第五話 遊泳場の決戦! グラドルレンジャー変身不可能?

レジャープールへGO!

 スタジオでの新作グラビアビデオの撮影を終えた新城が、帰り支度を調えて控室から廊下に出ると、部屋の前で撮影スタッフの青年が一人待ち構えていた。


「新城さん、渡したいものがありまして、待ってましたよ」


 青年はそう言って新城に近づき、手に持っている紙片を差し出す。


「よかったらもらってください」

「何かしら、それ?」


 新城は青年が摘まみ持っている紙片を見てみる。紙片は先月新しく開設、営業を開始したレジャープールのクーポン券だった。


「プールのチケットを私にくれるってことかしら?」

「そうです。そうです。自分仕事で多くて行く暇ないんであげますよ」

「気持ちありがたいけど、チケット一枚じゃ……」


 やんわりと理由を付けて断ろうと口を開くが、青年は心配無用と言う笑顔でチケットを摘まむ指を滑らした。

 チケットが扇のように広げて、五枚持っていることを示した。


「ここに五枚もあります。知り合いでも連れて、ぜひ行ってきてください」


 五人と聞いて、新城の頭にはグラドルレンジャーの仲間の顔が頭に浮かぶ。久しぶりに五人揃って気晴らしに出掛けるのも悪くない。


「それじゃ、ありがたくもらうわ」


 新城は青年の手からチケットを取って微笑んだ。

 青年も新城に少しは喜んでもらえたかな、と思い顔を綻ばせる。


「たっぷり遊んで来てください。それではこれから自分は編集作業があるんで、お疲れさまでした」


 掌を向けて新城に労いの言葉を口にすると、青年は廊下の右手の角を曲がって次の仕事に向った。

 青年がいなくなった後、新城は再度チケットを見る。

 チケットには、『OPENサービス! 料金半額クーポン券』と映えるゴシック体で書かれてある。

 プライベートでのプールなんて、いままで行ったことなかったからちょっぴり楽しみね、と新城は早くも口元を緩ませて、愉快な想像を膨らませた。



 八月二十一日。今日の地球温暖化のせいか、夏の暑さは一向に衰えず、秋の到来を阻んでいるかのようだ。

 暑夏の日が続く中、グラドルレンジャーの五人はこの日、いつになく車内が混んだ市営バスに文字通り揺られていた。

「ふんっ」

 吊り革を掴んでいた手に力を入れて、なんとか後ろに倒れるのを免れた栗山は、次に襲った逆の揺れに合わせて体勢を戻した。


「全く酷い揺れだな」

「全く酷い揺れだな、じゃないよ。あたしを背もたれにしないで」


 入り口側のドアに立っていた楠手が、先程まで自分にもたれかかっていた栗山に文句を垂れた。

 栗山は首だけを楠手に向ける。


「そんくらいでぶちぶち言うなよ。満員電車だったらこんなもんじゃねーぜ」

「満員電車と比較すれば私が納得すると思う?」

「納得してくれよ。別にわざとじゃないだからよ」

「揺れが無い間も人にもたれかかってた人が言う台詞じゃない」

「いや、すまん」


 楠手がちょっと厳しめに言ってやると、栗山は顔の前に空いている手を出して、へらへらと詫びた。


「よく楠手は耐えられるわね」


 二人の様子を栗山の右斜め前の座席から見ていた西之森が呟いた。

 正面で腿にプールバッグを載せて座る上司が首を傾げて尋ねる。


「西之森さんなら、栗山さんになんて言ってましたか?」

「もたれかかられる前に全力で押し返してたはずね。他に人に迷惑だろうけど」

「ふふっ。意外と乱暴ね、西之森さん」

 上司の隣で大きめのハンドバッグを膝に置いて腰かけている新城が、西之森の返事を聞いて笑い声を出した。


「手で受け止めるくらいだと思ったわ」

「受け止めなんてしたら、余計にもたれかかってくるわよ」

「栗山さんでもそこまではしないと思いますけど」


 上司がやんわりと否定を挟むと、露骨に眉をしかめる。


「甘いわね。あの悪びれてない顔を見なさい」


 西之森が憤慨して言うので、上司は座席の上で前屈みになって、入り口付近の吊り革に掴まる他の客の隙間から栗山を見た。

 栗山は天井から下がる車内広告を斜めに仰いで、大きな欠伸を漏らした。


「栗山さん。眠そうです」


 そんなこんなで程なくして、次の停車場所が森尾文化広場前だというアナウンスが流れると、バスの中にいた客の多くが運転席傍の出口に移動し始めた。

 五人も乗客たちの移動に合わせて、バスを降りる。

 森尾文化広場は博物館や美術館、さらには文化ホールなどが複合的に同じ敷地内に集められた、市営の公共施設だ。

 先々週には新たに敷地の最奥に市民レジャープール施設も開業し、さらなる市の活性化を目指している。

 そのレジャープール施設へ、バスから降りた人々は歩いていく。


「皆、プールへ遊びに来たんですかね?」


 奥へ歩いていく人の多さに上司は目を皿にした。


「まあ、これだけ暑いと。皆、プールに来たくなるよ」


 パタパタと片手で貧弱な風を浴びながら、楠手がさもありなんと言う。


「急いだほうがいいんじゃないかしら」


 西之森が人の流れを眺めながら、少しの焦りを口調ににじませる。

「開業日には人数制限があったって聞いたから」

「あらまぁ、確かにそれは急いで受付に行った方が良さそうね」


 あんまり急ぐ必要がなさそうな声で新城は同調する。

 西之森の話を聞いて、栗山が疑問ありげに首を傾げた。


「レジャープールとか一回も来た事ねぇからわかんねぇけど、そんなにも人が来るもんなのか?」

「知らないわよ、私も。気になるなら自分で調べればいいじゃない」


 親切心の欠片もなく西之森は言葉を返した。

 そんな冷たく言うことねぇだろ、と不満そうにぼやく。


「どれくらい人が来てるのかわからないけど、少し急ぎましょう」


 楠手が話を戻して促した。

 五人は足を速めた。

 だが五人の予想ほどの混雑は起きておらず、たいした滞りもなく五人は入場ゲートまで着いて、窓口の女性にチケットと少額の入場料を支払った。

 窓口の女性は五人から受け取ったものの確認が終わると、客側から見えない抽斗からチャック付きのポリ袋を一つ摘まみ取って、窓口越しの五人に見せる。

「当施設の遊泳スペースではお客様の怪我防止のため、指輪やネックレスなどのアクセサリーは持ち込み禁止となっておりますので、もしそれらの物をお持ちでしたら、この袋に入れてこちらでお預かりします」


 五人はすぐにヒーローネックレスのことに思い至り逡巡した。


「これって預けてもいいもんなのか?」


 栗山が服の襟ぐりの間から覗くネックレスを指さして、他の四人に伺った。

その質問に仕事のグラビア撮影以外では外したことがない全員が明解な答えを出せず、結局は規則なので仕方ないと割り切って五人はまとめて袋にネックレスを入れチャックを閉めて、窓口の女性に渡した。


「お帰りの際に忘れずにお取りに来てくださいね。それではごゆるりと楽しんできてください」


 窓口の女性のささやかな営業スマイルで見送られて、五人はゲートを通過し女性更衣室の方へ向かった。



 森尾文化広場の裏門から、一人の大学生らしい青年がレジャープールへ歩いていた。

 青年は近くの大学に通う学生で、夏休みの短期バイトでレジャープールの貴重品預り所での仕事を受け持っている。

 青年が欠伸を隠す気もなくかましながら、レジャープールの裏口へ歩いていく。

 職員駐車場が隣接した裏口の前に青年が着いたところで、後方の茂みからがさがさと音がした。

 青年は茂みの方に振り向くが、特段何者の姿もない。

 風で揺れただけかな、と思い、裏口のノブに手をかけようとした刹那。

 脊髄から全身に渡って高圧電流を流されたような痺れに襲われた。

 痺れが身体から抜けぬまま、青年は気を失ってその場に倒れる。


「気絶したか」


 倒れた青年を数歩離れた位置から見下ろして、丸眼鏡で小太りで肌が脂ぎっている見た目キモオタクのギャルゲ大佐が、青年のくるぶしの辺に立つ部下のピンクタイツに確認するように訊いた。

 ピンクタイツはギャルゲ大佐に頷く。


「そいつのバッグの中に制服が入っているはずだ。探せ」


 彼の指示でピンクタイツは、青年が背負っていたナップザックの口を開けて手を入れ、中をまさぐる。

 目当ての物らしき布を掴むと、他の物を手首で退かしながら引き抜いた。

 引き抜いた紺色の布を片手で広げて、ギャルゲ大佐に向ける。


「間違いない、その服だ。ついでにこの男の服を剥いで、この男のふりをしていろ。ここまでは作戦通りだ、いいな」


 ピンクタイツは首肯して青年の身ぐるみを全て剥ぎ取ってそれに着替えると、青年を跨ぎ越えて裏口から施設の中に入っていった。

 部下の姿が閉まった裏口のドアで見えなくなると、ギャルゲ大佐は青年の前に屈みこんだ。

 丸められたポスターが二本挿してある背中のリュックサックの外ポーチから、拘束用の荒縄を取り出す。


「俺も平怪人だった頃は、よく人を縛ったものだ」


 シキヨクマーに改造手術をされて以降の自分の成り上がりの経過の記憶が、ふと脳内で再生された。

 失敗は恥とされながらも性犯罪の最前線にいた平怪人時代は、一度の失敗もなかった。

 しかし幹部に昇進してからというもの、グラドルレンジャーによって配下の平怪人達が次々と下され、幹部としての面目を失ってしまった。

 それでもギャルゲ大佐の心中は、己への自負で固まっている。自分は失敗しない、という絶対の自負。


「今日はグラドルレンジャーの命日だ」


 彼の決意の籠った呟きは、人のいない駐車場に溶け消えた。

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