10.転性聖女の娘の登録試験1

「おーい、グスタフ!」


 内緒話が終わったのか、優男が遠くの席に座っている青年に声を掛ける。

 食事をしていたのか、青年はサンドイッチの様なものを片手に

此方に向かって歩いてくる。


「アッシュさん、どうしたんですか?」

「お前、登録試験の試験官やってくれないか?」


 このグスタフという青年も支部長程では無いが、

しっかりした体つきをしている。

 半袖から覗く筋肉や、手入れが行き届いた剣、

その纏う雰囲気から中々の実力ではないかと伺える。


「この二人が試験を受けるんだ。可愛い女の子、好きだろう?」

「え、ガキじゃないですか。それに俺、Cランクですよ?」


 え、Cランク?Dじゃなくて?聞いていた話と違いませんか?

 それにCランクがどれ程のものかは知らないが、

こんなに華奢な女の子たちと体格の時点で差がありすぎる。

 グスタフさん、パッと見、少女を虐める青年と言う

酷い絵面になるけど大丈夫ですか。

 断らないと時代が時代なら通報間違いなしの案件ですよ。


「良いじゃねぇか。Cランクに上がったばかりなんだ、

 Dランク最後の仕事ってことで頼む」

「ダグラスさん。ガキの面倒見るのは苦手なんですがね」


 そう言ってグスタフさんはわざとらしく肩を竦めるが、

支部長にお願いされたからか渋々といった感じで承諾した様だ。

 そこはもう少し食い下がって断って欲しいところだったが。


「二人とも、この人はグスタフ。最近Cランクまで上がった有望株なの。」

「どうも。私はハル、この子はアキです。よろしくお願いします。」


 ルシルさんが紹介してくれたので、此方も挨拶を返しておこう。

 

「ふん、ガキなんだから冒険者なんかにならず、

 どっかの小間使いでもしてろよ。何なら紹介するぜ?」

「本当に口が悪いんだから。二人ともごめんね」


 中々に風当りが強いな、睨まれてしまった。

 これは残念ながら試験も易しくしてくれなさそうだ。

 駄目もとで、愛想笑いでもしておきますか。


「あはは、すみません。お手柔らかにお願いします」



 そうこうして、模擬試験を行うために町の外まで移動してきました。

 試験は北門から直ぐの更地で行うことになっているらしい。

 あ、また会いましたね、ロブさんこんにちは。


 さて、監督として支部長、試験官としてグスタフさんが

居るのは分かるんですが優男とルシルさんはどうして

長椅子を用意して座っているんですかね。


「あはは、お酒おいしー」

「ルシルさん、飲みすぎには注意ですよ」


 昼間だと言うのにルシルさんは既に酒盛りを始めている。

 足元には多数の空いた酒瓶が……

 もしかして、ルシルさんは残念な美人さんではなかろうか。


 そして、よく見ると更地の周りに結構な人数の人だかりが。


「皆、君たちの事が気になっているみたいだ。

 グスタフも注目株だし、若手にはいい勉強になる一戦だね」

「れすねー、支部長の眼力に耐える新人とか要注意ライバルれすしへ」


 いやいや、絶対に娯楽に飢えているだけですよね。

 なんか、弁当や飲み物を売ってる人も居れば、

仕合結果について賭け事まで始まっていますよ!

 アルフもベルも長椅子に座ってお弁当を食べているし。

 私も後で買いに行こう。

 って言うか、ルシルさん、既に呂律が回らない位酔ってますけど、

いろいろと大丈夫ですか!?


 グスタフさんは、この妙な空気感の所為で居心地悪いのか

頭を掻きながら大きく溜息をついている。

 先ほどよりも眉間に皺が寄っており、イライラが見て取れる。

 それを察したのか、支部長が少し大きめの声で仕切りだした。


「すまねぇなぁ、お嬢ちゃん達。

 この町は娯楽が少ないから多少の野次馬は勘弁してくれ。

 で、どっちからやるんだ?」

「では、私から……」

「私。かーさまが出る幕では無い」

「ったく、可愛げのないガキだな」


 普段は表情に乏しいアキだが、端から見て分かるほどにやる気が溢れている。

 グスタフさんは苛立ちを隠さずにそれに答える。

 子供に先に戦って貰うのは情けないやら後ろめたいやらだが、

実際問題、アキの方が私より遥かに戦闘能力がありそうだし、

ここはアキのやる気に甘えるとしよう。

 それに、いくらなんでもこんな小さい子には乱暴はすまい。

 し、しませんよね、グスタフさん。


「それじゃ、グスタフと小さいお嬢ちゃん、

 準備して位置につきな」


 子供のデビュー戦、準備だけでもしっかりしよう。


「余分な荷物は置いて」

「ん」

「武器は持ちました?」

「ナイフもった」

「服や靴に緩みはありませんか?」

「ない」

「防御魔法かけときますね。エアシール」

「ん」

「お手洗いは大丈夫です?」

「大丈夫」

「降参用の白旗持ちました?」

「いらない」

「今晩は何が食べたいですか?」

「焼肉以外」

「承知しました」

「かーさま、行ってくる」

「危なくなったら、ちゃんと降参してくださいね。

 頑張ってきてください」


 そうしてアキは期待してくれと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、

ふふふと声を出しながら歩いていった。

 子供を幼稚園に送り出す親はこんな感じなのだろうか。

 今回はもっと物騒な感じですけど。

 対してグスタフさんは大きな剣一本を担ぎ、

無言で定位置に向かって歩いていく。

 そんな中、私とベルは手を振ってアキを見送った。


 さて、アキを送り出したことだし、自身の準備もしましょうか。


「おじさん!お弁当二つ下さい!

 あと、少女の勝利に大銀貨1枚賭けます!」


 グスタフさんの手加減に期待してます。

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