[04-05] 集まれ、拳に魅入られし者!
特訓が終わり、わたしたちは夕日が沈んでいくのを見ながら〈マリストン〉へ戻る。
今まではクエストの目標に従って旅をしてきた。
ここで改めて基礎特訓の大事さを知れてよかったと思う。
今まではタレントスキルの強みに頼って戦ってきただけで、本当の『強さ』を盤石とするスキルは全く育っていなかったのだ。
色んなゲームを遊んできているラカは、極端とも思える例を教えてくれる。
「スキル上げと言えば、重りを背負ってマラソンしたりもするからねー」
「……修行僧か何か?」
「や、古今ゲームあるある集のひとつよ」
「もはや古典なんだね……」
ゲームの歴史は長い。
逆向きのベルトコンベアに乗った状態でゲームパッドの十字キーに洗濯ばさみを挟んでウォーキングマシンにしたり。
連射機能つきのゲームパッドを買ってきてスキルを連打放置させておいたり。
マクロコマンドで特定の行動を繰り返させたり。
あんまり大変すぎるので、中には邪道に手を出す人も多かったのだとか。
これが思考操作のみのゲームとなると、もはや本人の根気が勝負となる。
「〈
「なかなか難しいねー」
面倒を排除しようとすると、別の面倒が生じる。
ゲームクリエイターの苦心を思えば、足を向けて寝られないね。
「こつこつスキル上げを意識するよ。塵も積もればなんとやら」
「うむ。がんばりたまえ、弟子よ」
「はいっ、師匠っ」
夕日をバックに、わたしたちはがっしり腕を組む。
周りの通行人になんだなんだと見られたけど、気にせず。
わたしたちは宿の近くのサルーンで腹ごしらえを済ませた後、マスターから『面白いものが見れる』と教えてもらった。
それは
武器の持ち込みが禁止ということで、一度宿に戻って銃を置いてくる。
宿の個室は、空間的には繋がっていても、その実は独立した空間になっている。
だから、安全なアクセスポイントとなるし、荷物の置き場にうってつけなのだ。レアな銃を盗まれる心配がない。
ただし宿泊期間が過ぎてしまうと、この個室はリセットされてしまう。プレイヤーのインベントリに入っていなかったら虚空に呑み込まれて消失――
「うー……手元に銃がないと落ち着かん……」
「じゃあ、はい」
わたしが手を握ると、ラカはびっくりしてこちらの顔を凝視する。
「えっと、何?」
「これで落ち着くかなって」
「……むしろ恥ずかしくて落ち着かない」
「えへへ、いいじゃん。さ、行こっ」
「ちょ、ちょっと、ネネ!?」
いざテントに到着してみると、お客さんがぞろぞろと並んでいた。この町の人のほとんどが集まってきているのではないか。
「おー、人気だねー」
「イモータルもちらほらいるわね。はい、手繋ぎおしまい」
と、見栄を張りつつも、ちょっと名残惜しそうなラカだった。
列に並んで待つことしばらく、やっと順番が回ってくる。
「ようこそ、〈パンチアウト・ショー〉へ!」
それがここの名前らしい。
出入口に立っていたスタッフさんが恭しく頭を下げ、目ざとくわたしたちが銃を携帯していないかどうかを確かめた。大した念の入りようである。
入場料はタダらしい。ずいぶん太っ腹なオーナーさんだ。
テントの中は人々の声で
照明は柱や壁のランタンだけなので、ぼんやりと薄暗い。
でも、中央に設置された……ステージ? は天井から吊り下げられたランタンで明るく照らし出されている。
なんか、ライブハウスっぽい雰囲気。行ったことないから、ただのイメージ。
一階のステージ周りは、人の壁ができあがっている。
わたしたちは二階の吹き抜け立見席に上がった。熱気の度合はやや劣るけど、ステージ全体がよく見渡せる。
「って、あれ、ボクシングのリング?」
「だね。ここだと『拳闘』つって、ボクシングとはちょっと違うみたい」
ラカは壁紙の貼り紙を指さした。
スポーツというよりはギャンブルの場らしい。
しかも、お金を賭けるのは参加者ではなく観客のほうだというのだ。
さらにさらに、試合中の死は罪に問われないと書いてある。
改めてよく見ると、リングは木の板を張り合わせた床――キャンバスというらしい――を主として、四方のコーナーに丸太が立てられている。ロープを張り巡らせ、『この外に出てはならない』という制限をつけているのだ。
で、そのキャンバスには黒ずんだ血がべったりと染み込んでいた。わたしは思わず声を洩らしてしまう。
「わあ……すっごい……」
周りの観客を見ると、一階に併設されているバーで注文したらしいビールジョッキやらウイスキーグラスやらを片手に、試合の開始を今か今かと待っていた。
人の死が完全に娯楽化している。古代のローマにあったというコロシアムも同然だ。
……まあ、参加者はほとんどイモータルだけみたいだし、気にすることではないといえばそうなのか。
ラカは手すりに体を預け、わたしに顔を向ける。
「ネネは格闘技って観たことある?」
「ううん。リアルでもVRでもない」
「じゃ、これが初体験だ。楽しみましょ」
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