第12話 新たな守護者

「レッドスライムだ。ブルースライムと同じGランクだけど、少しだけ強いんだ」


 赤いスライムがウネウネと俊敏に動き回っている。

 幸運にもどうやらこちらには気付いていないらしい。


「あれは、守護者によって操作されていますね」


「僕たちが生み出せない魂無き獣だ。こちらの迷宮核よりも等級が高い可能性がある」


 守護者がいない破棄された小迷宮にも、魂無き獣が残っている場合がある。

 彼らは自らの意思でユグドラシルに出てくる事はない。小迷宮を守護するだけに留まる。

 つまり外で活動している魂無き獣は、確実に誰かの指示の元で動いているのだ。 


「あとを追いかけよう。敵の住処を確かめておかないと」


「はい。先手を打たれる前に行動するべきですね」


 守護者との争いは迷宮核の奪い合いだ。つまり最終的には攻め勝つ必要がある。

 僕の罠は防衛に使えても、相手の領域を攻めるのには向いていない。

 主戦力が魂無き獣である以上、そこで劣ってしまうと正攻法では厳しい戦いになる。


 レッドスライムが【幻影ノ森】にある開けた空間に出ていた。

 木々が薙ぎ倒されていて、水源も近い。変異種が住み着いていた場所なんだろうか。

 中央にある岩場の陰に空洞があった。レッドスライムが中に入っていく。


「割と近場に敵の小迷宮があったんだ。この辺は水源があるし変異種がいたから近付けなかったけど」


「……変異種をうまく利用して、最低限の魔力で防衛していたのかもしれません」


「となると、相手もそこまで魔力を蓄えていない可能性はあるね」


 ユグドラシルに生息する魔物は、魔族だろうと関係なく襲ってくる。

 防衛に変異種の縄張りを利用するなんて、かなり危険度の高い賭けだろう。


 レッドスライムも第一層に生息する魔物だ。

 第二層の魔物と戦うには戦力として心許ない。それをわざわざ偵察に使うなんて。

 相手も僕たちと同じで、魔力の確保に相当苦労しているんじゃないだろうか。

  

「うん、今のところそこまでの脅威は感じないね。まぁ油断しないに越した事はないけど。レッドスライムもブルースライム三匹で戦わせれば勝てるだろうし、ウルフ一匹でも余裕を持って戦える」


「小迷宮もそこまでの規模はなさそうです。出入口も一つだけではないでしょうか?」


「だろうね、門番の変異種を倒されて慌てて様子を伺いにきたってとこかな」

 

 最初の相手としては、かなり弱いのを引けたかもしれない。

 さっそくフォンにお願いして、ウルフを一匹、入り口まで進めさせる。

 一度フォンの小迷宮に戻って体制を整えるか悩んだけど、相手が場所を移動する可能性がある。

 変異種を討伐した何者かの存在を相手は警戒しているだろうし、ここで逃すのは勿体ない。


「お、さっそく慌てて出てきたぞ。レッドスライムが五匹だ」


「ウルフ一匹では厳しそうですね。三匹ほど追加します」


 キラーマンティスから得られた魔力を使ってウルフが追加される。

 魂無き獣同士がぶつかり合う。お互いGランクではあるが、種族としての差が響いたか。

 ウルフ側の圧勝だった。地面にキラキラ輝く石が落ちている、レッドスライムの屑魔石だ。


「こうして召喚に使われた魔力の何割かが、魔石となって返ってくるんだね」


「下手に弱い魂無き獣を増やしすぎても、相手に魔力が渡ってしまう。難しいです」


 無駄に召喚してはいけない事を学んだところで。

 僕たちは相手の小迷宮の中に入っていく。先行するのはウルフ四匹。

 入り口での攻防戦を見るに、相手の戦力はもう殆ど残されていないのではないだろうか。


「……やはり、小迷宮内とそれ以外でコストが違いますね」


「どうしたの?」


 フォンがずっと迷宮核を弄りながら、納得したような表情になっている。


「先ほど外でウルフを召喚しましたが、掛かる魔力コストが若干増えていたのです」


「んーつまり。迷宮核を使う場合、小迷宮内じゃないと損をするって事かな?」


「現状もコストが増加したままなので、自分の小迷宮でなければいけないようですね」


「それはちょっと困ったな。ただでさえ魔力不足なのに、今後は外での召喚も控えるべきか」


 新たな事実が発覚したが、今はそれどころじゃない。

 小迷宮は一本道だった。拡張するだけの余裕もなかったのか。

 

「――――タチサレ」


 薄暗い小迷宮内を反響する女性の声。

 僕たちは気にせず前に進む。ウルフたちは欠伸していた。

 魂無き獣は模倣した魔物の習慣までも真似するらしい。


「――――タ、タチサレ。タチサッテクダサイ、オネガイシマス」


 まったく足が止まらない僕たちに驚いたのか。

 声の主は急に丁寧な口調に変わっていた。殆ど命乞いに近い。 

 

「……指摘するのもなんだけど。我慢しているみたいだけど、声がずっと震えているよ?」


「はい。まったく怖くありませんでした」


「そ、そんなぁ……!」


 最深部で待ち構えていたのは少女だった。

 彼女の手にあるのはフォンの持つものと同じ色の迷宮核。

 

「た、助けてください……降参しますので……お願いします」


 僕たちの最初の迷宮核争奪戦は、こうして呆気なく終わってしまった。

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 ◇レッドスライム

 ブルースライムと同じGランクの魔物。全身が赤色で青色よりも三倍速い。

 しかしながら戦闘力は三倍どころか二倍にも届かず、ランク通りの雑魚である。


 赤色だからといって肉食というわけでもなく、青色共々花の蜜を好む温厚な性格。

 狭い所が好きで、よく冒険者の鞄の中に入り込む。魔法書などがドロドロになる被害も。

 素材として採れる赤い液は大変甘く、薬だけでなくお菓子の材料として重宝されるとか。

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