[03-03] 遠路はるばる
丸太小屋にこんな大人数が入ったのは初めてのことなのだろう。
テーブルにはエイリーンさん、そして老夫婦のテレンスさんとフロレンスさんが。わたし、ラカ、そして息子さんのヘイディさんは立ちながらお茶をいただくことにした。
エイリーンさんは旧魔王領の訪問目的を順々に語る。
お父さんのルーイス・マクミハルさんが亡くなった後、遺産整理をしていたところにこの〈エイリーン牧場〉の存在を知ったこと。
ご家族の反対を押し切って旧魔王領に来たのはいいが、ギャングに襲われてしまったこと。
ギャングの雇い主が魔族で、ルーイスさんが〈魔王ビュレイストの遺産〉を旧魔王領のどこかに隠したと思われていること。
それが何かの間違いでなかったら、ここ、〈エイリーン牧場〉が何か関係しているかもしれないということ。
話を聞いたウォーカー家の人々は呆気に取られた様子だった。テレンスさんも混乱しているみたいだ。
「魔王ですと? ルーイス様のご遺産ではなく、でございますか?」
「まあ、魔王だなんて久しぶりに聞いたわ。近頃は物々しいのねえ」
エイリーンさんも戸惑い気味だ。
「あなた方も何も知らされていないんですの? 父上がいらしたことは?」
「戦後、国へ帰る途中に数か月滞在なされたのみでございます。ルーイス様は『緑豊かで家畜を育てるにはいい土地だ』と仰られ、このテレンスめに管理のお役目を与えてくださいました」
テレンスさんはゆっくりとかぶりを振る。
「それが財宝などと……ルーイス様からお見せしてもらったことも、お聞きしたこともございません。ただ、確かにマクミハル家
それはとても不思議な命令だ。
貴族様というのは、家名を出すことで『この土地に手を出したらどうなるかわかっているよね?』という圧をかけるもの、というイメージがわたしにはあった。
「では、これに心当たりはあるかしら」
エイリーンさんはポーチから長方形のケースを取り出した。
ぱかっと開けた中には、タカの飾りがついた鍵が納められている。わたしたちも初めて見る物だった。
テレンスさんは「ふうむ」と唸る。
「お前、何か知らないか?」
「いいえぇ。こんな大きな鍵を差すところなんてなかったと思うけれど」
エイリーンさんはがっかりした様子だ。
「父上がわたくしに下さった物なのですが、我が家には鍵に合う錠が見つからなかったんですの。国中の職人に訊き回っても、こんな鍵を作ったことはないと言われ……」
はあ、と深いため息。
長い間、ずっと我慢していたものを吐き出した、という感じだった。
「ここに来ればなぜ牧場にわたくしの名をつけたのかも……なぜ鍵をわたくしに託されたのかも……全て明らかになると思っていたのは、少々期待しすぎていたのかもしれませんわね」
テレンスさんも申し訳なさそうに頭を下げる。
「お嬢様のお力になれず、不甲斐ありませぬ……」
「っ! とんでもありませんわ!」
エイリーンさんはテレンスさんの手を柔らかく握り、その目を見てはっきりと告げる。
「父上に代わって、このエイリーン・マクミハルがあなた方にお礼を申し上げます。よくぞ長い間、この牧場を管理してくれましたわね。きっと、父上も天からこの地を見て大層お喜びになっておりますわ」
「おお……もったいないお言葉を……」
強面のテレンスさんがぽろぽろと涙を流し始めた。
こういうとき、エイリーンさんって伯爵令嬢なんだな、と納得してしまう。
ただ単に気が強かったり、冒険に関心があったり、ちょっと無茶だったりするだけじゃなくて。
息子のヘイディさんは泣き崩れるお父さんの姿を見て、嬉しそうにほほ笑んでいる。外をちらりと見てから、わたしたちに提案するのだった。
「どうだろう。もう日が落ちてきている。今夜はあの屋敷に泊まってもらったらいいんじゃないかな」
「それがいいわ」
と、ぽんと手を打ったのはフロレンスさんだった。
「いつか旦那様がいらっしゃるかもしれないと、お掃除してありますの。暖炉もすぐに使えますよ」
エイリーンさんはわたしたちを振り返ってから、こくりと頷いた。
「ありがとう。お言葉に甘えさせていただきますわ」
丸太小屋からみんなでマクミハル伯爵のお屋敷に移動する。
お屋敷と言っても、いかにもな『ザ・貴族の豪邸』ではない。
立派な馬車はなし。庭に置いてありがちな女神像もなし。池や噴水はなし。お花畑もなし。小ざっぱりとした外観である。
ヘイディさんが扉を開き、紳士らしく「どうぞ、お嬢様方」と促される。
「わあ、お邪魔しまぁす」
一応、ブーツの土を玄関先で落としてから屋内に上がらせてもらった。ヘイディさんから見ればわたしはセリアノで、そういう仕草をすることが意外に思ったようだった。
テレンスさんが簡単にお屋敷の構造を教えてくれた。
一階はダイニングとキッチン、そしてリビングに分かれていて、二階は寝室と書斎になっている。お手洗いは外の小屋。イモータルには不要だけどね。
フロレンスさんがにこにこと告げる。
「お夕食にミルクシチューはいかがかしら。ヘイディ、お鍋や色々持ってくるの手伝ってちょうだい」
「ああ、いいよ」
ヘイディさんとフロレンスさんは丸太小屋へと引き返していった。
テレンスさんは暖炉と台所のために焚き木を運ぶそうな。わたしもお手伝いを名乗り出たけれど、やんわりと断られてしまった。
「ありがたいが、ゆっくり体を休めなさい、お客人」
そこまで言われたら、お言葉に甘えて。
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