第59話 心境の変化


 とうとう彼の決勝戦がやってきたな。決勝戦とは、イベントの中でももっとも注目されるものだ。その大衆の目が集まるところで彼は一体何をするのだろうか、ドキドキが止まらない。まあ、ドキドキといっても心配が九割、楽しみが一割なのだが。


 しかも、その相手というのが何の因果か、予選で彼が苦戦した盾使いというのだ。生き残れば良かった予選と違い、一対一で相手を倒さなければならない試合がどのように影響するのか、そして彼は一度倒し損ねた相手に対してどのように立ち向かうのか、非常に気になる。


「先輩、始まりますよ! 彼はどうやらこの試合から剣を使うようです! まあ、これで最後なんですけどね。ここまで手を隠すなんて余裕すぎませんか? もう、いっそ負けてしまえばいいのにー」


 そう、彼女の言う通り彼は剣を使わず、拳一つでここまで勝ち上がってきた。あくまでそれは見た目上の武器の話であって、実際に猛威を振るっているのは言わずもがなスキルと称号である。


 しかし、前回イベント優勝者みたいに拳を極めている人以外は武器有りと無しではかなりの差がある。それはもちろん彼も同じだろう。武器という要素が加わることでどのような変化があるのかも楽しみである。


 二人が最初に相見えた予選の時とはいくつも条件が違うため、対照実験とはならないものの、普通に前回の戦いを踏まえた上で観戦する分にはとても好奇心をそそられるものだ。


 最強の矛と最強の盾、というにはあまりにも矛が歪ではあるものの、そんな戦いと言われれば興味が湧くのではなかろうか。


「あ! 始まりました! え!? 盾使いの女の子が彼に突進しています!!」


 ほう、そうきたか。私は彼の動きにばかり注目していたのだが、そりゃもちろん彼女にも思うところはあったのだろう。だが、それでもなお彼女が先手を取るとは予想外だな。


 だが、動いて攻撃する、ということに関しては彼の方が秀でているのではないか? 彼の独壇場のように思える。今も彼女の突進に対して彼は咄嗟に回り込み反撃を繰り出そうとしている。


 そう思っていた矢先、


「なっ!?」


 なんと、彼女は盾を二枚展開していたのであった。


「先輩、どうしたんですか? あ、もしかして彼女が盾二枚持ちだってこと知らなかったんですか? 彼女はいつもはサブウェポンに短剣を装備しているんですが、今回はなんとダブル盾、というかなり大胆な装備なんです。それに加えて立ち回りも大胆、何か心境の変化でもあったんですかね?」


 まず盾のことに関してはドキドキを重視するがあまり下調べをしていなかっただけだが、


「心境の変化、か」


 確かに、それはあるかもしれない。彼のプレイを見れば何かは必ず思うところはあるだろうし、それによって大きくプレイスタイルが変わることもあり得るかもしれない。心境の変化、とは人の行動を変えるかなり大きな要素ともいえる。これからはそれに注目していくのもありかもしれない。


「どうしたんですか先輩、また考え事してー。今はかなり彼女がピンチな状況ですよ! 彼の素早い動きに翻弄されています!」


 もう、私の中では試合に対する興味が失われつつあったのだが、その一言で、意識が再びその対決へと戻った。そして事件が起こった。


「あっ! 彼がスケルトンを出して彼女が立ち竦んだ瞬間に彼はトドメをさしましたよ! 彼ってこんな卑怯な人だったんですか!?」


 彼がスケルトンを呼び出したのだ。私の予想では彼は彼女の防御を突破する為に用意した手数要員だろうが、それが思わぬ方向で作用したようだ。まあ、同じ女性である後輩からすると、そう思ってしまうのも仕方がない、か。


 まあ、個人的には彼女が突進していた時点で勝敗は決していたようなものだから、特段思うところはないのだがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る