[03-02] 伯爵の従士

 目的地への道のりは長いものとなった。


 リアルで数日。途中、地図にも載っていないような町を通り抜けたり、わたしのレベル上げに簡単なクエストをこなしたり。


 そんな旅に変化が訪れたのは、とある農村に辿り着いたときだった。

 エイリーンさんが保安官事務所を訪ねると言い出したのである。


「もし、保安官はいらっしゃいます?」


「はいはい、どちら様かな」


 出てきたのは若い保安官さんだった。エイリーンさんよりもわずかに年上くらいだろうか。


《ヘイディ・ウォーカー》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:25》


 精悍な金髪男性という感じで、なかなかカッコいいお兄さんである。

 ヘイディさんはわたしたちを見るなり、ちょっと驚いた顔を作った。


「おや、こんな何もない村にお客さんなんて珍しいな。どうしました?」


「道をお尋ねしたいのです。〈エイリーン牧場〉はどちらに向かえばよろしいのでしょうか」


 わたしとラカは思わず顔を合わせる。


 目的地がどこなのかは頑なに教えてくれなかったけれど――ずばり、エイリーンさんの名を冠した牧場だなんて!


 そしてなぜか、ヘイディさんも表情を強張らせていた。


「……その牧場には、一体どんな用で?」


「申し遅れました。わたくしの名はルオノランド王国伯爵が娘、エイリーン・マクミハル。用件を明かすことはできませんが、これが我が身の証となります」


 と、人差し指のリングを見せる。


 指輪は印鑑としても使えるように細かい家紋が彫られている。

 ヘイディさんは「失礼」とエイリーンさんの手を取り、ややして頷いた。


「ああ、確かに見たことのある家紋だね。もしよければ僕が案内しよう」


「た、助かりますわ……あの……手……」


 エイリーンさんがもじもじとする。

 ヘイディさんははっと手を離し、お互い気まずそうに愛想笑いを浮かべた。


 ……あれ、何、この雰囲気。

 わたしとラカがじっとりと見つめる意味を誤解し、エイリーンさんは慌てて説明する。


「おふた方、長旅の護衛、誠にありがとうございました。〈エイリーン牧場〉が父上の遺産目録にあった土地ですの」


「や、それはいいんだけど……ねえ、ラカ?」


「ネネ。あたしたちは成り行きを見守りましょ」


 うんうんと頷き合うわたしたちに、エイリーンさんは小首を傾げるのだった。


 ヘイディさんに案内してもらって〈ルオノランド領:エイリーン牧場〉に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。


 道すがらヘイディさんが語ってくれたとおり、そこだけ取り残されたかのような森の近くに、柵で区切られた広い土地があった。


 牧場といっても、慎ましくも立派なお屋敷が建っているのが見えた。なんだか避暑地の別荘みたいである。


「秘密だけど、ここの牧場はルーイス・マクミハル伯爵の従士だった人が管理しているんだ」


「まあ、そうでしたの? だとしたら、父上もひどい方ですわ。長年の忠義に報いないままなんて」


 憤慨するエイリーンさんに、ヘイディさんは朗らかに笑う。


「でも、きみが尋ねてきてくれたと知ったら、喜ぶんじゃないかな」


「だとよいのですけど……」


 柵沿いにぐるっと回っていくと、やがて手作りの門が見つかった。柱には看板が打ちつけられている。


《エイリーン牧場 よそ者の立ち入りを禁ず》


 だというのに、ヘイディさんがずかずかと門を潜っていくものだから、わたしたちもおずおずと後をついていった。


「ネネ、人が出てきた。銃を持ってるわ」


 ラカが、背中にしがみつくわたしにだけ聞こえる声で囁いた。


 お屋敷から離れたところに小さな丸太小屋が建っている。そこから出てきたご老人が、二連式ショットガンを抱えていたのだ。


 それに対し、ヘイディさんがウエスタンハットを脱いで軽く振った。


「僕だよ、父さん!」


 わたしたち、異口同音に『父さん!?』と驚く。

 そのリアクションがお気に召したか、ヘイディさんはおかしそうに笑った。


「黙っててすまない。僕はここの息子なんだ。つまり――エイリーンお嬢様、きみは僕のご主人様ということになるのかな?」


「え、ええ?」


 エイリーンさんが目を白黒させているうちに、ご老人がすたすたと歩み寄ってきた。ご健脚である。


《テレンス・ウォーカー》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:35》


 色褪せたハットを被り、深い皺をいくつも顔に刻みつけ、それでいて白いひげがもふもふのおじいさんだ。その体つきはがっしりしている。……さりげなくレベルも高いし、戦闘経験があるのかもしれない。


 さらに近づいてくると、ハットの下の強面こわもてがはっきりした。目つきが鋭くて、隙がなくて、……怖そうな人だ。ちょっと萎縮してしまう。


「突然、なんの用だ、ヘイディ。保安官助手の仕事はどうした。こちらの娘さんは?」


「驚くなよ、父さん。何を隠そう、こちらのお嬢様は――」


 エイリーンさんはウマから降りて、先ほどの挨拶を繰り返した。


 わざわざルオノランドの本国から訪れた貴族、それもご主人様の娘だと聞いて、テレンスさんが「おお……」と言葉にならない声を洩らす。


「言われてみれば、確かにルーイス様の面影がありますな……銃なんぞを向けた無礼者のワシをどうかお許しください」


「よいのです、急な訪問でしたし、旧魔王領の治安の悪さは身をもって体験しましたから」


 エイリーンさんはジョークのつもりだっただろうけど、テレンスさんはますます心配してしまったようだ。


「こちらのエルフとセリアノは、お嬢様の用心棒でございますか?」


「はい。信頼に足るイモータルのおふた方ですわ」


 いやあ、そうはっきり言い切られると、なんだか照れちゃうなあ。


 テレンスさんはわたしたちにがっしりと握手を求めると、孫が尋ねてきたかのような朗らかな笑顔でエイリーンさんに尋ねた。


「父君はご健在でいらっしゃいますか」


 あ。この地に、ルーイス・マクミハル伯爵の訃報は伝わっていなかったのだ。

 エイリーンさんは微笑でかぶりを振った。


「残念ながら、天に召されましたわ。病でしたの」


「そんな……ルーイス様……地獄の果てまでついていくと誓ったのに、ワシは……」


 丸太小屋に住んでいたのはテレンスさんだけではなかった。優しそうなおばあさんが出てきて、愕然とするテレンスさんをそっと支えるのである。


《フロレンス・ウォーカー》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:8》


 フロレンスさんはわたしたちに会釈をした。


「このようなところで立ち話もなんでしょう。うちでお茶でもいかがかしら」


 ヘイディさんがぽんと手を打つ。


「うん、それがいい。本国のお茶には遠く及ばないだろうけど、喉が渇いているときに飲む母さんのお茶は格別だよ」


「まあ、お客様の前でおだてるんじゃないよ」


 親子で朗らかにわははと笑い合う。わたしの見立てでは、容姿はテレンスさんに似て、性格はフロレンスさんに似たのだろう。


 確かに長旅で、肉体が疲労している。

 わたしたちはお言葉に甘えることにした。

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