第19話 復讐の終わり
「どうやら邪魔な魔族を片付けてくれたみたいだな? リーン」
フォンの小迷宮に二人の侵入者が現れる。
カルロスとロロンドが別れて、二つある入り口を塞いでいた。
僕たちはちょうど中間地点で閉じ込められる。僕はカルロスを睨む。
「カルロス、お前の望みは何なんだ。地上に戻りたくなかったのか? どうして僕に固執する!」
「地上にはいずれ戻るつもりだが、その前に、俺をコケにしたお前を殺してやる。そして迷宮核を持ち帰り、富を得るんだ」
「……くだらない。金と名誉のために人を殺すのか?」
「ああ、魔族に魂を売ったお前は人ではないからな。良心も傷付かん」
「お前に良心なんてあったのか……」
血に浸った剣を握り締めてカルロスが立っている。
僕はその場を動かずに、ただずっと倒すべき敵を見据えている。
「追い詰めましたよ、地龍。もう一度私の魔法で邪魔な鱗を削いであげましょう」
「……できるものなら、やってみてください」
後ろの通路からはロロンドの声が。
僕とは少し離れた場所でフォンが立っている。
半森妖精は彼女に任せて、僕はカルロス一人に集中する。
もう一人の姿がない。事前の《魔力探知》にも引っ掛かっていなかった。
「――ダントの次はラミアを殺ったのか」
「変異種は旨そうに喰っていたぞ? 奴をやり過ごすのに、お前たちの真似をさせてもらった」
仲間を犠牲にしても、それがあたかも当然のように振る舞う男。
全身から禍々しい黒いオーラが発現していた。コイツのスキルなんだろうか。
吐き気を催すほどの邪悪。人間離れした威圧感が空間を支配している。
「お前たちに逃げ場はないぞ。そこの地龍も、バラシて俺の新しい剣の素材にしてやる」
カルロスがゆっくりと、時間をかけて近付いてくる。
《魔力探知》のおかげで、二ヶ所から攻め込んでくるのはわかっていた。
それに半森妖精が他者の記憶を覗ける事も知っている。
ダントの記憶を読んで、フォンの小迷宮の場所を把握したんだろう。
カルロスが歩くたびに仕掛けていた罠が発動する。残り少ない僕の手札たち。
「ハハハハハ、無駄だ。無駄無駄無駄ァ! ただの矢で止められるものかっ!!」
等間隔で射出される矢を、カルロスはいとも簡単に剣で弾き返していく。
剣の使い手は《集中》と呼ばれるスキルで、一時的に数倍の反射神経を得られる。
実力が伴った上での挑発だ。わざわざ避ける必要もないと。
徐々に距離を詰められていく。だけど、僕は頑なにその場を動かない。
「フンッ、俺を恐れて動けもしないか。ロロンド、さっさと邪魔な魔族を焼き殺せ!」
「ええ、わかりました。ここまで来ればもう十分でしょう」
背後で強い魔力の反応があった。小迷宮が魔力の炎で灯される。
ロロンドが《多重詠唱》で火球を大量に生み出していた。宣言通り地龍を貫くつもりだ。
「させません!」
フォンが迷宮核に触れて、魂無き獣を前に出す。
現れたのはブルースライムだ。詠唱中の隙を狙ってロロンドに殺到する。
「この程度のスライムで止められるとでも? それとも時間稼ぎですか?」
炎の塊がスライムを容赦なく焼き焦がす。
黒い煙が晴れて、ロロンドは足を動かそうとして、立ち止まる。
「――なるほど。スライムで視線を誘導、その間に私の前に新たな罠を仕掛けましたね?」
「こ、これ以上近付けば……泥沼の罠が起動しますよ!」
フォンは遅れて、脅すように叫んだ。しかし声に動揺が表れている。
完全にこちらの動きを読まれていた。下手な誤魔化しにロロンドは噴き出す。
「ふははは、泥沼の罠ですか。それはそれは恐ろしいですね。あまりにも恐ろしいので、これ以上……地上から近付くのはやめておきましょう」
ロロンドは浮遊の魔法を唱えて低空に浮かんだ。
泥沼の罠は重さに反応するので、空中の敵には発動すらしない。
そうして挑発するように、わざわざロロンドは泥沼の罠の上を渡っていく。
「はははは、お前たちの作戦もこの程度ですか? くだらない罠に頼りすぎましたね!」
もう一度、フォンに向けて火球の《多重詠唱》を始める。
「そうですね――――こうも作戦通りに事が進むと笑いが止まりません!」
「……それはどういう意味ですか?」
「こういう意味ですよ! 隙ありですぅ!!」
ロロンドの頭上、天井から落ちてきたのは、ここまでずっと潜んでいたミリィだ。
低空に浮かび、勝利を確信して高笑いをしていたロロンドに覆い被さる。そのまま地面に落ちた。
「う、うわああああっ!?」
同時に泥沼の罠が起動、二人まとめて沼の中に沈んでいく。
そう、全てが僕たちの思惑通りに進んだ。
カルロスたちの意識の中では、ミリィの存在が限りなく薄かったはずだ。
読まれたダントの記憶は、彼女が仲間になる前のものだし、実際に顔を合わせた時間も僅か。
そも僕と迷宮核を目的としているコイツらにとって、スライム族なんて眼中にすらなかったはず。
僕とフォンだけの状況に何の疑問も抱かず、ロロンドは挑発に乗っかった。
ブルースライムを向かわせたのも、ロロンドの《魔力探知》からミリィを隠すためだ。
《魔力探知》というのは常に発動しているものじゃない。必要に応じて発動させるものである。
目の前に弱いスライムでも大量にいれば、まずはそちらを優先するだろう。
そのあとに本命の罠が見つかれば、奴はこちらの作戦を突破したと考えて、隙を晒す。
調子に乗りやすい性格は、半月もパーティを組んでいた僕が知らないはずがない。
「ぐあっ……ぐぶっ、か、かるろすっ……ごぼっ、く、くるしぃ……!!」
「残念ですが、沈むのは貴方だけです! 観念してください!」
スライム族のミリィは自在に身体を変形させられるので、顔は沼の外に出ている。
どれだけ暴れようとも、弾力性のある身体には通用しない。弾かれ再び泥に埋められる。
「ごぶぅ……た、たすけ…………………………」
ロロンドはあっけなく窒息死した。
息がないのを確認して、ミリィが泥から這い上がってくる。
「ミリィ、大活躍ですね」
「フォンさんが囮になってくださったおかげです!」
フォンは彼女の活躍を称え、ロロンドの遺体から魔力を吸いだした。
「……チッ、ロロンドめ、しくじりやがったな!」
「たった今仲間が死んだっていうのに、それだけか、カルロス!」
「お前たちが殺しておいてよく言う!」
「ああ、そうだよ。僕にとってアイツは倒すべき敵だから。だけどお前は違うだろ!?」
「使えない奴はどうでもいい。俺が、俺だけが生きていれば【鋼の剣】は不滅だ!!」
カルロスが動き出した。未だ《集中》は途切れていない。
「――だったら。僕が今からお前の誇りを、【鋼の剣】を叩き折ってやる!!」
「そのちっぽけな罠で、できるものならやってみろ、リーン!!」
カルロスの剣が迫ってくる。達人の剣捌きだ。
僕は両目を凝らして、奴の動きを、剣の軌道を予測する。
これまでの半月、同じパーティでコイツの戦いぶりを見てきた。
たった一度、避けるだけでいい。
致命傷さえ防げれば、僕たちの勝ちだ。
「リーン……!」
フォンの祈るような声を合図に――――僕は背中をゆっくりと後ろに倒す。
小さな起動音が鳴る。首元擦れ擦れに奴の剣先が、次に視界に映り込むのは岩の天井。
重力に従って身体が落ちていく。やがて、遅れて一本の矢が頭上を通り過ぎていった。
「――――ガアッ、ぐぅ……うああああああああああああ!?」
僕が硬い地面に身体を打ち付けたあと、届いたのは剣ではなく男の呻き声だった。
「……あ、あああああ――――貴様、貴様貴様貴様ああああああああああああ!!」
「最後の最後で油断したな、カルロス!」
カルロスの肩に一本の矢が突き刺さっている。
口から血を吐きだし、混乱して、その場で剣を振り回していた。
僕の罠には味方を認識する機能はない。
それはつまり、僕自身が射程に入っても起動するということ。
カルロスが通路を歩いている間、等間隔で矢を放つように仕掛けていた。
奴の頭に一定のリズムを記憶させ、最後に、隠していた本命の矢罠を僕が起動する。
避けられるはずがない。奴にはギリギリまで、僕が邪魔で矢が見えていなかったのだから。
「ぐぶぅ……ああああああ……リーン、リーン、リーン!!」
「カルロス、お前に使ったのは毒矢だ。内側から臓器を腐らせる猛毒。もうお前は……おしまいだ」
「があっ、ああああっ、ぐううう……リーン、お前を殺して……ああああああああ!!」
顔を変色させて、カルロスは小迷宮の出口の方へと逃げていく。
毒矢は麻痺矢と違って全身に回るのが早い。ただの人間には耐性もないはず。
解毒薬も変異種に襲撃された際に落とした荷物の中で、癒し手のラミアもいない。
「……リーン、追わなくて良かったのですか?」
逃げていく様を眺めていた僕に、トドメを刺さなくて良かったのかと、フォンが問いかけてくる。
これまでの復讐を果たすチャンスではある。だけど、僕は首を横に振る。
「僕には復讐よりも大事な目的があるから。これでもう、十分だよ」
「そうですか。リーン……頑張りましたね」
「……ありがとう」
相手の裏切りから始まって、結局、僕は全員を殺してしまった。
自分の身を守るためとはいえ、達成感なんて何も感じない。ただ、終わったんだなと。
フォンは僕の手を強く握ってくれる。その温かい感覚が、やがて僕を平常心に戻してくれた。
◇
「ラミア、今すぐ俺の毒を治せ! ロロンド、何処に行った!? リーンを殺せ!!」
【幻影ノ森】の中を、カルロスはたった一人でもがき続けていた。
全身を蝕む毒によって、正常な判断もつかない。いなくなった仲間たちの影を追い続ける。
身体に纏わりついていた黒いオーラが剥がれていき、暴かれるのは情けなく顔を歪ます男の姿。
「ダント……お、俺に……解毒薬を……! は、早く……!」
内臓を溶かす猛烈な痛みに膝をついた。
徐々に狭まる視界に、涙が一向に止まらない。
みっともなく身体のいたる場所から液体が漏れ出てくる。
「た、助けてくれ……誰でもいい、俺を助けろおおおおお!!」
魔物が住まう森の中で、カルロスは泣き叫ぶ。
その視界の隅に何かが見えた。見覚えのある大きな鞄だ。
カルロスは思い出した。第二層を訪れて、最初に変異種に襲撃された場所だ。
「……ククク、アッハ、ハハ、神は俺を見捨てていない! 【鋼の剣】は不滅だぁ!!」
がむしゃらに鞄を開けて、中から解毒薬を取り出す。
一気に飲み干した。身体の隅々にまで薬品の効果を感じる。
若干の痺れと、内臓の痛みを残したものの、毒の進行を食い止めるのに成功した。
「……食料も一部は無事か。これで地上に戻り、リーンの悪行をギルドに報告してやる……!」
カルロスは鞄を持ち上げる。すると突然、中身が動き出した。
慌てて地面に投げ捨てる。剣先を使って、鞄の奥を確かめていく。
飛び出したのはレッドスライムであった。第一層から紛れ込んでいたのだろう。
「……お、驚かせやがって。さっさと失せろ!」
レッドスライムを追い立てる。
そしてもう一度、鞄を持ち上げようとしたところで――
「――へっ?」
カルロスは気付いた。目の前の木に大きな影が映っている。
その影は命を刈り取る鎌の形だ。弱った心臓の鼓動が早まる。慎重に首を動かす。
背後に立つのは第二層を支配する【森林の殺戮者】キラーマンティス。
レッドスライムを口に咥えて、涎を飛ばしている。その視線が男を捉えた。
「あ、あああ……や、やめろ! やめてくれえええ!! 俺はスライムじゃない!!」
逃げようとするが、身体が動かない。
まだ毒が残っているのか、それとも何者かの力が働いたのか。
鞄から出したダントの私物に引っ掛かり、地面を転がる。足に激しい痛みが走った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア」
目の前が真っ赤に染まる。
治ったはずの毒が足から再び全身に回り、幻覚症状が現れる。
仲間だ。死んだはずの仲間たちがカルロスを見下ろし、笑っている。
「ゆ、許してくれ!! 俺は悪くない!! 全てはリーンが! アイツが――――ゴブッ」
死神の鎌が腹を貫いた。悲鳴すら出なかった。瘴気を放つ口が近付いてくる。
「たすけ……て、おれは……しに……しにたく……ない」
男が流した涙ごと、頭から毟り喰われていく。こうして、【鋼の剣】は第二層で全滅した。
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◇【森林の殺戮者】キラーマンティス
第二層を支配する、ユグドラシルによって生み出された魔導生物。
両手に鋭利な鎌を持ち、安物の鉄装備をも簡単に切り刻む威力を放つ。
飛翔能力があり、空中からの奇襲も得意とする。更には口から毒を撒き散らす。
その殺しに特化した力は、第一層を制覇し慢心した冒険者たちの多くを恐怖に陥れた。
実は第一層に生息するレッドスライムが好物。
鞄の中に紛れ込んだスライムの匂いに誘われて、縄張りをも越えてくる。
レッドスライムを素材に使った薬にも反応するので注意が必要。
リーンの所持罠種
矢罠 9→2(-7)
矢罠(麻痺) 1
矢罠(毒) 1→0(-1)
トラバサミ 2
岩石罠 1
爆発罠 0
泥沼罠 2→1(-1)
移動床 2
ワープ罠 1
落とし穴 2
警報罠 2
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