第15話 魔石集め
「ウルフさんは襲われていません。リーンさん。ここは大丈夫そうです」
隣で目を凝らしていたミリィが報告してくれる。
入り口に待機させたウルフの無事を確認して小迷宮の前に立つ。
今回の目的は破棄された小迷宮内での魔石集めだ。
というのも、先日僕たちは変異種を討伐したわけだけど。
変異種というものはユグドラシルでも特殊な生物であり、倒してもいずれ復活してしまう。
復活周期は厳格に決まっていないらしいが、早い場合は数日後には姿を見せる事も。
つまり安全にこの辺りを探索できるのは今しかない。
もう一度倒せと言われても、盾役がいない状況ではリスクの方が大きい。
「わかった。それじゃ慎重に中に入ろうか」
指示を受けていない魂無き獣は、小迷宮からは出てこれない。
それは言いかえると、魂無き獣が出てきた場合、中に守護者が潜んでいる事になる。
魔力の稼ぎ辛さを考えても、入り口前に待機させた魂無き獣を無視するとも考えにくい。
「ここは破棄された小迷宮と考えてよさそうだね」
「念のために、レッドスライムちゃんを先導させます」
ミリィが次々と赤いスライムを召喚していく。
あれからもう少しフォンとミリィの迷宮核の違いを調べたところ。
同じ種族の魂無き獣の召喚では、必要な魔力コストが低いという事実が判明した。
能力強化に加えてコスト減もついてくるとなると、今後は仲間を増やすのも重要になる。
あとは単純に一人増えただけで賑やかになった。
敵が多い迷宮異世界において気持ち的にも救われる。
「さあ頑張りましょう!」
フォンが気合の入った声を上げた。
ミリィが仲間になってから、フォンは目に見えて元気になった気がする。
過去に同族に殺されかけた経験がある彼女に、魔族の友人ができたのだ。
僕は所詮は人間だから。やっぱりどこかで線引きがあるんだろう。
「お、上に飛んでいるのはフィアーバットだね。色が薄くないから、魂無き獣ではないかも」
「多くはありませんが、ユグドラシルの魔物が小迷宮に住み着く場合もあります」
「ここはあまり期待できないかもしれないね。既に魂無き獣が全滅している可能性がある」
命令を受けていない魂無き獣は、持ち場の防衛を行うから。
侵入者に対して行動を起こさない時点で、守護者がいなくなってから日が経っている。
「しかし困った。空中の魔物に有効な罠が少ないんだ」
フィアーバットは生物の血を求めて飛び回る小型の魔物だ。
動きが早く、鋭い牙で首元を狙ってくる。不規則なので矢罠はまず当たらない。
当然のように毒を持ち、襲われると死にはしないがしばらくまともに動けなくなってしまう。
ここは狭いから広範囲の落石罠を使えばまとめて倒せるけど。
流石に貴重な罠だから使いたくない。稼ぎも見込めないし引き返すべきか。
「ここはワタシに任せてください!」
ミリィが意気揚々とレッドスライムに指示を出した。
命じられたスライムが粘液を後に引かせながらノロノロと壁を登りだす。
そのまま天井に張り付くと、石のようにじっと獲物が近付くのを待っていた。
「ワタシたちスライム族は動きが遅いので、狩りの時はこうして陰に潜んでいるんですよ」
「あーそういえば、スライムはよく上から落ちてくる印象があるね」
フィアーバッドが通り過ぎる瞬間、レッドスライムが天井から落ちてくる。
獲物の小さな身体を巻き込んで、地面に叩きつけ空気を遮断する。
液状の檻は敵の抵抗を許さず。レッドスライムは見事に狩りを成功させていた。
「どうですか? スライムだって、空中の敵とも戦えるんです!」
「おお、罠の節約になるし助かるよ。スライム族だけあって、スライムの扱い方が上手いね」
「えへへ……褒められるのって、嬉しいものですね」
ミリィは照れ臭そうにしている。
その種族に一番適した指示を出せるというのは心強い。
今後もスライムに関しては彼女に任せるのが一番だろう。僕も自分の仕事に集中できる。
「おや、あんなところに手付かずの宝箱がある。中身は――残念、腐ったパンだ」
「誰にも見つからず腐っちゃったんですかね?」
「埃の量からしても、かなり古い小迷宮なのでしょう。もったいないです」
迷宮核は魔力を消費して、魂無き獣だけでなく、食料品や道具なども生み出せる。
そもそも魂無き獣は魔物を模倣したものだから、同じ要領で道具なども増やすのだろう。
ただし、当然ながら
「母様が教えてくださいましたが、魔物と比べても人から得られる魔力量は不自然に多いらしいです。魔石と遜色ないとか。ですので守護者の多くは、ユグドラシルを訪れる冒険者を狙って罠を仕掛けます」
「……その違いってなんなのかな? 人よりも魔物の方が魔力を蓄えていそうだけど」
「断定はできませんが、人と魔物に差があるとすれば、それはスキルではないでしょうか。人の持つスキルには神々の力が宿るとされています。魔物にも魔族にもない特別な力が、迷宮核にとって格別なご馳走になるのかと」
「なるほど、そう考えるのが自然だね」
魔力を多少浪費してでも、宝箱を生み出し人を誘い込む餌とする。先行投資という訳だ。
スキルの中には《宝探知》と呼ばれるものがあり、これは罠解除役が一緒に持っている事が多い。
ギルドは探索に罠解除役を連れていくよう推奨しているので、つまり大抵のパーティに備わっている。
他の守護者たちはその辺りを計算に入れているんだろう。
「……うーん。僕の持つユニークスキルはブルースライム何匹分かな?」
「リーン。怖いことを言わないでください。貴方がいなくなるだなんて想像もしたくありません」
「そうですよ。ワタシを家に連れ帰ってくださる約束はどうなるんですか!」
「気になっただけだから。ただの冗談だよ。本気にしたら駄目だよ」
フォンとミリィは不安げに僕を見上げていた。
誰かに頼られる経験が少ないから、余計な口を滑らせてしまった。
こういうところから意識を変えていかないとな。反省。
「人間を倒すと稼げると言われても、抵抗はあるね。まぁ襲われたら反撃はするけどさ」
僕もユグドラシルで一生暮らすつもりはないし、目的を果たせば地上に戻る訳だから。
人間を手当たり次第に襲って、全人類と敵対するような浅はかな行動を取るつもりはない。
とはいえ、ユグドラシルでは冒険者を狙った犯罪者に襲われる事例があったりする。
地上と同じく盗賊団の根城があったりと。迷宮異世界は広すぎるので国の管理が届かないのだ。
そういった連中に狙われた場合は、心を鬼にして小迷宮内に誘い込み魔力に変えてしまおう。
「……どうやら、自分の小迷宮でなければ倒した魔物の魔力は取り込めないようです」
フォンはフィアーバットの死骸の前で迷宮核を操作していた。
魔力を吸われた死骸はすぐに腐敗するので、視覚的にもわかりやすい。
「外では魂無き獣以外を倒す利点がないという事だね。しかし、自分の小迷宮じゃないと稼げないのは面倒だ。召喚コストも増加するし。この先、上の階層に進むにしろフォンの小迷宮は置いていく事になるからなぁ」
第二層を離れれば、魔石以外では魔力を稼げなくなる。
それにせっかく拡張した拠点を捨てるというのももったいない。
「それなんですけど……」
話を聞いていたミリィが自信なさげに入ってくる。
「ワタシ、色んな魔族から追われていたんですが。その中で、一人だけ特に執拗に追いかけてくる魔族がいました。偶然にも何度かその魔族の小迷宮に迷い込んだのですが、別の階層にも同じ内装の小迷宮があったんです。おかしいなとは思ったんですけど。今思うと、それって迷宮核の力によるものではないですか?」
「同じ小迷宮が複数の階層に……? もしかして、小迷宮を移動させる機能があるとか?」
「ですが、私の迷宮核には探してもそんな機能は見当たりませんでした」
「等級が低いのかもしれない。成長させれば、
自分たちの小迷宮を移動させられるとなると、迷宮拡張の重要度は跳ね上がる。
今までは使い捨てであると考えていたから、必要以上に広げるのは無駄だと思っていた。
現状は移動不可能だとしても、今後も魔石を稼ぐ重要性は増したといえる。
……あれ、ちょっと待てよ。
今の話は確かに重要だったが、それ以上に聞き捨てならない内容があったような。
「それにしても、魂無き獣さんが一向に出てきませんね……ただの探検になってます」
「そうですね。場所を変えた方がいいかもしれません。リーン、どうしますか? ……リーン? 立ち止まってどうかしましたか?」
フォンが僕の身体を揺すってくるが、先ほどのミリィの話が頭に引っ掛かって離れない。
迷宮内は少し肌寒い。それにしたって、背筋のところに嫌な汗が流れるのを止められない。
「――ところでミリィ。追われていたって言っていたけど、もちろん逃げ切ったんだよね?」
「え、えっと、第二層に着いてからはずっと変異種さんの縄張りに隠れていたので……でも、今のところワタシは無事ですよ? もう長い間ここで過ごしていますけど……!」
自分が無事だというのが逃げ切った証拠であると彼女は言う。
確かにそうなのだが、それで安心するにはちょっと気が早すぎるような。
仮に自分が追跡者であれば何を考えるか想像しよう。
ミリィはそもそも迷宮核の機能もよくわかっていなかった。格好の獲物だ。
しかし彼女は第二層で生き残れている。それは門番だった変異種の存在も大きいのだろう。
その変異種も僕たちが倒して今はいない。復活までに間がある。
敵が第六層から執拗に追いかけてきた事を踏まえると、諦めるとは考えにくい。
機会を伺って監視していたと考えるのが自然で、それなのに僕たちに後れを取ったのは何故だ。
「……フォンだ。ミリィを追ってきた敵はフォンの存在に気付いて警戒していたんだ」
敵が無力なミリィを襲わない理由があるとすればそれは、第三者の存在。
ミリィが第二層を訪れた時にはまだ、フォンの母親が生きていた可能性がある。
いくら地龍が弱いとはいっても、龍族内での話であり魔族の中では今も強力な個体だ。
背中を取られたくなかったんだろう。
ミリィを襲っている間に、フォンの母親に狙われると考えたんだ。
敵はかなり慎重だ。慎重でありかつ、恐ろしいほどまでに執念深い。
これは……フォンを表に出したのは失敗だったかもしれない。
フォンが契約した迷宮核を持っている事で、まず確実に敵に母親の死を知られている。
受け継いだ子も龍族とはいえ、フォンが戦えないのは負傷した身体を見れば簡単にわかる。
「……今すぐこの場を離れよう。ミリィを追ってきた敵が動くなら、今しかない。ここは危険だ」
「ですがリーン、今のところは周囲にミリィ以外の守護者の反応はないですよ?」
フォンはそう言ってくれるが、迷宮核の等級による機能の差は僕はかなりあると見ている。
守護者を索敵する範囲だって、そこに大きな性能の差があってもおかしくない。
見えない敵に一方的に動向を監視されている。一度疑念が浮かぶと、簡単には払拭できない。
「フォンの小迷宮に戻るんだ。魔石集めはいつだってできるんだから。手持ちの魔力で防御を固めよう」
「わかりました。リーンの指示に従います」
「……な、なんだかワタシのせいで、ごめんなさい!」
「気にしなくていいよ。早いか遅いかの問題だから。どの道、守護者の争いには巻き込まれるんだ」
僕たちは急いで来た道を引き返していく。
勘違いであればそれでいい、無理をしてリスクを背負う必要はない。
そして入り口付近に辿り着く。外の光が差し込む岩場に三つの人影が現れた。
「見つけたぞリーン! この手でお前の首を叩き斬るのを楽しみにしていた」
「お前は……!」
先頭に躍り出た男は剣を握り不気味に笑う。
立ち塞がるのは、僕を殺そうとしたカルロスたちだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇フィアーバット
暗い場所を好む蝙蝠に似た魔物。Gランク。
第一層から第四層までの広い範囲で生息しており、昼は小迷宮、夜は空を飛び回っている。
臆病で人にはあまり近付いてこないが、毒を持つので油断すると全身が麻痺してしまう。
単体での弱さが目立つが、強敵との戦いで乱入してくると厄介なので早めに倒した方がいい。
素材として採れる羽は軽くて丈夫なので軽装備に使われる。需要があるので集めても損はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます