犬も慣れれば癪に障る
萩村めくり
犬一代に狸一匹
私と彼女の出会いは「数奇な運命の導き」なんて大層な代物では至ってなく、偶然の重なりで起こった事象であった。
ただ、日本の夏は暑いという常識が覆されていれば、この話は生まれていなっかっただろう。
今から語るのは、私と彼女の出会い。何一つ変哲ない、普通の日常生活だと理解した上でお付き合い頂こう。
あれは、夏の暑い日のこと。
弟が病院に運ばれたと聞いたのは、縁側で棒付きアイスを食べながら、足をブラブラ上下にスイングしていた時だった。
突然、廊下を走る足音が聞こえたかと思うと、母が顔を真青にして駆け込んで来た。
「
「ふーん」
この頃の私は、無知で情が薄い女だったから、そう素っ気なく答えた。
もし、熱中症による死亡率は高いと知っていればもっと慌てただろうか。
「あんた、ちょっと様子見てきて」
「……仕方ないなぁ。何処の病院?」
私の性格は上記の通りだが、それなりに弟とは良好な関係を築いてきたし、他にすることが無かったから、私は重い腰を上げたのだった。
私達が住んでる地域はかなり田舎で、近場に病院が無かった為、交通費はそれなりに掛かった。
夕日で紅く染まる山々を見ながら黄昏れていると、病院までの道のりも短く感じた。
見上げられる程に背の高い病院はボロく、中に入るとカビ臭かった。
築三十年は、優に越えているかもしれない。知らんけど。
受付カウンターに突っ立ってるおばさんナースに病室を聞くと、すんなり教えてもらえた。
どうやら、弟が入院している病室は301号室らしい。
カウンターを右に抜け、階段を登り切ると、丁度目の前の部屋が目当ての301号室だった。
相部屋と聞いていたので、極力音を出さない様、気を配りつつドアを開ける……と、ベットから起き上がっている弟と目があった。
……なんだ、案外元気そうじゃないか。
途端、帰りたい衝動に駆られる。が、このまま声を掛けずに帰るのは外道だと思い直し、渋々声を掛ける。
「なんだ、元気そうじゃん」
「うんにゃ、まだ頭がクラクラする」
「じゃあ寝てなよ」
「やだよ。寝てても退屈だし」
少しでも身体を動かさないと落ち着かない、そんな年相応な小学生らしい反応に、つい苦笑してしまう。
「あっそ。まぁどうでもいいけどさ。あんま母さんに迷惑掛けるんじゃないよ」
最大限姉ぶってみた。弟に、姉の偉大さというものを分からせたかったのだ。
「うっせー。姉ちゃんだって、いつも皿割って叱られてんだろ」
「は?六年生にもなって、人参食えないあんたに言われたくないね」
「あんなん馬の食い物だ」
「あーあ。農家さんは一生懸命作ってんのになぁ」
「皿だって陶芸家さんが苦労して作ってんだぞ」
ぐぬぬ……。私としたことが、自ら墓穴を掘ってしまった。
生意気な弟をどうやって言い負かそうか思考をフル回転させていると、不意に、線の細い女性の笑い声が病室に響き渡った。
「フフッ」
そこで、ようやく相部屋という事を思い出し、羞恥心で顔が赤く火照る。
「あ……ごめんなさい。お話を遮ってしまって」
どうやら笑い声の主は、場の沈黙から自分が水を差したと判断したらしい。
「いえ、こちらこそ騒がしくしてしまい申し訳ないです」
「構いませんよ。普段は病室で一人なので、なんだか賑やかで楽しいです」
彼女はそう言うと、狭い病室を区切っていた、仕切りのカーテンをガラッと開ける。
「同室の
視界に映ったのは、私と同年代くらいの超絶美少女。
その姿を視界に映した瞬間、口が勝手に動き出す。
「茶色の長髪はサラサラで、
驚いた……。
基本、食べるか喧嘩(弟と)する事以外に使わなかったこの口が、讚辞の言葉を、しかもこんな流暢に並びたてるとは。一度も噛まなかったぞ。
そんな興奮状態の私とは相反し、褒め言葉のシャワーを浴びた彼女は、
「………………はい?」
困惑していた。
しかし、そんな彼女の表情も可愛らしい。白米十杯はいける。いや、十四杯。
そしてそのまま、私の勢いは止まることを知らず、
「
この人に、私の全てを知って欲しかった。
この人の全てを、私が知りたかった。
「犬にしてください!」
犬も慣れれば癪に障る 萩村めくり @hemihemi09
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