第13話 スライム族の少女

 僕とフォンの前で少女が縮こまっている。

 抵抗する意志もなく。すぐに彼女は負けを認めてしまった。

 とりあえず話だけでも聞いておこうと、落ち着くのを待っていた。

 

「ワタシは……ミリィといいます。その、これでもスライム族の上級魔族です」


「スライム族? えっと、どの辺りが?」


 僕から見た彼女は普通の人間だ。

 紫がかった綺麗な髪に、服は質素ながら女の子らしいひらひらのもの。

 少し汚れているけど、フォンと比べるとまだ大丈夫な範囲だ。怪我もなさそうだし。 


「……人間さんに本来の身体を見せるのは恥ずかしいけど……見ていてください」


 人の姿をしていたミリィの身体が溶けていく。

 顔の形はある程度保ったまま、足元は完全に粘液のある液体に変わっていた。

 これが彼女の正体か。スライム族の上級魔族ってかなり珍しい。僕は初めて聞いた。


「お願いします。助けてください。誓ってワタシは何も悪いことはしてません……。お散歩していたら綺麗な丸い球を見つけて、宝物にしようとお家に持ち帰ったら、何故か変な魔物たちに襲われるようになって、ここまで必死に逃げてきたんです。うぅ、ワタシがいったい何をしたっていうんですか……! スライム族なら痛みを感じないだろうって、虐めてもいいんですか……?」


 ミリィは泣きながら僕たちに訴えかけてくる。 

 なるほど。守護者の中には事情を知らずに戦っている子もいるんだな。

 いきなり他の守護者に襲われ、こうして生き残っているという事は、相当運が良かったんだろう。


 僕は彼女に、迷宮核や守護者の仕組みを説明する。


「……始祖の魔術? ……ユグドラシルの管理権?」


 ミリィはポカンと口を開けて話を聞いていた。 

 偶然拾っただけの彼女は当然ながら、迷宮核の価値も知らなかった。


「そんなのいらないから……お家に帰りたい。一人ぼっちはもう嫌なんです」


「……何だか僕たちが虐めているみたいだ。フォン、この子をどうにかできない?」


「私も他の迷宮核を手にするのは初めてなので……予想がつかないです」


 守護者を倒せば、契約されていない迷宮核が手に入るけど。

 契約されたままの状態の迷宮核を取り込むと、どうなってしまうのか。

 

「ただ、守護者と迷宮核は繋がっているので、迷宮核が破壊されると私たちの命も絶えます」


「あわわわ……!」


 ミリィは恐怖のあまり目を閉じていた。可能性としては彼女の命を奪う結果になる訳か。

 彼女は僕たちを襲おうとしたのではなく、生き残るために行動していた。

 敵ではないし、目的が一致すれば協力してもらえるのではないか。この先、戦力は多い方がいい。


「それなら現状維持かな。……ミリィ、君は死にたくはないよね?」


「当たり前です。ワタシには、大切な弟たちが待っているんです。お姉ちゃんなんです!」


「……家族ですか」


 母親を失ったフォンは、そんなミリィを羨ましそうに見ていた。

 それと同時に、姉を失った弟たちの気持ちもよく理解しているのだろう。

 

「わかった。なら僕たちと一緒に行動しよう。僕たちの目的は迷宮核を育てユグドラシル最上層を目指すことだから。その道中で、君を家まで送り届けられると思うよ」


「ほ、本当ですか! 嘘じゃないですよね……? 貴方は人間さんなのにとてもお優しいのですね!」


「仲間は多い方がいいしね。もちろん多少は働いてもらうけど。フォンもそれで構わない?」


 勝手に話を進めているけど、あくまで迷宮核を所持しているフォンに決定権がある。

 確認を取ると、フォンはミリィの前に立ち、自然と右手を差し出していた。


「私はフォンといいます。地龍で、他の龍族に虐げられ命からがらここまで逃げてきました」


「……同じです。ワタシも、ワタシの故郷は六層にあるのですが、スライム族だからと馬鹿にされて、虐げられていました。身体が丈夫だからって、他の魔族から殴られたり。……痛くはないんですけど」


「ここには貴方を虐める悪い者はいないです。リーンはとても優しいですから」


「そんなに褒められると照れるなぁ」


 優しさって、それ以外に取り柄がない人によく使われる言葉だけど。

 フォンの場合は、本心から言ってくれているとわかるからグッとくる。

 ミリィはフォンの手を両手で握ると、続けて僕の手も握ってくれる。プニプニして気持ちいい。


「ワタシも、お二人の夢に協力しますので、どうか、優しくお願いします……!」


「うん。こちらこそ。しばらくの間よろしくね」


「頑張って生き残りましょう」


「はい!」  

 

 こうして、僕たちは新たな迷宮核と仲間を手にしたのであった。


 ◇


「レッドスライムちゃんですか? 最初から召喚できましたよ?」


「そんなはずはないです。私と同じ迷宮核なら、ブルースライムで限界のはずです」


 ミリィの所持している迷宮核は、フォンと同じ等級で屑だった。

 それでは何故レッドスライムを召喚できるのか。本人に尋ねてみたところこの反応。

 検証するために、ミリィは目の前で迷宮核を操作して、実際に召喚してみせてくれる。


「どうですか? ワタシは嘘を付いてませんよ」


 確かに、赤いスライムが呼び出されていた。

 第一層に生息する本物と色が薄い以外は瓜二つだ。

 フォンも自分の迷宮核と比べて疑問符を浮かべている。


「ワタシの迷宮核には二種類のスライムが登録されていました。……お友達になりたかったのに、話しかけても返事してくれなくて。魂がなかったんですね……残念です」


 ミリィはそう落ち込みながら、レッドスライムに探索の指示を与えた。

 単純に赤い方が優れているので悪い話ではないけど。この違いの原因を知りたい。


「今度はブルースライムを出してもらっていいかな?」


「いいですよ」


 彼女に屑魔石を渡して召喚してもらう。

 現れたブルースライムは、僕たちが召喚したものよりも若干大きかった。

 動きも俊敏で、能力が優れている。これは、かなり重要な情報ではないだろうか。


「もしかして、契約者の種族によって特定の魂無き獣に強化が掛かるのかも」


「ほぇ……」


「なるほど。私は龍族ですから、スライム族ではミリィよりも劣るのですね」


 等級が屑であるフォンの迷宮核は現状、龍族の魂無き獣を生み出せない。

 しかしこの先、等級を上げていけば他の守護者より強力な龍を生み出せる可能性がある。

 それに現段階ではスライム族も立派な戦力だ。ミリィの加入は大幅な戦力向上に繋がった。


「もしかして……ワタシ、お役に立ててます?」


「当然だよ。これ以上ないくらい、役に立てているよ。しかも今後にも期待できる!」


「はい。迷宮核が二つあれば実質戦力が二倍になった事になりますから」


「う、うう、嬉しいです」


 ミリィは褒められ慣れていないのか、不器用に口を緩ませて微笑む。

 単純に消費する魔力も増える事になった訳だけど。ここは用途によって分けた方がいいか。

 小迷宮を拡張するのはフォンの迷宮核で、ミリィの迷宮核を戦闘用にしよう。

 

 所持小迷宮も二つになってしまったけど。

 フォンの小迷宮を拠点として、ミリィのは破棄した方がいい。

 変異種は定期的に復活するので、巣に近いここはあまり立地がよいとはいえない。


「そろそろ戻ろうか。明日からは破棄された小迷宮を探して魔石集めをしよう」

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 ◇魂無き獣

 守護者が小迷宮を守るために創造した、魔物を模した魔導生物。

 若干色が薄く、戦闘能力はオリジナルに劣る。元となった魔物の性質に基づいた行動を取る。

 魂がないので守護者のどんな命令にも従順。その為、本来ではありえない行動を取る事も。


 倒すとその能力に応じた魔石を落す。魔石は様々な魔法道具の材料になるので重宝される。

 小迷宮を訪れる冒険者の大半がこの魔石を目当てにしている。

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