タイムリープおじさんバンド
和弓カノン
1 崖っぷちバンドマン
「イタタ……冷えると腰が痛むなぁー」
ロックバンド『カレイドル』のギタリスト、吉井智幸は自分の腰を撫でながら溜息をついた。
(歳か、歳なのか……)
都内某所のレコーディングスタジオ。3月に入っても午前中はまだまだ寒く、室内でもジャケットが脱げない。
この日、バンドメンバーの中で最初にスタジオ入りした智幸は、椅子に座りPCを立ち上げてシステムチェックを始めた。
目をこすって眉間をしかめながらディスプレイ画面を見る。
(字がぼやけるなー。いよいよ老眼かなぁ……?)
肩までかかるウェーブの明るいブラウンのヘアスタイルで、タイトなブラックジーンズを履く体型の見た目は同世代のサラリーマンと比べて若い。だが40代に入り、身体の老化には抗えなくなってきた。
「ふぅ……よしっ、と」
また小さく溜息をつき、ホットコーヒーの缶を開けて一口含む。
カレイドルは、8年の活動休止期間を経て2014年に復活を果たしたロックバンドである。
復活時にシングルを出し、翌年にはアルバムをリリースした。そして今年は活動再開から4年目で、復活2作目のアルバム制作に入ったところだった。
バンドは中学の同級生5人で結成し、インディーズ活動を経てメジャーデビューした。しかし、アルバム2枚を出したところで無期限で活動停止した。
メジャーの契約が切られ、インディーズに戻ってバンド継続も考えたのだが、家業を継ぐというメンバーが1人脱退。他のメンバーもそれぞれ別の道を進むことになり、バンドは実質解散状態になる。
表向きは円満であったが、その内側ではメンバー間の意見のすれ違いや事務所経営のズサンさなどが絡まり、ゴタゴタした顛末であった。
そうしてバラバラになったメンバーは、当初は連絡すら取らなかったものの、2年を過ぎた頃には少しづつ接点を持ち出した。別の本業を持ちながらも、ソロユニットや新たなバンド活動をしており、音楽業界からは離れていなかった事も大きい。
休止中にカレイドルの音楽を知った新たなファンも増えだした。次第に復活の機運が高まり、休止時に脱退したメンバーを除く4人で活動再開を発表したのだ。
復活当初はメンバー同士よそよそしくお互い探り探りだった。だが活動を進めるにつれ、休止中の業界経験で揉まれたこともあり、ちょうどいい距離感を保ちながら新たな信頼関係を築けるようになった。
また、ロックバンドを取り巻く音楽シーンも成熟した。復活前の時代は大きなヒットが出せないとメジャーから見捨てられていたが、今ではインディーズとの境がなくなり、バンド主導でリリースやライブ活動ペースを決められるようになった。
すっかり現役ベテランバンドとして軌道に乗って、2度目の”黄金期”を迎えるところといえよう。
レコーディング作業の進行は大詰めに来ていた。音は全て撮り終えており、音質調整などのマスタリングと進み、プレス(工場出荷)前の最終チェックに入る。
智幸はヘッドホンをかけPCのキーを叩き、トラックの最初からアルバムを聴き始めた。
「よし……」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。ほんの微かな音までも逃さないよう、音のひと粒ひと粒を感じとるように聴きつつ、パートごとの音量バランスは心地良いか、曲と曲の繋ぎ間隔は適切かどうかまでをチェックしていく。
3曲目まで流したところで、一旦停止しようと目を開きディスプレイを見ると、そこにはさっきまで見ていた画面とは全く違うものが表示されていた。幾何学的な模様のようなラインが左から右へ流れているシステムの構造は似ているが、表示されているテキストの中身や配列、デザインが全く変わってしまっている。
「――えっ?」
(データが全部ない!? まさか、そんなはず、は……)
智幸は自分の目を疑った。
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