[04-06] ラカ、因縁の相手とバチバチ

 入場時間が締め切られて、出入口が閉じられる。

 銃を持った警備の人たちがその周りを固めるのは、賭けに負けた人を逃がさないためだろう。


 タキシードを着たヒュマニスの男性がリングに上がり、大きく腕を広げた。


「みなさん! 間もなく試合が始まります! どの試合の誰に賭けるかはもうお決めになられましたか!?」


 観客たちが大歓声で応じる。わたしの耳だと痛いくらいの声量だ。

 どうやら、この紳士は拳闘の司会者らしい。


「銃が生死を分かつ世界で! 拳ひとつで名を上げる! 今宵も勇気ある拳闘士たちが参加してくれました! 早速、第一試合を始めましょう! 両者、リングへ!」


 コーナーの対角で待機していた人たちが、防御の足しにもならない肌着程度の恰好でリングに入る。


 手には包帯のような布をぐるぐる巻いている。保護が目的なのだろうが、あれで殴られたらとても痛そうである。最悪、『痛い』で済まないかもしれない。


 参加者は軽くパンチの素振りをしてみせる。ウォーミングアップか、相手にプレッシャーをかけているのか。


 ラカは「ふうん」と見定めた。


「〈格闘〉スキルを上げるって話はあんま聞いたことなかったけど、あのふたりもそんなにって感じね」


 レベルと身のこなしの差でそう判断したらしい。


「ねえ、ネネ。折角だし、どっちが勝つか予想しましょ」


「いいよ。どっちが強そうかなあ」


 と、わたしは軽い気持ちで勝者の予想を始めたのだが――


「……ファイッ!」


 リングから下りた司会者が、かーんっ! とゴングを鳴らした途端、


「やれーッ!」


「ぶっ殺せーッ!」


 怒声があちこちから飛び交う。


 その声にかされるようにして参加者はぼこぼこと殴り合いを始めた。なんだか、ラカが言ったようにパンチの威力はさほどでもなさそうだ。


 早くも泥試合の様相をていし、観客が苛立ちの足踏みを始める。


「寝ぼけてんのかーッ!」


「てめえ! 俺の金がかかってるんだぞーッ!」


 ……わたし、ちょっと甘く見ていました。

 ラカも「おーおーおー」と声を洩らす。


「こりゃ手抜いたら後で殺されるわ。スキルが低くてステータスも同等なら、もう意地の勝負ね」


 そのとおり。


 ふたりは顔を腫らしながらも戦っている。

 絶対、先に倒れるもんか、という固い決意で相手を殴っているのだ。


 初めは場の空気に呑まれて怯えていたわたしも、参加者たちの根比べを見ているうちにアマルガルム族の血が沸き立ってきた。


「がんばれがんばれ……よし、そこだーっ!」


 ぼかん、とやぶれかぶれで放った右ストレートが見事命中。

 相手はキャンバスに倒れるも、なんとか立ち上がろうとロープを掴む。


 が、


「ワーン! ツー! スリー!」


 司会者がカウントダウンを進めても、なかなか起き上がれない。


「テーン!」


 ゴングが四度鳴らされた。試合終了の合図だ。


 両手を上げて拍手喝采を受けていた勝者は、スタッフに抱え起こされた敗者へ握手を求めに行く。


 うんうん、スポーツマンシップ。わたしもぱちぱちと拍手を送る。


「素晴らしい試合でした! さあ、次の拳闘士は――」


 ラカはわたしのほうを見て、にまっと笑った。


「ネネの予想が当たったわね」


「うん! ビギナーズラックだけどね」


「さー、どうかな。お次はどんなヤツが出てくるのか……しら……」


 そこまでご機嫌だったラカが、急に表情を険しくした。


「あいつ……」


 あんまり怖い顔なので、わたしは目をぱちくりとしてしまう。でも、すぐにラカはわたしを見ていないと気づく。


 肩を越え、わたしのずっと後ろのほう。

 そろそろ視線を辿ってみると、


「これはこれは、オーナー。今宵も楽しませてもらっているよ」


「ごきげんよう。お気に召していただけたようで何より」


 オーナーと呼ばれた男が金持ちそうな客に挨拶をしていた。


 紫がかった青色の肌に、白髪のオールバック。ふくよかな体形に、捻じれた耳。

 ドラウだ。


 しかし、魔族であるはずのドラウは人族の客に恐れられることなく、また威圧することもなく、なごやかに談笑を交わしている。


 こちらがあんまり凝視しているから、オーナーのほうもラカに気づいたようだ。にこやかな笑顔がかすかに強張る。


 遠慮がちに客から離れたオーナーは、こちらにずんずんと歩み寄ってきた。


 周りに控えていた人々も同時に動く。

 用心棒だ。オーナーを守るために、銃を携帯している。


 ラカがわたしの耳元に顔を寄せて囁いた。


「気をつけて。あいつ、曲者くせものよ」


 オーナーの頭の上に情報が表示される。


《ゴールディ・ゴルドバス》

《モータル:ドラウ》

《Lv:20》


 よかった、レベルはそこまででもない。

 でも、ラカが『曲者』と評するくらいだ。油断は禁物である。


 ゴルドバスはわたしたちの前に立って、「ふん」と鼻を鳴らした。


「また私の邪魔をしに来たか、エルフの小娘」


「はー? 言いがかかりはよしてよ。あたしたちはたまたま寄っただけ。ここの主人があんただって知ってたなら絶対来なかったわ」


「ふむ、宣伝が足りなかったか。して、ショーはいかがかな?」


「あんたがあのリングに立ってぶちのめされるなら、もっと楽しめたでしょうね」


「残念だったな。私はがリングに立つことはありえない。物差しひとつで全てをぶち壊しにする貴様には理解できないだろうが、この世は役割というもので成り立っているのだよ」


「あら。わかってないのはあんたのほうよ、ゴルドバス。『これ』があたしの役割なんだ」


「傲慢なイモータルめ」


 すごい。お互い、笑みを崩さないまま言い合っている……!

 ふたりに挟まれて小さく丸まっていたわたしに、ゴルドバスは矛先を向けた。


「セリアノのお嬢さん。名はなんというのかね」


「アマルガルム族のネネ」


 ゴルドバスの目がわずかに見開かれた。


「ほう、アマルガルム……これは珍しい。血の臭いにあてられぬよう、ご注意を。特にチャンプの試合は刺激的だからな」


 くくっ、とゴルドバスは低く笑う。


「親切心から助言させてもらおう。災いに巻き込まれる前に、このエルフとは手を切るのだな」


「お生憎あいにく様」


 わたしは精一杯胸を張ってゴルドバスに答える。


「わたし、ラカの相棒だもん。むしろ一緒に飛び込むよ」


「……愚かな娘だ。後悔するでないぞ」


 ゴルドバスはもう一度ラカを睨み、用心棒たちを引き連れて立ち去った。


 ラカも気を張っていたようだ。疲労感たっぷりのため息をつく。


「ね? やりづらいでしょ」


「あの人と何があったの?」


「強盗に襲われてる馬車を助けたの。数日経って、サルーンで飲んでるトコに大勢乗り込んできたんだ」


 もちろん、飲んでいたのはミルクだろう。


「そいつら、あのゴールディ・ゴルドバスに雇われた殺し屋だった。つまり、最初の馬車強盗もゴルドバスの雇った連中だってワケね」


 ラカは恨めしげにウエスタンハットの位置を直す。


「似たようなことが何回かあって。でも、あいつは決して尻尾を掴ませない。さっさとヘマして賞金も懸けられてくれたら、あたしが鉛玉をぶち込んでやるのに」


「なんというか……縁があるんだね……」


 ラカは視線をリングに戻したが、頭の中はまだ因縁の相手でいっぱいのようだ。


「ゴルドバスがどうしてこんな田舎に――」


 ラカの呟きは、新たに沸いた観客の声援にかき消される。

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