第68話 混同


 今日は久しぶりの午後からの出勤だ。昨日は嫌な夢を見た気がするのだが、悪魔は忘れるに限る。夢と現実を混同するのもよくないしな。今日も元気に張り切っていこう。


「おはよーござーいまーす! エクスカリバー先輩!」


 その単語を聞いた時、私の中にかつてないほどの電流が駆け巡ったのを実感した。もし、私が二日酔いであったならばまず間違いなく覚醒していただろう。そして、私の楽観思考にも冷や水を差された気分だった。


「な、何故それを……?」


「何故って、ぷぷ、先輩昨日寝ながら自分で言ってたんですよ? それに起きた後も寝ぼけてて、そのまま帰っちゃうし。え? もしかして、全部夢オチにしちゃったんですか? 夢と現実を混同しちゃうなんてよくないですよー。ぷぷっ」


 くっ、奇しくも私が思っていたことをそのまま言って罵られるとは……なんという屈辱。だが、どれもこれも全て自分が犯した失態、誰にも責任の所在は無い。


「ゴホンっ、とりあえずその話は一旦おいておこう。今は彼の動向が気になる。私が帰った後にどうなったんだ?」


「お! 急にやる気出しましたね! 私は嬉しいですよ、先輩が彼にそんなに積極的に意識を向けてくださるなんて! えーっと、先輩がエクスカリバーを納刀して帰った後のことだから……」


 おいおい、無茶苦茶いじってくるじゃんか。そんなに面白かったか? でも確かにこの歳になっても病に罹っているとしたら、それは笑ってしまうし、イジりたくなるのも仕方がない……か。今は仕事に集中するしかないな。


「あ、ここからですね! しっかりと記録しておきましたよ、先輩のためにね! なんせ聖剣と呼ばれるエクスカリバーを使ったんだからさぞかし疲れてるだろーなーって思ってましたし、現に午後出勤でしたから。お疲れさm


「もう、いいだろう。早く彼のことを教えてくれ」


「はーい、わかりましたよー。まあ、ざっくり言うと、先輩がいない間に彼がしたことというのは特になくて、死にまくったことくらいですかね」


 ん、確かに全然……って、


「いや、彼は死ぬのがまずいのだろう。もう少し詳しく頼む」


「わかりました、聖剣の使い手から言われたら仕方ありませんね。彼が修羅の道Ⅲを歩み始めて、エクストラクエストが解放されたことは知ってますよね? そこから彼は何を思ったのか、次の街に歩みを進め始めたのです」


 いや、別に何も思わなくても次の街には進もうとするだろう。別に特段おかしいところはないぞ?


「そして、彼は第三の街へと向かい始めたのですが、なーぜかスピードが遅いのです」


 ん? 人間の歩くスピードは決まっているのではないか? 流石にそれが遅いと言われても……


「彼はスキル神速もありますし、従魔で空路を使って直接行くこともできるのですよ? そんな彼が地道に歩いて行くなんて見ているこっちが疲れますよ」


 ああ、そうか。ならば遅いと表現するのも妥当か。やはり彼女は掴めないな。


「そしてその道中で、彼の目論見が発覚したのです。なんと、良い感じのモンスターがいればあわよくば死のうと思っていたようです。その為に徒歩でゆっくり歩いていたのです! 彼はグラヴクラブというカニの重力の攻撃に対して、無抵抗になることで、死にまくり、最終的には重圧無効を獲得したのです!」


 なるほど、だが、今まで何かと変な強力なスキルまで獲得していた彼だから、今回の無効化スキルだけというのはややインパクトに欠けるような気がするな。まあ、それは我々としても望むところではあるし、この調子で行って欲しい。


 それと、彼女がすっかり忘れてくれたから、今日はこれで大満足だ。今日はぐっすり眠れそうだ。


「先輩、今からウサギ狩り行くんですか? 聖剣で……ぷぷっ」


 よし帰ろう。

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