第16話 復讐者と守護者
「カルロス……生きていたのか!」
「お前こそ、魔族に魂を売ったか。初めから気に食わなかったが、殺されて当然の奴だったんだな」
簡単に仲間を切ろうとした人間に一番言われたくない。
三人とも過酷な状況を生き抜いていたのか、以前よりも痩せ細っている。
最初は状況を飲み込めていなかったフォンとミリィも、僕の顔を見て相手を察してくれた。
ただでさえ見えない守護者の存在に脅かされているのに、余計な連中に絡まれてしまったものだ。
「貴方が、リーンを苦しめた元凶ですね……何の用ですか!」
「同じ人間さんなのに、どうして酷いことができるんです!?」
「黙れ、魔族風情が人間様に意見するな。コイツは屑だ。役立たずの上に主人に楯突いた糞野郎だ!」
「僕はお前を主人と崇めた覚えはないけど?」
「ハッ、汚いボロ雑巾のようなお前を拾ってやったんだ。感謝されて当然だろ?」
いつからパーティはそんな奴隷制度を導入したんだ。
ボロ雑巾は否定しないけど、尊厳まで失ったつもりはない。
「カルロス見ろ、あれは迷宮核だ。持ち帰れば大金を得られるぞ!」
「ほぉ、わざわざ俺たちの為に用意してくれたのか?」
ロロンドに教えられ、カルロスは機嫌が良くなる。
今必要なのは金じゃなくて食料じゃないのか。救えないほど馬鹿になってる。
「……ダントの姿がないけど。お前たちの馬鹿さ加減に嫌気が差して逃げたのかな?」
まぁ僕がそうなるように彼だけに食料を渡したんだけど。
ダントのことだから、カルロスたちの元に戻る可能性も考えていた。
仲間を見捨てて一人逃げだすような男とは思えなかったし。好きにすればいいと思っていた。
「ダントは――――殺した」
「え」
一瞬、理解を拒んだ。
部外者であった僕が切り捨てられるのは、百歩譲ってまだ理解できる。
しかしダントは【鋼の剣】の古参で、カルロスとは友人だったと聞いている。
その手で友人を殺したと、真顔でそんな事を言える奴がいるのか。
「奴は突然お前を庇いだした。俺たちの方が間違っているとほざきだした。お前とダントは最初から裏で繋がっていたんだな!? 奴も魔族に魂を売った裏切者だ、死んで当然だ!!」
「……なっ、本気で言っているのか!?」
無意識に拳を強く握っていた。血が地面に零れ落ちる。
僕はダントの事を今でも許していない。一度は見捨てられたんだから。
それでも、彼は謝ってくれた。過ちを認めてくれた。最初から悪人ではなかった。
コイツは――違う。
世界にはどう足掻いても常人には理解の及ばない人間がいる。
どす黒く、他者を蹴り落す事も厭わない。決して共存なんてできっこない人間が。
「まともじゃない……お前は、お前は生きてはいけない人間だ!」
「それは俺の台詞だ。どうする? 目の前でお得意の罠を使うのか!?」
「くそっ……!」
カルロスたち【鋼の剣】はDランクだ。
S、A、B、C、D、E、Fの七段階評価での下から三番目。
第二層の変異種だって、奇襲を受けなければ倒せたであろう実力はある。
まともに戦って勝てる相手ではない。低ランクの魂無き獣も蹴散らされる。
「……悔しいけど奴は強い。正面突破は難しい、ここは一度引くよ!」
「はい、わかりました」
「酷い……あんな人間さん、見たことないです」
フォンから迷宮核を預かり、二人の腕を掴んで小迷宮の奥へと進む。
強敵だけど、決して負けてはいけない相手だ。コイツだけは必ず。僕の手で……。
「逃げるか、リーン! 臆病者め!!」
カルロスが背中で叫んでいる。
落ち着け、冷静になれ。敵は強い。
この怒りはトドメを刺す時まで残しておけ。
「リーン、あの人間たちはまともではありません……!」
「わかっている。奴を生かしてはいけない……そんな気がするんだ」
「……人間さんなのに、昔話で聞く魔神さんのような、そんな恐ろしさを感じました」
カルロスの異常さに上級魔族である二人も驚いていた。
あとからパーティに加わった僕は、カルロスがどういった人間なのか詳しく知らない。
それでも、Dランクまで登り詰めたからには、それなりの社交性はあったはずなんだ。
何故ここまで狂っているのか。これが奴の本性だというのか。
「……どうしますか? このまま奥に進んでも、他に出口があるかどうかも怪しいです」
「その場合は罠で迎え撃つしかない。魂無き獣も全部使ってでも生き残るんだ」
通路に時間稼ぎ用の罠を仕掛けていく。罠は起動に微量の魔力を使う。
半森妖精のロロンドは、魔力の流れを読む力を持っている。つまり罠の索敵ができるのだ。
解除ができなくても避けては通ってこれるだろう。それでもないよりかはマシだ。
「あ、あの……リーンさん。最悪の知らせがあります……!」
突然ミリィは僕の腕を強く握り、怯えた表情で前方を指差しだした。
「なに? 復讐者に追われて、これ以上の最悪があるなら聞いてみたいところだけどね!」
「迷宮核にフォンさん以外の反応があります……この先に、例の守護者が潜んでいます……!!」
「……聞きたくなかった」
◇
破棄された小迷宮の行き止まり、即ち最深部にて。
一体の魔族が堂々たる風格を持って岩場に座っていた。
銀毛に覆われた狼だ。人型ではあるが、見た目は獣そのものだ。
「この時を待っていたぞ。第二層に住まう弱き守護者どもよ」
「お前が、ミリィを追い回していたという上級魔族か!」
「いやっ、こ……怖いです……」
「ミリィは下がっていてください」
怯えるミリィを庇うように僕たちは前に出る。
人狼だ。人に近い姿をしているが、純血の魔獣である。
敵を噛み殺す鋭い牙に獰猛な爪、分厚い毛皮は並大抵の剣を通さない。
「我が名は――カザル。いずれはユグドラシルを支配し、世界の全てを牛耳る人狼だ」
「大層な野望だこと。その割には、フォンのお母さんに見つからないよう潜んでいたみたいだけど?」
「当然だ。大事を成すには、どんな小事にも全力を尽くさねばならん。たとえ目の前に怯えた子羊どもが並んでいたとしても、我は常に警戒して、確実に仕留められると判断するまでは動かん」
背後からカルロスたちが迫っているというのに。
目の前の守護者は格上だ、獲物を捉える瞳には何一つの油断もない。
「正直、進退を悩まされたぞ。スライム族の小娘を追い詰めたと思ったら、第二層に地龍がおるわ、その地龍が死んだかと思えば、謎の人間が現れるわで、屑のような迷宮核にここまで時間を奪われるとはな」
「それでもお前には、その屑のような迷宮核が必要だった。上層の戦いについていけなかったんだ」
「……賢しいな、その通りだ。我の迷宮核では上位の者に喰らい付く事すらままならなかった」
カザルは自分の右腕に触れながら呟く。
そこだけ体毛が禿げている。過去に酷い怪我をしたんだろう。
それは――何となく理解していた事実だ。
ユグドラシルが誕生してから、気の遠くなる年月が経っているのに。
未だに誰も始祖の魔術に辿り着けていない、それだけ守護者の争いが長く続いている。
フォンのように世代を超えて受け継がれていたとして、戦力差がどれだけかけ離れているのか。
「人間よ。争いは過酷を極めるぞ? もはや今から参入しても希望はなく、生き残った上位勢は化け物揃いだ。……今すぐ諦めよ、貴様たちに初めから勝ち目などない」
カザルはそう言って僕たちに選択肢を与える。
迷宮核を差し出せば、その場で命は奪わないと。生かしてやると。
信用はできないが、変に実力行使をしない辺り、カルロスよりは話が通じる。
「一つ、聞きたい事があるんだ」
「なんだ?」
「迷宮核を吸収された守護者は死ぬの? 仮にそうだとすれば、この降伏勧告に意味なんてない」
もちろん僕たちは降伏するつもりはないが、聞いておいて損はないだろう。
こんな機会はもう殆ど訪れないだろうし、今のうちに知りたい情報を聞きだそう。
「ふむ。貴様の疑問ももっともだな。安心しろ、迷宮核を取り込まれても守護者は死なない」
「そうなんだ」
つまりミリィの迷宮核をフォンの迷宮核と合わせても問題はなかったのか。
「――ただし、迷宮核を奪われた守護者には服従の首輪が付与されるがな」
「……服従の首輪?」
「主と奴隷の関係、主従契約だ。敗北した守護者は、その生命も尊厳も勝者に握られる事となる。そこの小娘たちは、我の命令に従うしかなくなるというわけだ。どうだ、愉快であろう?」
「何だよそれ……!」
ここでは命を奪わないけど、いずれは死ぬと言っているようなものじゃないか。
「貴様たちは我の野望の礎となるのだ。ここで無駄に命を散らすのは勿体ない」
「くそっ、結局そういう事か!」
話が通じるようで、コイツもカルロスと同じだった。
自分の役に立つか、立たないかでしか相手の価値を測っていない。
決して僕たちとは相容れない存在。生き残るには戦うしかないんだ。
「……リーン、私は貴方に賭けています。たとえどんなに過酷な試練が待ち受けていても、母様を蘇らせるために、リーンの大切な人を蘇らせるために。絶対に諦めません」
「わ、ワタシも、弟たちが待つお家に帰るんです! 服従なんてしませんから……!」
二人がカザルに向けて宣言する。
僕だって、最初から険しい道なのはわかっている。
失った命を取り戻すんだ。奇跡を求めるのに相応の壁があって当然。
僕はカザルを真正面で睨み付ける。
「そういうことだ、カザル。お前の迷宮核は必ず、僕たちが奪い取る。目的の為に、お前を倒す!」
「……交渉は決裂か。面倒だな」
カザルは悠然と立ち上がる。
ピリピリとした殺気が、肌を駆け巡り産毛が逆立つ。
奴は迷宮核を持っていた。僕たちのものとは輝きが違う。等級でいえば鉄くらいはある。
「いでよ、我がしもべたちよ。我に楯突く輩を喰らいつくせ」
カザルの周囲に召喚されたのは、二匹の獣だった。
一方は炎を身に纏う狼、もう一方は冷気を漂わせる狼。
バーンウルフに、フロストウルフだ。どちらも第四層に生息するDランク級。
急いで預かっていた迷宮核をフォンに投げ渡す。
フォンは片腕を器用に操り、控えていたウルフたちに指示を与えた。
「私たちを守ってください!」
「ふん……第一層の魂無き獣か。何とも悲しい抵抗だな」
炎と氷の獣が迫る。ウルフが一撃で倒される。
バーンウルフが雄叫びを上げた、炎が渦を巻いて殺到する。
二人が走って避けたのを確認して、僕は仕掛けた矢罠を作動させる。
連続して射出される矢。カザルは避けようともしない。
その内の一本が体毛が薄い腕に当たる。膨れ上がった筋肉によって弾かれた。
「人間、それが貴様のスキルか。第二層の罠の反応が不自然に移動するおかげで、こちらも慎重に動かざるを得なかった。まさかユグドラシルの罠を操るとはな、恐ろしい力よ」
「褒めてくれてどうも。図らずも、僕の罠がお前の妨害になっていたんだね」
迷宮核の魔力探知精度が高すぎて、逆に混乱していたのか。
第二層を訪れてから罠種を大量に消費してきたから。コイツもさぞかし驚いた事だろう。
それなら、もっと驚かせてやる。
緊急用の罠種袋を開ける。貴重品だけどここが使い所か。
僕は視線でフォンに知らせる、フォンは頷いて更にウルフを召喚、誘導する。
「無駄な抵抗を、我が直接貴様の命を喰らってやる。矢罠程度で止められると思うな!」
カザルが迫る。爪を伸ばして急所を狙ってきた。
僕は直前で罠種を落す、身体を丸めて後ろに飛び退いた。
遅れて起動音。小迷宮内が大きく揺れて、設置箇所が爆発する。
風圧で身体が浮かび上がった。すかさずミリィが柔らかい身体で受け止めてくれる。
「やったか……?」
第五層から出現する爆発罠だ。直撃を喰らえば身体の一部が吹き飛ぶ威力を持つ。
それを二粒使って連鎖させた。カザルは当然、二匹の獣も巻き込んだ。フォンの誘導が上手くいった。
「……まさか、爆発罠すらも召喚するのか、貴様はどれだけ隠し持っているというのだ!」
瓦礫と煙の中からカザルが現れる。五体満足だが全身に火傷跡が残っている。
フロストウルフは魔石になっていた。バーンウルフの方は効果が薄かったのか健在だ。
「僕のスキルは矢罠だけじゃないぞ。全ての罠を操れるんだ」
「なっ、全ての罠だと!? そのようなスキルは聞いた事がないぞ!?」
カザルが目を見開かせて驚いている。ここまでの反応は初めてだ。
僕が特定の罠しか使えないと思っていたんだろう。同じ物ばかり使っていたし。
奴が僕のスキルを、通常のスキルと同じように考えているのなら、それは大きな間違いだ。
初めから全ての罠を無力化、操る事ができる唯一無二のスキル。それが《罠師》なのだ。
「――話が変わった。貴様は我の野望に必要不可欠。必ず生かして連れて帰る。貴様は鍵だ!!」
「……?」
カザルの様子が変わった。今、奴は僕を鍵だと言った。鍵は迷宮核じゃないのか?
罠を操る事が、ユグドラシル上層でどう役に立つというのか。謎が深まるばかりだ。
「カザル、今のはどういう意味で――――」
「追い詰めたぞ。リーン!」
疑問を問いただす暇もなく、背後からカルロスたちが現れた。
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◇爆発罠
第五層から出現する広範囲に高い威力の魔力爆発を発生させる罠。
生身の人間が喰らえば、ほぼ間違いなく戦闘不能になる威力を持ち、危険度は極めて高い。
第五層の難易度と死者数を著しく上げる要因であり、第五層以降は罠解除役が必須となる。
特に第五層の魔物はほぼアンデット系なので、敵が罠を気にせず突っ込んでくる。
常に罠を解除して安全を確保しておかないと、爆発に巻き込まれる恐れがあるのだ。
リーンの所持罠種
矢罠 30→17(-13)
矢罠(麻痺) 3→2(-1)
矢罠(毒) 1
トラバサミ 6→4(-2)
岩石罠 3
爆発罠 2→0(-2)
泥沼罠 8→4(-4)
移動床 2
ワープ罠 1
落とし穴 2
警報罠 2
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