交戦2
「パープル、どこ行くんだよ?」
唐突に建物に向って駆け出したパープルに、ブルーは理解が出来ず背中へ問いかける。
カメラーンは人質のいる部屋へパープルが走るのを目に捉えると、人質が解放される事態を危惧して矢庭に同方向へ走った。
パープルは建物のドアを壊れじゃないかと思う程、勢いよく開けた。
中では光那が後ろ手に拘束されたまま椅子ごと横倒れになり、彼女の口の前に防犯ベルが落ちており、けたたましく鳴っている。
「今、助けるわ」
光那は猿轡で声にならない呻きで返事をする。
部屋に足を踏み入れ光那のもとへ駆け寄った。
猿轡を外してやり、顔を覗き込みながら尋ねる。
「ケガはない?」
「後ろ!」
光那はとっさに叫んだ。
パープルの背後にカメラーンが肉迫し、拳を振り上げる。
パープルは背後を振り向こうとして、直後頭蓋をふき飛ばすかと思われるほど強烈な一打で横へ突き倒された。
「人質は渡さん」
パープルを殴り飛ばしたカメラーンが、床に倒れたパープルを見下ろしながら吐き捨て、光那の華奢な肩に腕を伸ばす。
「いやっ」
光那は身体を捻って伸びてくる腕から逃げようとする、がしかしカメラーンに右肩をあっけなく掴まれてしまう。
「光那ちゃんから手を離して!」
カメラーンを追って入ってきたレッドが、カメラーンに向って叫ぶ。
「誰が大事な人質を離すか」
「離してって言ってるでしょ!」
聞き分けない相手に業を煮やして、レッドはカメラーンの肘を目掛けて足を突き上げた。
土器が砕けるような音を立てて、カメラーンの肘関節の骨が粉砕した。
「ギャアアアアアア!」
カメラーンは神経を貫く激痛に、悶絶の叫喚を上げる。
関節の壊された腕は光那の肩から剥がれて、脱力し垂れ下がった。
ここぞ、とばかりにレッドが光那に手を伸ばす。
「させんぞ」
カメラーンはサッカーのボールキープのように背中でレッドを押し退けながら、人質の身柄が相手の手に渡るのを阻止して、光那を服ごと懐へ引き寄せた。
カメラーンの膂力に光那は術なく抱き込まれる。
「ああ、もう」
目前で光那に手が届かず、レッドは地団太を踏んだ。
「ははは。易々と人質を奪われてたまるか。命令遂行のためには必要な道具なのだ」
外でピンクタイツを倒したブルーとイエローとグリーンが部屋に入ってくる。
「残るはお前一人だ」
「降参して、人質を放してください」
「五対一よ。勝ち目はないのよ。諦めなさい」
三人は投降を呼びかけた。
「降参などするものか」
カメラーンは断固として投降を拒み、光那を懐で抱いたまま身体を翻して壁により、グラドルレンジャー五人と対峙する。
「これでお前達は必殺技が使えまい。使えば、この子も巻き添えでドカンだ」
頭数での不利を認識しつつも、カメラーンは強姿勢を崩さずに脅しをかける。
レッド、ブルー、イエロー、グリーンは光那を盾にされることを恐れ、緊張感を保ったまま無闇に手出し出来ずにまんじりと向かい合った。
その時、カメラーンの足首をむんずと掴む者がいた。
足元からの伸びてきた予期せぬ手に、肝を潰してカメラーンは足元に目を落とす。
瞬刻前に殴り倒したパープルが床に這いつくばって、カメラーンの足首を固く掴んでいた。パープルはおもむろに顔をもたげる。
激憤と怨嗟を湛えた、彼女の美貌からは想像つかない表情で、カメラーンを睨み上げている。
「な、なんだその目は」
敵の深怨を前にして背筋を怖気が走り、カメラーンは掴まれている足を激しく動かしてパープルの手を振り払う。
だが、パープルは表情を変えずに睨み上げたまま、手を床についた。
一息に起き上がると、眉をしかめて左の横頬を撫でる。
「あなたに殴られたところがまだ痛むわ」
「へ、へっ。俺の力に怖気づいたか」
不敵に笑った、つもりだったが口の端は酷く引き攣っている。パープルから感じ取れる目に見えない真っ直ぐな殺気を前に虚勢を張っているだけだ。
「光那ちゃんから手を放してくれるかしら?」
「ふん。人質を助けたければ必殺技とやらで俺を吹き飛ばすんだな。とはいえ人質も一緒に粉々に吹き飛ぶがなっ、うっ」
パープルの両手が喉首に伸び、避ける隙もないまま捕まえられた。
パープルが力を入れて締め付けると、カメラーンの言葉尻は苦し気に擦れた。
容赦ない膂力から逃れようと、カメラーンは力を振り絞り、相手の腹部へ膝を抉り込もうと蹴りを放つ。
しかし、目視のし難い速度でパープルの片手が首から離れて、腹部の手前で蹴りを受け止めた。
殺意の混じった正義の光が宿ったように、自身を捉える爛々としたパープルの瞳に、カメラーンは敗北を確信した。
確信した途端に弁が外れたように耐久力を失い、全身の筋肉が意思なく弛緩した。
カメラーンの腕に抱き込まれていた光那は、急に支えが消えて腕から放たれ、床に尻餅をつく。
光那の身が解放されたことを目の端に見て、パープルはカメラーンの喉首から手を離す。
どさり、とカメラーンは壁に背を沿って倒れる。辞世の句もないまま白目を向いて絶命した。
狂熱に似た殺意の糸が解けて、パープルは腕をだらりと下げて、敵から生気が消えたのを己の目で確かめた。
腕を支えにして座る光那の顔を向け、微笑みかける。
「ごめんね、恐い思いをさせちゃったわね。もう大丈夫よ、悪い人は倒したから」
「あ、あ、は、はい」
微笑んでくるパープルを光那は呆然と見返しながら、状況への理解が及ばない返事をした。
「パープル、ちょっといい?」
パープルの思わぬ行動に圧倒されて、後ろで静観している事しかできなかった四人の中で、光那と面識のあるレッドが気づかわしげに話しかける。
「なあに、レッド?」
レッドはパープルの耳に口を寄せる。
「あんな倒し方したら光那ちゃんトラウマになっちゃう。他に方法なかった?」
パープルは表情を幾らか暗くする。
「私もそう思うわ。でも身体がうごいちゃったから、仕方ないわよ」
「光那ちゃんトラウマになるよね、多分。となると記憶を消さないといけない……」
「あれ、二人って?」
不思議そうにした光那が、不意にレッドとパープルに尋ねた。
「変な格好してるから今まで気が付かなかったけど、綾乃さんと楠手さんですよね?」
レッドとパープルは言葉に詰まった。どう返答すべきか、互いに顔を合わせる。
「綾乃さんと楠手さん、それに他の三人の人も、私のために来てくれたんですよね?」
五人の誰もはっきりと認めはしなかったが、彼女らの無言から肯定と光那は受け取る。
「ご迷惑かけてごめんなさい。でも助けていただいてありがとうございます」
立ち上がり、持て余すほどの感謝で明るい笑顔を浮かべると、五人に向かって深々と頭を下げた。
光那の気丈で明るい笑顔を前に、記憶消去のことなど五人の中で誰も持ち出す気にはなれなかった。
そこで五人は規則に反した提案を考え付いた。
光那に限っては記憶消去を例外的に適用しない、と。
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