年前のことだ」 


 暗い森の中。木々に溶け込む迷彩柄のテントの中。

 吊り下げられた筒状のライトは煮立ったスープだけを照らす。


 俺はほとんど具が無いスープをかき混ぜながら語る。

 対面に座る少女はそれを聞いている。


「順を追って説明しよう。ある所に科学者がいた。そいつを一言で表すなら、陳腐な表現だが「天才」という言葉がふさわしいだろうな」


 そう語ると少女は暗闇の中、頭をかしげながら言う。


ですか……ちょとイメージしづらいかもです」


「そうだな……具体的に言えば、そいつが発明した技術を売り込めば小国の国家予算くらいの金にはなっただろうな」


「うーん、やっぱり想像もつかないです。そもそも「お金」を使ったことが無いですし。でも、漫画ではよく出てきますよね! お金ってそんなに集めて嬉しい物なんですか? あんな紙っぺらより、私はお肉のほうが好きだなー!」


 どうやら少女は根本的に「お金」のことを理解していないらしい。しかし、今は説明する必要もない。既にだ。俺は適当にあしらう。


「さぁ? 焼いて食べたら美味いんじゃねーの? 話を戻――」


「そっか! 生で食べたから美味しくなかったのかー……」


 食べたことあるのかよ。掘り下げると怖いので無視した。


「は、話を戻す。残念なことに『天才』にはつきものかもしれないが、そいつは何処か「抜けていた」」


「急に親近感が湧いてきました! 私も天才ですし、ドジっ子なところも似てますねぇ!」


 自分で言うな。無視無視。


「人を疑うことを知らなかったそいつは、発明したモノをことごとく友人や上司、時には恋人にまで盗まれてしまった」


「酷いです! それでどうしたんですか!? あ、わかった! ここから大逆転のどんでん返し、大団円への復讐劇が始まるんですね!?」


 俺は頭を振る。


「いや、そいつにそんな度胸は無かった。逃げたんだ。もうこれ以上誰かに裏切られたくないと思い、そいつは逃げた。その逃げた先というのが、漫画・アニメ・ゲーム。いわゆる二次元の世界だ」


 俺の声は自分でも分かるほど暗く低く落ち込んだ。


「幼い頃から勉強しかしてこなかったそいつにとって、二次元の世界は刺激的で新鮮で、だが心安らぐものだった。いつでも自分を受け入れ、裏切らない二次元の世界はあまりにも居心地が良すぎたんだ。


 ほどなくすると、そいつはある漫画の一人の少女を本気で好きになった。そしてある日、そいつは自身が所属する研究室で高らかにこう宣言する。「俺は二次元の嫁と結婚する!」と」


「わぁ。素敵な夢ですね!」


「その場に居合わせた多くの研究室仲間、いずれも天才に並ぶ秀才たちは「流石は天才だ。『次元が違う』」と思ったとか、思わなかったとか。

 普通ならそれは世界中のオタクが夢想する切ない願望だったが――そいつは普通ではなかった。そう、そいつは「天才」だった。誰も見たことも聞いたことも無い技術で、いつの間にか作り上げていた。『二次元を三次元に呼び出す装置』を。当人も思っていなかっただろう。後にこれがなんてな」


 一呼吸置き、俺は続ける。小うるさい少女も流石に黙って聞き入る。


「僅か数ヶ月たらずでそいつは見事にあっさり漫画の中から惚れた少女を三次元の世界に。三次元の世界に呼び出された少女は当然戸惑い、ラブコメよろしく色々あったが2人は結ばれた。こうして2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 ――で、終われば良かったが、そう簡単にはエンドロールは流れなかった。2人が世間から隠れ、ひっそりと暮らし始めてからしばらく経った頃。『二次元を三次元に呼び出す装置』が誰かに盗まれた。


 天才科学者がそれに気づいた時には、自分が呼び出した覚えのない二次元の者達がそこかしこに現れ始めていた。たった一夜にして数百の絵画・漫画・アニメからキャラクター達が現れ、2日も経てば、その数は数十万を超えていた。世界が異変に気づき、メディアが騒ぎ始め、政府が重い腰を上げた時には――もう遅かった。


 二次元から飛び出した者達が、今まで平らな世界に閉じ込められていた鬱憤を晴らすかのように、人類を襲い始めた。


 魔法・超能力を持つキャラクター達。

 人々が夢想した怪獣・聖獣・魔獣。

 神話や伝説で語られる神々と英雄。

 何百年も先の技術で作られた未来のロボット兵器。


 現実世界に生きる人間では、まさしく異次元の力を持つ奴らの力に敵うはずもない。僅か数日で二次元の者達が地球を支配しました、とさ」


 沈黙。夜の森の静寂がテントにも広がる。


「人はもう、滅んじゃうんでしょうか? この話に続きは無いのでしょうか…」


 少女の悲痛な問いに、俺はスープを強めにかき回しながら答える。


「これからどうなるかは俺も知らねぇよ。ただ、。俺達がその証拠だ。そんでもって、その馬鹿な天才科学者と違って逃げたりはしない。……大逆転のどんでん返し、大団円への復讐劇に向けてこの話は鋭意製作中だ」


 掬い上げたスプーンには小さなジャガイモと人参が乗っていた。


「そ、そうですよね! 『人類先生の次回作にご期待下さい!』ってことですよね!」


「いや……なんかその言い方だと不吉だろ。打ち切りエンドかよ」


「あれ、そうですか? じゃあ、『俺達の戦いはこれから――」


「それも打ち切りエンドだ! 分かって言ってんだろ!」

 

 俺のツッコミに少女は笑った。

 

 しかし、あながち間違いでもない。絶望に思える人類にもまだは残っている。二次元から現れた生命体。"二次元種"と呼ばれる奴らに対抗しうる、があるのだ。


 十数年という長い年月、虐げられた人類はしたたかに牙を磨いていた。――そう、二次元が起こした反乱はまだ決着が着いていない。

 

 人類の戦いはこれからだ。

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